大英雄と魔王の合言葉

黒ひげの猫

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二章

双子と奴隷

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 ローザからイリスを知れと言われ、数日が過ぎようとしていた。
 魔王の間にてまたイリスが溜めた仕事を片付けていると、納得しない態度のイリスに声を掛けられた。
「ねぇ。なんか、最近余所余所しくない? 何か隠し事でもしているわけ?」
「……そんな事、あるわけ無いだろ」
 思い返せばイリスの事を何も知らないと気づいたファウストは、少しでもイリスの事を知ろうとするも今更どうすればいいのか分からず、こうしてイリスに怪しまれるようになった。
「私に隠し事なんて通用しないんだからね?」
「分かってる。今更俺がお前相手に隠し事なんてするわけ無いだろ」
「……なら、いいんだけど」
 イリス本人に直接「お前はどんなヒトなんだ」と聞ける訳が無く、どうすればいいのかと悩んでいると魔王の間の扉がバタンと開いた。
「こんばんは。魔王様とファウスト」
 視線を向けると、そこには機嫌が悪いのか仏頂面のローザがいた。
「……ローザ」
 とんだタイミングで現れ、しかも何やら面倒事を抱えていそうなローザに迷惑そうな表情を向けてしまったファウストは、しまったと思い直ぐ様視線を逸らしたが目ざといローザに突っ込まれてしまった。
「……客が来たのに、飲み物も出ないのかしら?」
「っ、わかったよ……」
 ファウストは渋々立ち上がると、追い討ちをかけるようにローザから注文が入った。
「私、人間の言うスイーツが食べたい気分なのよねぇー」
「あ、私も食べたい!」
 ここで嫌だと言う訳にもいかないファウストは、小さくため息を漏らし頷く。
「……イリス、お前は仕事をしてろ。お前の分は仕事が終わった後だ」
「なんでよ! 少しぐらい休憩したっていいじゃない!」
 休憩がしたいと喚くイリスを残し、ファウストは厨房へ向かいローザのご要望通りスイーツの準備に取り掛かった。
 スイーツとお茶を三人分を魔王の間に持っていくと、ローザとイリスの間で花が咲いたように話が盛り上がっていた。
「……イリス、お前。仕事は終わったのかよ」
「終わらせたわよ! ほら!」
 確認を取ると、今まで溜めてきた仕事と今日の分の仕事をきちんと終わらせていた。
「はぁー、次からは計画通りに仕事しろよな」
 ファウストはため息を吐きながら、イリスとローザにスイーツとお茶を配り一息ついた。
「あら、可愛らし盛り付けね」
「美味しそう!」
 女性陣は白い皿に盛り付けられたデザートに興味津々の様子。
「ファウスト、これはなんのスイーツなの?」
 イリスの質問にファウストはお茶を啜りながら答える。
「これは、クレープって呼ばれてるスイーツだ。薄く焼いた生地の上に牛の乳から作ったアイスクリームとフルーツを乗せて、生地で包んで食べるんだ。魔界では生のフルーツは日持ちしないから、甘く煮込んだフルーツで代用している。人間界でも限られた極一部の人間しか食べられないから、人間界でも珍しいスイーツなんだ」
 ファウストの説明を一通り聞いたイリスとローザは慎重にアイスクリームと甘く煮込まれたフルーツを生地で包み込み、緊張した面持ちで齧り付いた。
 口いっぱいに広がる甘さにイリスとローザは目を丸くし、あっという間にクレープを食べ終えた。
「相変わらず、料理に関しては天才ね」
「料理に関してはって何だよ……」
 機嫌を取り戻し、満足げな様子のローザは優雅にお茶を啜りながら魔王城を尋ねた理由の説明を始めた。
「今回はファウスト。アナタに依頼をしに来たのよ」
「……あぁ。この間の薬代の代わりの件か」
 人間界で食料を調達する為に必要な変身薬をローザに調薬してもらい、代金を支払おうとした時に言われた事を思い出した。
「今回アナタには、人間界に取り残された魔人の子供の回収をお願いしたいの」
「……人間界に取り残された?」
 ローザは依頼の詳しい内容の説明を始めた。
 今回の依頼で連れ戻す魔人の子供はどうやら人間界を侵攻していた戦いに巻き込まれてしまい、つい最近まで安否が不明にだったのだが、人間界で生きている事が判明したらしい。
「ただの魔人の子供なら、生きていようが死んでいようが気にするような事じゃないんだけど、その魔人の子供がちょっと特殊なのよね……」
 個人主義である魔族らしい言葉がサラリと漏れる。
「特殊って、どういう事なんだよ」
 持ち掛けた依頼が相当厄介なのか、ファウストの問いにローザは、やれやれと言わんばかりにため息を吐きながら答えた。
「その魔人の子供はね、生まれながらに魔眼持ちなのよ……」
 その言葉に、イリスは感心したようなリアクションを取る。
「へー、珍しいね。オリジナルの魔眼なんて」
「だから面倒なのよ。その事に気づいた老害供が今すぐ連れ戻せって騒ぎ始めて」
