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優しい?隠し事
しおりを挟む残酷だった。悲惨だった。身体の震えが止まらない。
むせ返ってくるものを何とか耐えて、再び滲んだ目を瞑った。座っていても、気分は最悪だった。
大量の赤は黒く、そして深い闇。
脳裏で何度も渦を巻く。
だがそれもすぐに終わって、辺りは暗く、新たな闇を作る。
おかしいと思って、俺は瞬きをした。途端に視界が、今度は白く染まる。
見渡せばそこは病室だった。
ベッドを見やれば、酸素マスクを付け、包帯を頭に巻いた雫が、薄目を開けてぼんやりと天井を見上げている。
彼女を見たら、気分は不思議と落ち着いた。
部屋に入ってきた看護師が雫に気付き、医者を呼ぶ。
駆け付けた医師は何度も雫に話しかけるけれど、彼女は頷いたりするだけで言葉を話さなかった。
雫は事故で、声を失った。
全て忘れてしまったみたいに、もう何も残っていないみたいに、雫は無表情のまま、医師の質問にただただはいといいえを表すだけ。
音もなく静かに、呼吸すらしてないみたいに。
これは親族から2度目の連絡が来た、事故から数日経ったあの日だろうか。毎日見舞いに行って、なかなか寝覚めなかった彼女が意識を取り戻した、安堵の日。
こんなにも雫と離れたのは初めてだった。彼女がいない日々は、心配よりも不安が大きかった。落ち着きのない心は常にモヤモヤしていて、周りを見渡す目はずっと雫を探していた。
自分自身が消えてしまったような、気持ち悪い感覚だった。
雫にはおじもおばもいなかったから、連絡は彼女の祖母からで、その祖母は雫にとっての曾祖母にあたる人が暮らす、田舎から来たらしい。
祖母は息子と義理の娘を失った。
孫だけが助かった。
辛いはずなのに、雫の前では悲しそうな顔を見せなかった。母さんも無事を喜ぶ顔をする。
心の中を隠して、いずれ知ることになる事実をあいつの体を心配して先延ばしにした。
それがあいつにとっての優しさになるのか、あの頃の俺には分からなかった。分からないけど真似をした。それが正解だと思ったから。
医師によるとあいつはショックで声が出なくなってしまったらしい。
ただそれは一時的なものだろうから、取り敢えず今はショックを和らげるように両親の話はしないようにと、母さんから念を押された。
雫からも両親の話は出なかった。
強がっていたのかもしれない。いつか話してくれると、これ以上心配をかけまいと、彼女なりの虚勢だったのかもしれない。
奇跡的に身体の機能に後遺症は残らなかった。
だがどれだけ時間が経っても、体調が安定してきても、あいつが再び言葉を話すことは無かった。
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