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コブクロ ~あの優しかった場所は今でも変わらずに僕を待っていてくれていますか?~   

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 職場には、電話はしていたので、
 皆、私が来ることはわかっていた。

 見た目がいびつなので、
 心配だったが全員温かく迎え入れてくれた。

 会議室に通され、事情を話す。
「ご迷惑おかけして申し訳ありません」
 皆が一様にかぶりをふる。

痙性斜頸」けいせいしゃけいという病名がつきました」
 全員が心配そうな表情で、私の話を聞いてくれる。

「首のジストニアともいうらしいです。音楽家に多いそうです」
 私も少し興奮気味に喋っていたかもしれない。
「私の場合は、脳が右を向けと、指令を出しているそうです」
 脳の機能異常という言葉には、少し心痛な響きがある。

「車の中で色々調べてみました。ピアニストやギタリストは指や手のジストニアの人が多いみたいです」
「原因は?」
 会議室の中にいる誰かが言った。
「私の場合は、パソコンを右に置いて作業して、場合によっては、頻繁にパソコン画面を逆側に、つまり正面にいる相手に見えるようにしていたのが原因かもしれません」

「俺たちも気を付けないとな。誰でもなる可能性があるわけだからな」と同期の男性が言った。

「あまり解明されていない病気で、謎も多いから、対処療法しかないんです」
 私が沈んだ声で言う。

「歌手の『コブクロ』の小淵さんも同じ首のジストニアだったみたいですね。私とはちょっと違って、彼の場合は、発声時に首、つまり頸部のジストニアの症状が出ていたらしい。もう復帰したと思うけど」

「コブクロ」というキーワードで何となく、イメージがついてくれたかもしれない。
「コブクロ」いえば、まだ何ともなかった時の思い出がある。
 お世話になった方のご退職の際に、
 赤坂プリンスホテルの最上階で「ここにしか咲かない花」を演奏・歌唱させてもらった。
「いつかこの涙も 寂寞の想いも 忘れ去られそうな時代の傷跡も(この涙も)(想いも) 燦然と輝く明けも泥の中に 風が運んで星にかわる そんな日を待っている」

 頭に歌詞がリフレインした。

 あの思い出の場所、赤坂プリンスホテルも今はもうない。


※副題は「コブクロ」ここにしか咲かない花の歌詞の一部です。

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