 この話に着いていけなくなったファウストは尋ねる。
「魔眼って、イリスも持ってるだろ?」
「私のは、オリジナルじゃなくて魔眼の力をコピーして創り出した物なの」
 そう答えたイリスはギュルリと音を立てながら、何種類もの魔眼に切り替えて見せた。
「オリジナルとコピーって、どう違うんだよ」
 ファウストの質問に、今度はローザが答える。
「この子がたくさん持ってる魔眼は、言わば人工物なの。オリジナルの魔眼の力を解析して新しく創り出したコピー品。ちなみに、コピーの魔眼は全て私が作ったのよ」
 得意げに答えるローザ。
 こういった話を突然されると、ローザがインキュバス族の長だという事を忘れてしまいそうになる。
「コピーの魔眼は所持する者の魔力を消費して力を発揮する仕組みなの。コピーの魔眼は膨大な魔力を消費するんだけど、この子の場合は魔力が底無しだから、複数を所持して同時に操る事が出来るの。……今回のオリジナルの魔眼は天然物。コピーの魔眼とは、比べ物にならない位の力を持っているのよ」
 ローザは再び深いため息を吐く。
「魔力を消費せず、強力な力を持つ魔眼を持った魔人は魔界では重宝されているの。そんな特別な魔眼を持った子供が人間界にいるなんて、どう考えたって大事件なのよ。それに、魔眼の力に気付いた人間が。魔眼持ちのしかも、子供の魔人の扱いなんて容易に想像できるでしょ?」
 欲に溺れた人間がどのような行動をとるのか、身に染みて理解しているファウストはその言葉だけで今回の事件がどれほど重大な物なのか直ぐに理解した。
「分かった。その子供がいる場所は判明したのか?」
「えぇ、ここよ」
 ローザは一枚の布を取り出し、手をかざすとその布に人間界のとある街の映像が映った。
「街の名前までは分からないけど、だいぶ栄えている事は分かるわ」
 その映像には石造りで出来たアーチ状の建物を囲むように多くの人達が行き交う姿が映り、その中には市場や行商人の姿もあった。
「何やら盛り上がっている様子ね」
 ファウスト、イリス、ローザは食い気味で映像を覗き込み、何かのヒントを得ようとする。
「催し物でもしているのかしら……」
 ローザの呟きに、ファウストは人間界で過ごしていた記憶が浮かんだ。
「なぁ、この場所を大きく映す事は出来るか?」
 ファウストは人の波に隠れて映るアーチ状の建物に指を指す。
「分かったわ」
 大きく映し出されたその建物見て、ファウストはとある街の名前を思い出した。
「ローレルか……」
「ローレル? この街の名前なのかしら」
 ローザはファウストが呟いた街の名前に反応する。
「あぁ。ローレルは王都クレスチナの隣にあって、王都の次に栄えてる街なんだ。この建物はローレルの観光名所でもある闘技場だ」
「闘技場?」
 初めて耳にする言葉にイリスは興味を示した。
「闘技場は罪人同士を戦わせたり、懸賞品を懸けて腕の立つ旅人なんかが戦う場所でもある。街の住人や金持ちの娯楽の場所だ」
「何それ! 楽しそう!」
 能天気なイリスは闘技場の説明を聞き目を輝かせたが、呆れた様子のローザに頭を叩かれていた。
「そんな事を言ってる場合じゃないでしょ」
 ふと、嫌な予感がファウストに降りかかった。
「…………早くしないと、大変な事になるぞ」
 闘技場。
 懸賞品。
 金持ち。
 娯楽。
 魔人の子供。
 魔眼。
 ファウストの言葉に、ローザの表情は青ざめた。
「……条件は、十分過ぎるわね」
「あぁ。しかもこの盛り上がりよう……。相当な物が懸かってるな」
 映像には街の住人の他にも、多くの猛者達の姿もあった。
「今直ぐ行かないと、間に合わなかもしれないわね」
 そういったローザは、迷う事なく直接ファウストに魔法をかけた。
「変身薬は効き始めるまでに時間が掛かるから、直接アナタに変身魔法をかけたわ。変身薬程の効果は無いから沢山の衝撃を浴びると、魔法が解ける可能性があるから注意して」
 ローザに魔法を掛けられたファウストはあっという間に別人への姿を変え、ゲートの魔法を唱えた。
「待って! 私も一緒に行く」
 分かり易いほど、顔に「楽しそうだから着いて行く」と書いてあるイリスが身を乗り出したが、すぐ様ファウストとローザに止められた。
「馬鹿な事言ってんな。今から行く街はこの前の田舎町じゃないんだ。お前の顔を覚えてる人間がいる可能性がある場所なんだ。そんな場所に魔王のお前を連れて行ける訳ないだろ」
「そうよ。変身魔法が一切効かないアナタを連れてたら、ファウストだって正体を疑われてしまうわ」
 ファウストとローザによる説得に肩を落とすイリス。
「…………分かったよ」
「まさか、こんな危険な事になるなて……。申し訳ない事をしたわね」
「いや。これは俺の方が適任だろ」
「……気をつけて」
「あぁ。このバカが何かしでかさないように見張っててくれ」
 ファウストはイリスとローザに見届けられながらゲートを潜り、ローレルへ向かった。




