月夜の麗人

橋本パピコ

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3.桜と大輔

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朝の目覚めは最悪だった。

顔は、鏡を見るまでもなく浮腫んでいるのがわかるし、お風呂に入らずに寝たので体中がベタつくのが気持ち悪い。

しかし、昨日の夜あった、色々なことを思うと、何もする気にはなれなかった。

スマホには、数件メッセージが来ているようだが、多分由香だろう。

多分、謝っているんだと思う。
由香と遊んでいたら、時々あることなのに、なんで昨日はあんなに悲しかったのだろう。

とはいえ、まだ返事を返す気にもなれず、しばらく放置することにした。

桜は、ため息一つつき、重い身体を引きずるように洗面所へ行った。

うわ…

想像した以上にひどい顔だ。
しょうがない。今日は1日、家でゆっくりしていよう。

桜はそう決めると、手早くメイクを落とし、シャワーを浴びに風呂に入った。

いつもと変わらない温度なのに、シャワーの湯が熱く感じる。思ったよりも、身体が冷えてしまっていたようだ。

……昨日、怜さんに悪いことをしてしまったな。あんなに優しくしてもらったのに、振り切って帰ってきてしまった。

帰り際に見せた、あの悲しい表情が頭にこびりついて離れない。

連絡先を渡されたけど、どうしても連絡する気にはなれない。

会いたい…とは思う。
あんなに吸い込まれるような瞳に見つめられたら、嫌いになる方が無理だと思う。

すべては、自分が臆病なせいだ。

シャワーの湯を止めると、ふ…と小さく息をつき、桜は風呂場を出た。






桜は、ワシャワシャ髪の毛を拭きながらベッドに向かうと、スマホから、初期のままの着信音が流れていた。

液晶を見ると、大輔からだった。

「あっ…あー!!」
それを見て、桜は昨日のメッセージに返信していないことを思い出した。

桜は、急いで通話ボタンを押した。
「もしもし、大輔?ごめん!昨日、連絡返すの忘れてた!」

「ひでえなぁ。昨日一晩中待ってたのにさぁ」
うらめしそうな、大げさな声で大輔は言い、続けて喋る。

「なぁ、今日休みだろ?空いてるなら今日遊びに行かね?」

「えー?急じゃない?」
「急じゃないよ。昨日連絡したし」
「……」

そう言われてしまうと弱い。
「んー……わかったー。じゃあ、まだ準備してないし、12時くらいでいい?」

「おう。じゃあ、三津駅前でよい?」

「オッケー」
「わかった、またな!」
大輔は、桜が返事するのを待たずにさっさと通話を切った。

「いつも切るの早いな大輔。……あーめんどくさーい!」
そう言うと桜は下着のまま、ベッドへダイブした。

別に大輔と遊ぶのが嫌なわけではないのだけど、できたら今日はゆっくりしてたかったなぁ。

まぁ遊ぶと言ってしまったし、適当にダラダラして帰ろう。

そう決めると、桜はスマホの時刻をちらりと見た。
まだ予定まではじゅうぶん時間がある。

桜は、よいしょと身体を起こし、手早く身支度を終えた。

今日は、寒いし髪の毛は下ろしたままでいいや。

桜は、ごそごそとチェストをあさり、ジーパンと薄い黄色のパーカーを引っ張りだして身につけた。

肌寒いだろうから、中にはしっかり着込んでいる。

時計を見るとちょうど11時だ。今から出るとちょうど良い。

「…よし」

家を出るのに少し気合を入れ、キャップを被ると桜は三津駅へと向かった。





桜が、駅入り口で文庫本を読みながら待っていると、大輔がバタバタと騒がしくやってきた。

「悪い!待った?」
大輔は、両手を合わせ、申し訳なさそうに謝る。

「15分の遅刻」
そういうと、桜はパタンと本を閉じると、カバンにしまった。

「ねえ、まだ朝ご飯も食べてないから、お腹すいた。大輔は食べてきた?」

「いや、昼はまだ…」

「何食べよっか」
朝は何も食べたくない気分だったのだが、少し動くとお腹がすいてきたようで、キョロキョロとあたりを見回す。

三津駅は、わりと大きな駅で、ショッピングセンターや、おみやげ屋が多数集まった建物など、色々そろった駅だ。

駅構内は、色んな食べ物屋であふれており、何を食べようか少し迷う。駅を出て少し歩いたところにも、飲食店が点在しているので、歩きながら決めてもいいよなと考えていると、大輔が口をひらく。

