上 下
5 / 18

優しい?隠し事

しおりを挟む

 残酷だった。悲惨だった。身体の震えが止まらない。

 むせ返ってくるものを何とか耐えて、再び滲んだ目を瞑った。座っていても、気分は最悪だった。

 大量の赤は黒く、そして深い闇。
 脳裏で何度も渦を巻く。

 だがそれもすぐに終わって、辺りは暗く、新たな闇を作る。

 おかしいと思って、俺は瞬きをした。途端に視界が、今度は白く染まる。


 見渡せばそこは病室だった。

 ベッドを見やれば、酸素マスクを付け、包帯を頭に巻いた雫が、薄目を開けてぼんやりと天井を見上げている。

 彼女を見たら、気分は不思議と落ち着いた。

 部屋に入ってきた看護師が雫に気付き、医者を呼ぶ。

 駆け付けた医師は何度も雫に話しかけるけれど、彼女は頷いたりするだけで言葉を話さなかった。


 雫は事故で、声を失った。


 全て忘れてしまったみたいに、もう何も残っていないみたいに、雫は無表情のまま、医師の質問にただただはいといいえを表すだけ。

 音もなく静かに、呼吸すらしてないみたいに。


 これは親族から2度目の連絡が来た、事故から数日経ったあの日だろうか。毎日見舞いに行って、なかなか寝覚めなかった彼女が意識を取り戻した、安堵の日。

 こんなにも雫と離れたのは初めてだった。彼女がいない日々は、心配よりも不安が大きかった。落ち着きのない心は常にモヤモヤしていて、周りを見渡す目はずっと雫を探していた。

 自分自身が消えてしまったような、気持ち悪い感覚だった。


 雫にはおじもおばもいなかったから、連絡は彼女の祖母からで、その祖母は雫にとっての曾祖母にあたる人が暮らす、田舎から来たらしい。

 祖母は息子と義理の娘を失った。
 孫だけが助かった。

 辛いはずなのに、雫の前では悲しそうな顔を見せなかった。母さんも無事を喜ぶ顔をする。

 心の中を隠して、いずれ知ることになる事実をあいつの体を心配して先延ばしにした。

 それがあいつにとっての優しさになるのか、あの頃の俺には分からなかった。分からないけど真似をした。それが正解だと思ったから。

 医師によるとあいつはショックで声が出なくなってしまったらしい。

 ただそれは一時的なものだろうから、取り敢えず今はショックを和らげるように両親の話はしないようにと、母さんから念を押された。

 雫からも両親の話は出なかった。
 強がっていたのかもしれない。いつか話してくれると、これ以上心配をかけまいと、彼女なりの虚勢だったのかもしれない。

 奇跡的に身体の機能に後遺症は残らなかった。

 だがどれだけ時間が経っても、体調が安定してきても、あいつが再び言葉を話すことは無かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子様な彼

nonnbirihimawari
ライト文芸
小学校のときからの腐れ縁、成瀬隆太郎。 ――みおはおれのお姫さまだ。彼が言ったこの言葉がこの関係の始まり。 さてさて、王子様とお姫様の関係は?

棚から美少女

浅雪ささめ
ライト文芸
美少女と同棲してみたくはないですか? もしかしたら君の買ったぼた餅も美少女になるかも!

拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。

香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー 私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。 治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。 隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。 ※複数サイトにて掲載中です

ひとりごと

栗須帳(くりす・とばり)
ライト文芸
名士の家に嫁いだ母さんは、お世辞にも幸せだったとは言えない人生だった。でも母さんは言った。「これが私の選択だから」と。こんな人生私は嫌だ、そう言って家を出た姉さんと私。それぞれの道を選んだ私たちの人生は、母さんの死によって再び交差した。 表紙、Irisさんのイラストから生まれた物語です。 全4話です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ゆずちゃんと博多人形

とかげのしっぽ
ライト文芸
駅をきっかけに始まった、魔法みたいな伝統人形の物語。 ゆずちゃんと博多人形職人のおじいさんが何気ない出会いをしたり、おしゃべりをしたりします。 昔書いた、短めの連載作品。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

魔法道具発明家ジュナチ・サイダルカ

楓花
ファンタジー
【世界最強の魔女✕ネガティブ発明家✕冒険】 自然を操る魔法がある世界に、魔法が使えない人種「ナシノビト」がいた。 非力なナシノビトは「サイダルカ」という一族が発明した「魔法道具」のおかげで、魔法に似た力を使える。 その一族の末裔の少女・ジュナチは、この物語の主人公である。 才能がない彼女は、魔法道具を作ることを諦めていた。 発明をやめ、伝説の魔女を助けることだけを夢見ていた。 その魔女の名前は「ゴールドリップ」。 輝く唇を持つといわれている。 様々な事情で命を狙われていると噂があり、ジュナチは彼女を探していた。 ある日、ジュナチは見知らぬ少年・ルチアーナと出会う。 その少年の唇は、金色だった―――。 表紙と毎話の挿絵:ぽなQ(@Monya_PonaQ) ※この小説は毎月第1金曜日に更新予定です。

処理中です...