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第7話 それが普通なのよ!

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「あら、麻央。お帰り」
「ただいま……あ、えっ? 私ったらいつの間に家まで……」

 考え事というか……少しだけボーッとして帰宅していたら、いつの間にか家に着いていた。
 雇っているお手伝いさんの千恵ちえさんが迎えてくれて、ようやく気が付いた。
(近江君と連絡先を交換して駅まで一緒に帰ったのは覚えてるけど……そこから先の記憶が曖昧あいまいだわ!)

 駅で近江君とは反対方向へと行く電車に乗って、最寄り駅からしばらく歩いて着いた我が家。
 近隣と比べても大きい家の管理は、仕事で忙しい両親の代わりに、従姉妹いとこ千恵ちえさんが掃除や家事全般をしている。

「どうしたの? 何か良いことでもあった? 顔……ニヤケているわよ?」
「そ、そんな事ないわ! くくく……禁断の扉を叩く頃にまた……(ご飯の時になったら呼んでくださいっ!)」
「おやぁ~? これは珍しい……叔母さま麻央ママに報告した方が良い案件かな?」

 部屋に戻って、とりあえず制服から真なる姿ゴスロリへ着替える。
 闇を司る者として、黒がメインの服が多いけど、今日はその中でもお気に入りを着てみた。……他意とかはまったく無いけれど。
 ベッドに腰掛けて、同朋近江君に送って貰った写真を見る。
 本当はそれだけじゃない。送り主の名前の部分も何度も見ていた。
 同年代の人とメールのやり取りなんて千恵さん以外だと初めてで……何だが気持ちがフワフワと浮わついている。

「急に闇の魔王である私の写真を撮るなんてマナーが無いわね、近江君はっ! ホントにもう……まったく……まったく! ふふっ」

 自分の写真ではあるけど、背景やポーズが本当によく撮れている。
 だとしても……急に写真を撮るなんて驚いた。
 まさかとは思うけど、近江君は私の写真とか……欲しかったのかしら?
 それは、何でだろう……と考えた時に、部屋の入口から声が聞こえた。

「失礼するよー……っと、あら? 麻央、スマホなんて見詰めてどうしたの?」
「ノックしてよ!? いや、気配で気付いていたけど……。そ、それに! 別に見詰めて……ないし?」

 千恵さんはいつもこうだ。
 ノックをしないのは百歩譲って良いとしても、失礼しますと扉を開けるのが同じタイミングなのは、困ったものだ。
 どっちかはしないなら、どっちかはちゃんとして欲しい気持ちになる。
 今だってちょっと恥ずかしい瞬間を見られちゃったし、本当にちゃんとして欲しい。

「はいはい、気を付けますよ。ご飯は出来てるって良いに来たら……まさか、お気に入りの服を着てスマホを凝視とはねぇ……誰かな? 高校に入ったばかりで麻央に興味を持ってくれた変わり者は?」
「お、近江君は全然変なんかじゃないわ! 同朋ともなんだか……はわっ!!」

 私は、うっかりと近江君の名を出してしまったミスに気付いて顔を上げると、案の定……千恵さんは悪い笑顔をしていた。
 千恵さんは、20代の後半に差し掛かっているのにイタズラ好きで、私の弱点を見付けてはよくからかって来る。
 だからなるべく近江君弱点を曝したくは無かったのに……誘導尋問とは、卑怯極まりない。

「さ、ご飯でも食べましょう? 楽しい時間になりそうね」
「くっ……そんな脅しには屈しないわ! 同朋の情報は絶対にっ――」
(くっ……近江君。まだ出会ってから短いのが功を奏したわ)

 千恵さんに近江君の名前とか、連絡先を交換したとかを知られてしまったけど、近江君の正体だけは隠し通す事ができた。
 私と同じく擬態をしている近江君。
 私の場合は、溢れ出る魔力の制御に時間が掛かっているけど、近江君は既に一般人に溶け込むレベルにまで達している。
 私もなるべく近くにいて、せめて近江君だけでも天界からの使者である勇者から存在がバレない様に、上手くフォローしていかないといけない。

 あと、千恵さんに同朋って説明しちゃったけど……と、友達よね?