「俺、マック食いてえ…」
「えぇ~?いいけどさぁ…せっかく出たのにマックー?」
マックも好きだけど、せっかく出たなら違うもの食べたい。

「よい?」
「んー…、まーいーよ」
ごはんくらい別にいいかと思い、早く早くとせかす大輔について駅構内へ入っていった。

駅構内を少し歩くと、マックが見えてきた。
平日だが、昼時だけあって店内はそこそこ混んでいる。

桜と大輔は、順番待ちしてハンバーガーを購入し、席に座った。

「うっまっそ。いただきまーす!」
そう言うと大輔は、たまごが入ったハンバーガーにかぶりつく。

「美味しそうに食べるねぇ」
桜は少し呆れて言うと、自分もチーズバーガーを頬張った。

ハンバーガーを食べるのなんて、久しぶりだ。美味しい。桜は1人だとあまり外食をしないので、ハンバーガーはわりとありだったかもしれない。

しばらく無心で2人は食べると、ある程度腹がふくれたのか、ポテトを食べながら大輔はしゃべる。

「今日さぁ、買い物付いてきてほしいんだわ」

「買い物?珍しいね。何を買うの?」
「プレゼント」

「ふうん。それならさ、唯のほうが選ぶの上手だと思うけど、私でいいの?」

「おう」
大輔は、ズズズっとコーラを飲み干した。

「誰のプレゼント?」
「妹。誕生日なんだよ」

「ああ、あの子かぁ!もう、だいぶん大きいよね!」
「うん。今、14。難しいんだよ」

大輔は、大家族の長男なのだが、兄弟が本当に多い。

確か、5人兄弟で、妹はちょうど真ん中の紅一点だ。


「本当に難しいなぁ」
桜はコーヒーを一口飲むと、眉間にシワを寄せた。

なんで、兄弟もいない私にお鉢がまわってきたかなぁ。

しかも、14歳の女の子なんて、何が好きかも全然わからない。

唯こそ、女の子が喜ぶ、可愛いもの選ぶの得意と思うんだけど、なんで私かな。

そう思ったのが伝わったのか、大輔は続ける。
「桜が、いいと思ったものを選んでほしい」
「私、プレゼント選ぶの下手だけど…」
「それでもいい」

「わかった…そろそろ行こっか」
桜はそう言い立ち上がると、大輔もトレーを持ち立ち上がった。





「何がいいかなぁ~」
雑貨屋さんをのぞくも、人にあげると思うとこれといったものも見つからず、あてもなくぷらぷらと見て回る。

「ねぇ~大輔もちゃんと見てる~?」
「おう」
大輔は隣で、よくわからない人形をいじっている。

本当に自分でも選ぶつもりなのか、イライラしてしまい、軽くプツンとしてしまう。

「自分であげるんでしょ?私があけるんじゃなきんだからね!」

怒っている桜を見て、大輔は慌てる。
「わるい。…でも本当に何がいいかわかんないんだよ」


大輔は、捨てられた犬のようなをした。
その顔がやけに大輔に似合わなくて、桜はついつい笑ってしまった。

「うーん…じゃあさ、大輔はなにあげたいの?」

大輔はたっぷり考えて、ひねり出す。
「……ひよこのピー助グッズ…ピー助好きっぽいから」

ひよこのピー助とは、今流行っているひよこのゆるキャラだ。
ちなみに、桜もこのピー助が好きで、こっそり集めてたりする。

「いいじゃん!なんでそれ選ばなかったの?」

「いやあ…なんか、ありきたりかなって」
大輔は憮然とした顔で言った。

「ありきたりでもいいんだよぉ!私が選ぶよりも、絶対いいって!」
早く言ってくれれば、もっと早く決まったのに。

そうと決まればあとは早い。
ピー助グッズをまとめて売ってた店があったから、そこへ行って選ぶだけだ。

本当は、桜もピー助グッズ見たかったのだけど、大輔の妹にプレゼントを選ぶからと思って、遠巻きに見ていたのだ。

ピー助グッズは、桜たちがいたところから遠くないところの雑貨屋さんに、置いてあった。

かっ……かわいい…!

