憧憬

アカネラヤ

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憧憬1

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 ──なんで、どうして?

 沈みゆく意識のなか、俺は────


「あ、目ぇ覚めました?……おはよ。美波さん」
 ゆっくりとまぶたを開けると、その先には。
「藤……咲……?」
 見慣れた男が覗き込んでて。
 藤咲昌也(ふじさきまさや)。
 俺の一年後輩で、デキる社員と噂の一人。
 何故か俺に懐いていて、でも頼りになるから俺もつい彼に甘えてしまっているところがあって。
 本人に自覚はないが、女性社員にとても人気が高く。それでも人の波をかき分けてでも俺のところへやって来るのがちょっと犬っぽくて可愛いと思う。

 俺は寝床?に寝かされていて。
「今ご飯持ってくるから、ちょっと待っててね」
 見知った男は俺が目覚めた事を確認すると。フッと微笑んで、俺から離れて食事の用意とやらをしに行った。

 頭が……ズシリと重い。なんだか気持ち悪い感覚。
「急に起きない方がいいですよ。まだ薬が効いてるだろうから身体だるいし気持ち悪いでしょ?」
 たしかに妙な気だるさがあって。
 なんで彼は俺の状態にこんなにも詳しいんだろう?
「ねぇ、藤咲。俺さ……」
 寝床から起きあがろうと手をつこうとすると、急に手首がガクンと引き寄せられたかのような違和感を得る。なんだこれ。
 引き寄せられたんじゃない、頭の上で手首が紐?で固定されている。
 ──え。……なんで??
「ああ、美波さん今動けないから。しばらく安静にしててくださいね?」
「えっ……?」
 さもこの状況が当然であるかのように、藤咲の口調は穏やかで。

 なんで。俺……こうなってんの??

 頭がぐるぐるしてる間に、この謎を解いてくれそうな光である藤咲昌也がコンビニ袋を持ってこちらに向かって歩いてくる。
「俺料理出来ねえからコンビニで買ってきた菓子パンだけど。あとお茶です」
「ねえ藤咲、なんで俺……捕まってんの?」

 一瞬だけ。
 藤咲の表情が濁った気がした。

「だって俺が捕まえたから」
「え?」
 意味がわからない。
「だからぁ」
 ベッドに腰掛けて目線を合わせられて。
「俺が、美波八雲(みなみやくも)さんを。捕まえたの」
 俺の目を見てまるで子供に諭すように、ゆっくりと噛み砕いて同じ事を繰り返した。

 美波八雲。俺の名前。

「何言って──」
「ビールに風邪薬って結構効き早いんすね。信憑性低かったけど美波さんすぐに気ぃ失ったから。漫画で得た知識だったけどやってみるもんですねぇ」
 なんか恐ろしい事を聞いてる気がする……。
 ちょっと悪寒を覚えつつ。
「ねえ、これさ。外してよ。動けないんだけど」
「そりゃ動けないようにするためですから」
 今日の藤咲はいつもと違って反りが合わない。
 なんだかイライラする。
「ねえ、真面目に聞いてる?」
 イラついた目線を向けようとすれば。
「……聞いてますよ」
 逆に真面目な目線が返ってきて、ちょっとドギマギしてしまう自分がいて。
 少しだけ薄茶色の前髪が、彼の眼差しを隠すようにサラサラと揺れる。
「なら早く──!」
「そしたら美波さん逃げちゃうでしょ?」
「??…どういう意味……?」
「この状況でおとなしく居てくれるんならいいんだけどさ」
 言ってる意味が分からない。
 というか。
 さっきから藤咲の言ってることが何一つ理解できなくて。
 俺が変なのか?
 そんな訳ないか。
 それよりここは何処……?
「俺んち」
 俺の目線を察した藤咲が解答する。
「あれから美波さんは、何処にも行ってませんよ」
「え……っ?」
 あれから?
 どこから?
 頭がぐるぐるする。
 まるで思い出してはいけないコトのように。
「だからさ」
 そして。
 それが当前かのように、藤咲が身を乗り出して俺に覆い被さってくる。
「俺とこのまま。一緒にいて?」
「なに言っ──……」
 気が付けば。
 俺の唇は、藤咲の唇と重なっていて。

 俺の頭は。
 ──おかげでさらにグルグルと渦巻くことになっていた。
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