犬の駅長

cassisband

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第3章

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終りが見えない。先行き不透明で焦燥感に襲われる。ただ時間と労力とお金を使う、隔靴掻痒の日々が続いていく。会社説明会や面接の繰り返し。毎回着ている黒のリクルートスーツは、ジャケットもスカートもくたびれ始めてきた。暗澹とした気持ちのまま、未だに内定が一つもない。気がつけば後輩達が就職活動を始めようとしているではないか。
 いつもならもう秋の足音がするけど、今年は歴史的な猛暑日が続いている。観測史上類をみない夏だったらしい。就職活動戦線は超氷河期というのに皮肉なものである。専門家も「あまり使いたくない言葉だけれど、異常気象です」とテレビでしゃべっていたくらいだ。 
 いっそこのまま南極の氷河が全部溶けてしまえばいいのに……。そうすれば、就職活動どころじゃなくなる。非現実的で愚かな思考が頭を廻る。現実逃避したくなる。
 家に帰れば両親揃って決め台詞。
「公務員になれ」
 そもそも公務員受験に向けた対策なんて一切していない。受かるわけもない。民間に比べて、筆記試験の科目数が多い。安定して楽なイメージがあるからなのか公務員の人気は依然高いという。
 区職員になった軽音楽部の先輩が言っていた。
「世間のイメージは楽でいいねぇなんて言われるけど……。実際、俺もナメていた部分もあるんだけどさ。今の財務課なんて土日出勤当たり前だし、残業もハンパないぜ」
 世間のイメージ、特に両親の世代は公務員イコール安定して楽な仕事という認識のようである。そう簡単に世間に楽な仕事なんてあるはずがない。誰しも悪戦苦闘しながら日々の仕事、生活を頑張っている。ましてや公務員になるために、高い志で受験勉強している人を差し置いて受かるはずもないことは、自分がよくわかっていた。確かに親方日の丸で安定した未来が待っているような気はするが、考えることはみんな同じ。不況になれば、公務員や金融機関は強いけど、今の時代どうなるかわからない。
 今の就職活動事情もおかしい。早い学生は三年生に入るとすぐに始動するし、二年生までにほとんどの単位を取ってしまう。大学ってなんなの。これじゃあ、まるで就職予備校ではないか。
 私は漏れなく単位は取っている。卒業は大丈夫だろうと高を括っている。肝心の就職が決まらないのでは身も蓋もない。この夏の暑さも私の就職活動も永遠に続くような気さえする。
 そんな絶望的な未来を考えながら、通学路を歩いていると、後ろから聞きたくない声がした。
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