あれはピー助の新作だし、これは欲しかったけど高いからまだ買ってないやつ。あっ…ふわっとさんとのコラボ商品もあるんだ…

ピー助グッズの商品棚についたとたん、かじりつくように商品を見ていたら、隣で大輔は吹き出した。

桜ははっとして大輔の方を向くと、大輔は、
「桜も好きなの?」
とフルフル震えながら聞いてきた。

「ピー助、かわいいじゃん」

桜はそう言ったが、大輔はまだ笑っている。

失礼なやつ。
そう思ったが、大輔の妹のために選ぶ、と目的を思い出し、隣で笑っているやつは無視して、棚をもう一度眺めた。

しかし、これだけピー助がいると、悩ましい。
あれがいいかな、これがいいかな、と、かれこれ10分くらい悩んでいると、いつのまにか隣にいた大輔がひょいと1つ選んだ。

「これ、どうかな」
大輔が選んだのは、なんの変哲もない、かわいくポーズを取った、ピー助の黄色のハンカチだった。

「いいんじゃないかな」
それは新作ハンカチで、桜も持っていないものだった。

グッズ集めって、本当に際限がないな、と内心ため息をつくと、店員にラッピングをしてもらっていた大輔が帰ってきた。

「いいのがあって良かったね!」
「ん」
大輔は、いつのまにかラッピングしてもらった袋を2つ持っており、そのうちの一つを押し付けてきた。

「えっ?え?これ…どうするの?」
「やる」

大輔は、照れたように後頭部をガシガシかいた。

「ありがとう…」
桜は、まさか自分ももらえると思わず、呆然と紙袋を受け取った。

「まさか、私ももらえると思わなかった…」
「まぁ、来てもらったし」

「ありがと…大事にするね」
「それよりさ、茶でも飲んで帰ろうぜ」
前を歩く大輔の耳は赤くなっていた。

桜は、ラッピングされた袋を、大事そうにそっと撫でた。





「今日はありがとう。まさか自分がもらえると思わなくてびっくりしちゃった」

夕暮れ時の駅のホーム。
プレゼントを選んだあと、近くのカフェで休憩した二人は、夕暮れも近くなっていたことだし、解散することになった。

なんだかんだ言って、今日は楽しかった。

人に気を使って世話を焼いてしまう桜は、裏表なく言いたいことを言う大輔といることが、すごく楽だった。

大輔は、口をひらき何かを言いたげな目をした。

「どうしたの?」
「いや…なんでも。また、遊びに行こうな」

「そうだね」
なんだろう、と桜は思ったが、大輔にはぐらかされてしまった。

大輔は、ニッと笑うと、手を上げて自分の家に向かう電車に向かって去っていった。

桜も、大輔を見送ると、家へ向かう電車に乗りこんだ。
やや混んだ電車のなかで、ようやく座れる場所を見つけて座った瞬間、カバンからバイブレーションするのを感じた。

なんだろう、とスマホを見ると、由香からだった。

そういえば、メッセージがきていたけど既読にすらしてなかったな。

朝は、由香のことを考えたくもなかったのだが、大輔と遊んでいるうちに、由香に対してどうでもよくなってしまったようだった。

最初は軽くメッセージを読んでいたのだが、どうにも頭が理解できず、もう一度、頭に刻み込むようにしてメッセージを読むと、思わず「え?」と声が漏れてしまった。

〈昨日はほんとゴメンね!〉
〈怒ってる?〉
〈ごめんよぉ~〉
〈お~い〉
ここまでは、朝来たメッセージだったのだが、今来たメッセージを読むと、
〈怒ってるよね…埋め合わせに合コンするから許して〉

いやいやいやいやいやいや。
合コン好きじゃないっていつも言ってるじゃん!

これが、あてつけだったり、桜を合コンの数合わせに呼んだりするような子だったら話が違うのだが、由香は心から本当に桜を思って言っているから始末に負えない。

〈合コンはいらないよ!大丈夫!〉
桜は、即座に断ったのだが、由香から即座に返信が来た。

〈桜、彼氏欲しいって言ってたでしょ?いい人たち、集めるし!〉

〈昨日のことなら気にしてないし、大丈夫だよ。それに私、合コン得意じゃないから…〉

〈そんなこと言って、一度も行ったことないでしょ?一度行ってみよ?意外と楽しいよ!桜に合いそうな人、見繕っとくから〉

桜は思わず、はぁぁぁぁ~…と長いため息をついてしまった。隣の乗客が、ギョッとしたようにこちらを見た。

桜は、観念して目を閉じた。

これは、行ってみなくてはいけない流れになってしまったようだった。
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