デリバリービーウィッチ

アカネラヤ

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デリバリービーウィッチ9

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「アンタが──フカミトシヤ…さん?」
 そう言って俺に声をかけてきた男は、えらく中性的な美青年で。
「え?あ。そうです……けど……?」
 見た目も奇抜──というか否が応にも目に入るドピンクのふわっふわの髪の毛。

 ここはとあるトレーディングカードゲームの大会会場……の、控え室。いわゆる楽屋だ。
 俺も含め、周囲にいるメンツはオシャレとはかけ離れた世界にいる、まぁ言ってしまえばオタクというやつで。
 イベントも無事終わり、あとは全員帰るだけなまったりとした雰囲気の中。突然俺に声をかけてきたその男は、明らかにこの場とはミスマッチなオシャレな風貌で、逆にとんでもなく悪目立ちをしていた。
 茶色のキャスケット帽に薄桃色の春コートをまとい、六角形の金縁眼鏡の奥には溢れんばかりの大きな瞳。
 どうやって控え室に入れたのかはこの際置いといて、彼は俺を指名すると愛嬌のある笑顔とお手振りで、いつの間にやら周囲のプロゲーマー達を虜にしていた。
 気付けば椅子が用意され、お茶入りペットボトルが添えられて。これが天性の魔性というやつなんだろうな、と傍観してしまう。
 彼はニコニコと微笑みながら、俺を品定めするように視線を上下に動かして。
「へぇ、結構イイ男じゃん。諒太観る目あんね」
「えっ、今。リョウタって……?」
「そ。俺、諒太のダチ。岩城っていうの、よろしくねっ」
「イワキ……さん……?」
「ここじゃなんだからさ。話しやすいとこ行こうぜ?俺イイ店知ってるんだ~」
「あ、はぃ……」
 リョウタさんの名前を出されて断れる訳もなく。
 俺はイワキさんの言われるがままに行動するしかなかった。

 新緑の美しい広々とした、細部まで管理が行き届いていそうな綺麗な公園。
「そこのベンチで座って待っててね、俺飲み物買ってくっからさ」
 敷地内で営業販売しているオシャレなキッチンカーを指差すイワキさん。
「え、お金……」
「あ~~いいのいいの!とにかく座って待ってて!ね、お願い!」
 パンッと勢いよく両手を合わせて、ウインク混じりにあざとくお願いをされると……流石に断りづらいわけで。

 飲み物を二つ受け取って、ピンクの髪をフワフワ揺らして小走りでこちらに走ってくるイワキさんは、まるで小動物のようで。男性だけど、可愛らしい人だなと思ってしまった。
「はい、どーぞ~。勝手に決めちゃったけどカフェラテでいい?」
 ニコニコな笑顔でカフェラテを手渡される。
「あ、ありがとございます。でもお金」
「いーのいーの!俺お代払ってないから」
「へっ?」
「あそこの店員さん俺の常連さんなの」
「常連……」
 常連という、なかなか日常では聞き慣れない単語で。イワキさんとリョウタさんの繋がりに否が応にも気付かされる。イワキさんはリョウタさんと同じ、デリバリーフロウのデリヘル嬢なのだと。
「うん。俺、諒太のドーギョーシャ!でもって諒太のダチ!これでも売り上げナンバーワン!」
 ニャハハと屈託なく笑うイワキさんを見て。売り上げナンバーワンなのは、すぐさま納得がいった。
「もち、諒太も結構人気者なんだぜ?」
 オレンジジュースを飲みながら、なんのためらいもなくリョウタさんの話題を出すものだから。俺はカフェラテを吹きそうになる。
「諒太ってさ、いわゆる妖艶っていうの?見た目からあふれる大人っぽさが売りなんだけどさ。まあ本人は結構抜けてるトコあるんだけどね。諒太セルフレジ一人で出来ないしさ。ホント可愛いよね~」
「分かります」
 セルフレジ出来ないリョウタさん。
 可愛い。容易に想像できる。
「フカミさんはさ、諒太のどこに惚れたの?」
 またカフェラテを吹きそうになる。
「ねえ。──……どこ?」
 今までの穏やかな空気から突如として張り詰めた空気が辺りを漂う。
 先ほどまで穏やかに微笑んでいたイワキさんの顔から表情が消えている。
 本気だ。
 本気で彼は俺の本心を問いただそうとしているんだ。
 涼やかに風が香る。
「その、……する時にはにかむ笑顔とか、ちょっとおっちょこちょいなトコとか、でも芯は一本通ってるトコとか。あとは──」
「まだ二回しか合ってないのによく見てんねぇ」
「あ、どうも……」
「うんうん、合格合格!花丸百点!!」
「へ?」
「諒太の常連客って。ん~~まぁ、俺らがこんなこと言うのもなんだけどもさ、ほとんどが身体目当てなのよ。まあ風俗だし、それが当たり前っちゃあ当たり前よね」
 哀愁ただよう表情。
「諒太って、俺以外とはあんま話さなくてさ。いっつも待合室の端っこで座ってんの。誰かと話すわけでもなく、一人で指名が来るまで静かにさ」
 こーんな顔!と言いながらイワキさんは、眉間に皺を寄せた無表情で三角座りのジェスチャーをする。
 きっと、待合室でのリョウタさんの真似なんだろう。
 
 ──孤独。
 まさにその二文字が似合う姿だった。

「なんか、その……寂しそうですね」
「そうなのよ!」
 頂きました!と言わんばかりのニヤリとしたドヤ顔と、パチンと指鳴らし。
「でも最近さ、諒太がやたら嬉しそうでさ。ずーっとコレ見てニコニコしてんの」
 はいコレ、と渡されたソレは。
 滅茶苦茶に見覚えのあるもので。
「これ、俺のサイン入りトレカ……?」
「そ。諒太コレをすっげえ大事そうに持ちながらさ、その間すんごく幸せそうでさぁ」
 俺のカードを見つめて幸せそうに微笑むリョウタさんを想像するだけで顔がにやけてしまう。
 そうなんだ…と、なぜか俺の心の中も温かくなった気がして。
 ポカポカと。
 リョウタさんの鼓動を感じ取れた気さえする。
 リョウタさん……。
 ……。
 …………。
 ……──リョウタさんに逢いたい想いだけが募っていく。
 でも。
 俺は──

「断られたから、かけづらい?」
「——はい……」
 そう。俺は、実は。
 何度かデリバリーフロウに断られていて。

『誠に申し訳ございませんが、本日は諒太君は具合が悪くて急にお休みとなりました』

 これが通算三度目で。
 流石のデリヘル初心者の俺でも気付く。
 コレは『嘘』なのだと。
 リョウタさんが俺を故意に避けているのだと。
 その理由は何なんだろう?と。
 もしかして、俺……リョウタさんに嫌われた??

 それに。
 俺はずっと気になっている事がある。
 イワキさんが手にしている俺のサイン入りカードをどこで手に入れたのかと。
 もしかして──リョウタさんに捨てられた?

「ねえ、フカミさん」
「あっ!……はい?」
 もの思いにふけっていた俺を現実に引き戻す。
「もしまだ諒太の事を気にかけてくれんのなら、俺に考えがあるんだけど。──乗ってくんない?」
「えっ……」
 イワキさんの真剣な眼差しが俺に突き刺さる。
 友を救いたいという願いが溢れている眼差し。
 俺も、それに賭けてみたくて。

「──お願いします」

 俺は。
 イワキさんの作戦に、乗ることにした。
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