 ◇◇◇


 宇野宮さんと別方向の電車に乗って自宅に帰り、部屋にこもっていた。
 連絡先を手に入れたし、写真を送りはしたが、それ以外に何か日常的なメールした方が良いのか、まだあわてない方が良いのかを一人で悩んでいた。

「えっと……『女子へ メール 内容』……ふむふむ。なるほど、初心者には難しいな」

 ネットで検索しても、対象となるのはきっと普通の女の子相手ばかりのもので、宇野宮さんに当てはまるかと言われると……どこか微妙だった。

「近江ちゃん、ご飯よー?」

 俺はまた後で考えようと、スマホを置いてご飯を食べに向かった。
 食後にやる事をやって、寝る前まで悩みに悩んだのだが……宇野宮さんにメールする内容が思い浮かばず、断念する事となった。
 宇野宮さんから送ってくれればな……と、ちょっと思ったのはビビりだから仕方ない。
 そんな事を思って、そのまま眠りについた。


 ――翌日。
 昨日とだいたい同じ時間に学校に着いたのだが、昨日よりもクラスメイト達は登校していなかった。
 皆、自分なりの登校時間を決め始めたのだろう。
 俺は朝の人の少ない時間帯は嫌いではない。
 教室で過ごすとしても、他の所へ行ってみるにしても、人が少なければ少ないほど動きやすいし、何か楽しくなってくる。
 だから、朝だけじゃなく放課後の校舎だって好きだったりする。

「さて、どこかに行ってみようかな……」

 学年が上がれば使う教室の階も上がるらしく、一年生は二階、二年生は三階、三年生は建物の四階となっている。ちなみに、一階は玄関とかその他諸々の空き教室だ。
 とりあえずジュースでも買いに行こうと、教室を出て向かうのは体育館の近くにある自販機。
 散歩がてら、そこまで行ってみるが誰にも会わず、普通に買って戻って来ただけになった。
 別クラスの知らない人や、同じく飲み物を買いに来た美少女と出会うなんてイベントも無く、ただ普通に戻って来た。

「――だが、教室に戻ると自分の席に見知らぬ美少女が……」
「勝手に捏造しないでくれ……というか見知らぬ訳じゃないでしょ? ――宇野宮さん」
「あら、否定するのはそこだけなのね? ふふっ……近江君も終末世界の界隈では中々よ」

 マジかよ……なら終末世界に行っても良い様な気もしてくるが、よく考えたら終末世界に何人の人が居るのか分かったもんじゃない。
 普通にこの世界でも両親のお陰でそこそこを誇れているし、俺はこのままでの世界で良いかな。
 そして、揚げ足を取られた事に関してはノーコメントだ。恥ずかしいからな。

「そうですかい。とりあえず席を返して」
「それは難しい要求ね。この席は今、呪われているの。私じゃないと解除はむず……イタいっ!」
「デコピン式解除法だ。というか……おはよう」
「うぅ……イタタ。闇の宴カーニバルの始まりに祝砲を放たん……(おはよう近江君!)」

 オデコをさすりながら隣の席に座り直した宇野宮さんが、こちらを見ている。

「あの……宇野宮さん? ジュースはあげませんよ? それとも、朝の挨拶以外にも何か用事が?」
「挨拶など我々には不要。魂の共鳴がその代わりとなって……って、そうじゃないわ!」
「おぉ……ノリツッコミだなんてどうしたの? 機嫌良いの?」

 今日の宇野宮さんは一味ひとあじ違うようだ。宇野宮さんの今日を語れるほどに宇野宮さんに詳しくは無いのだが、どうもいつもと違うみたいだ。

「違くて違くて……その、昨日……メール……来なくて」
「……あぁ。ご、ごめん。その、送ろうとは思ったんだよ?」
「そうなの?」
「悩んで……うん? そう考えると別に、宇野宮さんから送ってくれても良かったんじゃない?」
「お、近江君は全然分かって無いわね! 分かって無いわ! こういうものは普通、男子からするでしょ? 知らないの!?」

(そ、そうなのか……?)

 それが普通なんだろうか。
 疑問に思う所ではあるけど、それを否定出来るだけの材料が無い。
 宇野宮さんはもしかして、その辺りの事について詳しいのだろうか……そんな感じには見えないけど。

「知らなかった……とにかく分かった。今日は送ってみるから」
「それなら良いわ。ちゃんと私には一日に一回は送るのよ? それが普通なんだから」
「お、おう? それが、普通なのか……普通か。了解した」

 まさか、宇野宮さんに普通をかれるとは思っていなかったけど……普通になるためには何でも頑張るつもりである。
 宇野宮さんを知る事で、自分の行動を改めていけば普通になれる……はずだ。
 いきなり普通の女子と会話ってのも難易度が高すぎるし、宇野宮さんで慣れておくのも良い手段かもしれない。

 毎日のメールは大変かもしれないが、とりあえずやってみますかね。


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