 ファウストは魔王城と人間界ローレル街を繋ぐゲートを潜り終えると、パッと眩い光に包まれた。
「っ、眩しい……」
 眩しさに片目を閉じながらも周囲を確認していると、パチリと一人の男と目が合った。
「へ…………」
「あっ……」
 驚きのあまりに情けない声を漏らす男とファウスト。
 人通りの多い闘技場やその周辺の大通りから離れ、人の気配がしない裏通りを選んでゲートを開いたのにも関わらず到着して早々、人と遭遇してしまうなんて想像もしていなかったファウストは一瞬固まった。
「え、え? どこから人が……、どうやって……」
 動揺をしているのはファウストだけではなく、この男もそうだった。
 こんな人の気配がしない場所に、奇妙な方法で突然目の前に人が現れたら驚くのは当然だった。
 男は何か仕掛けでもあるのではないかと、キョロキョロと辺りに視線を送る。
 そんな男に対し、ファウストは「悪い」と短い謝罪の言葉を伝えるとくるりと男の背後に周り、これ以上他の人に気付かれないよう男の口元を押えた。
「ちょっとだけ、眠っててくれ。――迷える子羊の眠り《ストレイシープスリープ》」
 ファウストが眠りの魔法を唱えると、男の瞼が段々と重くなりやがて寝息が聞こえ始めた。
 魔法が完全に効いているのを確認し終え、眠りについた男を横に寝かせると、今のファウストにとって丁度いい物を持っている事に気が付いた。
「お、いい物あるじゃん」
 ファウストは男の荷物の中から、真っ黒なローブを取り出し羽織った。
「いくら変身魔法が掛かってるとは言え、何かあったら大問題だからな」
 頭から足先まですっぽりとローブで覆い隠され、フードを深く被ってしまえば顔だって隠れた。
「よし。これで大丈夫か」
 ファウストはローブを羽織ったままの状態で、闘技場へと向かった。
 闘技場に近づくに連れて、途切れ途切れだが微かに漏れる魔力を感じた。
「大分弱ってるな……」
 魔力を辿って進むと、闘技場の正面入り口に人集りが出来ていた。
「ローレル闘技場記念すべき千回目の試合! 記念すべき試合の優勝者には特別な景品を用意した!」
 小太りな男は手にしていた鉄状の棒で檻を叩く。
 カァァンッ――。
 叩かれた衝撃で鳴り響いた音に、更に注目を集めた。
「ちょっと通してくれ」
 ファウストは人の壁をかき分け賑わいの中心に顔を出すと、檻に入れられている幼い男女の子供と目が合った。
 檻に入れられている子供達は、酷い暴力の的になっていたのか顔や体には大小様々な傷が蔓延り、着ている服はボロボロで布切れに近い状態だった。
「やっぱりか……」
 その姿はまるで、いつかの自分を重ねて見ているような気にファウストはなった。
「今回の景品はなんと! 不思議な力を持つ双子の兄妹!」
 ガシッ――。
「いッ、痛い! 触るなジジイッ!」
「黙っていろ! このクソガキが!」
 小太りな男は檻越に男の子の髪を掴み上げ左目の瞼を強引に開くと、人の瞳からかけ離れた紫色に輝く瞳が現れその瞳に、見物客からは短い悲鳴が響ざわつき始める。
「この双子の正体はなんと! かつて我々を襲い多くの命を屠った魔族の子供なのです!」
 小太りの男の言葉で更に悲鳴は大きくなるが、覆い被すように男は声を上げ続けた。
「それになんと、この子供達には不思議な力があるのです!」
 男は今度は女の子の服を掴み上げ、男の子と同様に右目の瞼を開くと銀色に輝く瞳が現れた。
「やめてくれ! リーナ、妹に触るな!」
「この兄妹はなんと、この不思議な瞳の力で二つの未来を視る事が出来るのです!」
 子供の正体が魔人と知り、去ろうとした見物達は立ち止まり再び注目を向けた。
「兄は最悪な未来を! そして妹には幸せな未来を! この兄妹の力を合わせればこの先の人生を迷う事なく生きていけるのです!」 
 ファウストが感じていた嫌な予感はどうやら、予感は的中してしまったらしい。
「さぁ! この力は誰の手に入るのでしょうか!」
 魔人の子供を囲む見物客達は湧き上がる。
 そんな騒ぎの中、ファウストと目が合った女の子は涙を浮かべながら呟く。
「ッ、助けて……」
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