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第11話 宇野宮さんは自称文科系
しおりを挟む突然だが、授業の受け方について思う事がある。
大半の生徒は、黒板の文字をノートに写す事に一生懸命になりすぎている気がしてならない。
確かにノートを書き取る事も大事だが、まずは先生の話を聞く方が重要と、俺は思っている。
大学だと授業のスピードが違うらしいが、高校の授業ならノートは少し遅れて書き出しても全然追い付ける。
みんなが頭を下げて、自分のノートと睨めっこしているのが一番後ろの席からなら、よく分かる。
だが……やはりというか、宇野宮さんは違う。全く微動だにせず先生の立つ教壇を注視しているのだ。
「宇野宮さん、まだ一時間目ですよ!? 起きなさい!」
「……ね、寝てません」
(寝てただけかよっ! 凄いと思って損した!)
むしろ、顔を上げて寝ている宇野宮さんは凄いのかもしれない。
一時間目から寝るなんて、相当眠たいのだろう。
仮に……その原因が昨日のメールだとするならば、メールの終わるタイミングを少し考えないといけなくなる。
「じゃあ、ここの計算をやってみてください」
「えーっと……えーっと……フッ、私が解くに値しないわね。この問題は山野君レベルじゃないかしら? どうぞ、山野君、答えられるかしら? それとも……?」
何やら挑発的な視線をわざわざ離れている席の俺に向けてくる宇野宮さん。
もちろん、それに釣られる様にクラスメイト達の視線だって俺に注がれてしまう。
――完全に巻き込み事故だ。先生までこっちを注視してくるのは、如何なものだろうか。
「えー……答えは、『マイナス1』です」
「はい、正解です。宇野宮さん、授業はちゃんと聞くように」
宇野宮さんのせいで注目が集まる中、既に解いていた答えを宇野宮さんの代わりに言った。
予習なんかしなくても解ける問題なのが助かった。
まだ最初の最初だし、数学とはいえ難しい事なんて無いはずなのに……。
正解したからといって、当然周りが驚くわけもない。
むしろ、同情の視線がある。遅かれ早かれバレるとは思っていたが、皆もそろそろ気付く頃なのかもしれない……。
――実は、宇野宮さんが勉強を苦手としている事に。
眼帯が少しアレだけど、雰囲気や見た目からすると優秀って雰囲気があるのだ。
だが今のところ判明しているのは、英語と数学は駄目みたいって事。必須教科の二つがもう、ヤバいのだ。
先生の注意にも、宇野宮さんは静かに頷くだけだった。
だが、先生が黒板を向いた途端に紙に何かを書き出してこちらに投げてきた。
数人の生徒の頭上を越える綺麗な弧を描き、俺の机の上に落ちた紙を、俺は……静かにポケットへ入れ、授業に戻る。
書かれている事に関しては、だいたいの予想は付く。
きっと『答えはジェスチャーで』みたいな事だろう。こんな時期から勉強を疎かにするのを許すほど、甘やかしたりはしないつもりだ。
これは意地悪でもなく、宇野宮さんの為に……だ。慌てる宇野宮さんを楽しむ為では決して無い。決して。
(――というか、人前では山野君なんだな)
そこにどんな心境が表れているのか少しだけ気になったが、すぐに頭から弾き出す。
その後も、当てられた宇野宮さんはしどろもどろになっていた。
何とか正解を導き出していたものの、それに時間を取られたせいか、思ったよりも授業は進まずにチャイムが鳴ってしまった。
「やってくれたわね?」
――スタタタタッ。
そんな擬音語を付けたくなる動きで、宇野宮さんがやって来る。
休み時間に来るだろうとは思っていたし、驚きはしない。
「甘やかさないよ、宇野宮さん? 勉強は大事だからね」
「……解への公式が用意されている問いになんて興味ないわ……(理数系は苦手なの!)」
「世界は数字の上に成り立っている。『終末を呼ぶ理』として……数学を知らぬままにして、果たして本当にそれで良いのか?」
「……うっ。違うもん。今の所がちょっと難しかっただけだもん」
宇野宮さんの為に言ってはみたものの、自分で意味不明な事を言っている自覚はある。
ただ、宇野宮さんは納得している様子で、そのまま会話は続いていた。
高校一年生の最初の方の数学なんて、難しい事は何も無いと思うのだが……宇野宮さん、よく高校に受かったと思う。
まぁ、偏差値が高いって程の高校じゃないから運に恵まれていたのかもしれないが。
「ギランッ……近江君。私、分かったわ」
「そうか、なら良かったよ。うんうん」
「そう……つまりは近江君が理数系。私が文系とすれば……アイタッ!」
「英語も出来ないでしょ? 甘やかさないよ」
世紀の発見と言わんばかりのテンションで、宇野宮さんは逃げの一手を打ってきた。
つい放ってしまった弱めのデコピンを大袈裟に痛がる姿は、『終末を呼ぶ理』としては、少し情けない。
たしかに理数系が苦手でも、英語や国語が得意というなら得意科目を伸ばしていくスタイルでも良いと思う。
だが、宇野宮さんはそれ以前の問題だ。
本人曰く文系らしいが、それが本当かは定かではない。
まずは、全教科の赤点回避から始めていかないといけない可能性だってある。
まだ授業は始まったばかりだというのに……先が思いやられる展開だ。
「ケチケチ……邪眼の力で呪うわよ!?」
「宇野宮さん、来年は別の学年だね!」
「ごめんなさい! 謝るから見捨てないで、近江君! それと、間違いだと思うけど……近江君の一番の笑顔を見た気がするんだけど!?」
少し慌てる宇野宮さんからは、最初に感じたミステリアスなオーラなんてものは微塵も感じない。
それと、つい笑顔になってしまったのは間違いじゃない。
「でもまぁ……教えられる範囲なら一緒に勉強してもいいよ?」
「ふっ……我に何を望む? 力か? 地位か? 名誉か?」
「望みは宇野宮さんが、勉強してくれることかな」
「では、また会おう……」
今度は物理的に逃げた宇野宮さんをそのまま見送った。
もう、クラスではグループが形成されつつあるというのに、宇野宮さんが女子と女子トークしてる姿は見ていない。
俺も男子グループに入れている訳ではないけれど。
話題は何でも良いから誰か話そう……というオーラは出しているのに、今日はまだ三宅君以外とは誰とも話していない。
その三宅君だって、休み時間になると何処かに行ってしまう。
(はぁ……明日の宿泊学習なら部屋で男子と話す機会も増えるだろうし、頑張ろ)
心の中で活を入れて、明日から頑張る決意をしておく。
今日はまだ一時間目が終わったばかりだが……もういい。
時には諦めも必要って言うしな。あと、タイミングとかも重要だからな。
◇◇◇
放課後まで特に盛り上がるイベントも無く過ぎていった。
昼休みですら、背後でパンをムシャる宇野宮さんの気配を感じながら、『一人』で弁当を食べていた。
もう今日は帰るだけなのだが、俺はお菓子を買いに行こうと思っていた。
自分の住んでいる町まで戻って駄菓子屋にでも行くか、それともこの辺で良さそうなスーパーで買って帰るかで迷っていた。
この辺りの土地勘はないのだが、だからこそ足を伸ばしてみるのも良いだろうと俺は思っているのだが……。
「いえ、それはまた今度にして、今回は近江君の住んでる所に行くべきね……そんな、風の囁きが聞こえるわ」
「んー、でもこの町の方が栄えてるしなぁ」
「それじゃあ、趣が無いってものよ?」
「いや、宇野宮さん? まさか……だよね?」
不用意に「明日は何のお菓子を持って行こうか」なんて口にしたのが、こうして宇野宮さんに捕まった理由だ。
いや……もしかすると、それが無くても捕まっていた可能性が高い。
鞄に教科書を入れて立ち上がった時には、もう既に後ろに居たのだから。
だが、それを口にした事で宇野宮さんの興味を惹いてしまったのもまた事実。
まさかとは思っていたが、一緒について来るらしい。
お菓子を買うだけだというのに、宇野宮さんは意外と暇なのかもしれない。
「来るんですね……まぁ、良いか。すぐ帰れるってのも良いし」
「そう……この結果に辿り着く事は遥か昔から定められていた運命。近江君……今こそ! って居ない!?」
当然、俺に背後を向けている間にサッと教室を後にする。
まぁ、すぐに追い付かれる訳だが……それはそこまで気にしていない。そういうネタになっているからな。
「ちょっとそこの貴方。ひとつ尋ねても良い? 宇野宮麻央は、まだ教室に残ってる?」
先に行って下駄箱付近で待てば良いかと思っていたら、教室を出たタイミングで、見知らぬ女子生徒に声を掛けられた。
ただ、宇野宮さんの名前が出た事にちょっとした警戒心を抱いたけれど。
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