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百年の使い方
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誰もが健康できっかり百年生きることができるようになった世界では、折り返しの五十歳になるとそのまま年をとるか一度赤ん坊に戻るか選べるようになっていた。
五十歳の誕生日を数週間後に控えたある日、わたしの元にも選択手続きの申請書類が届いた。
選択は本人の意志に任せるとされていたが、これには少子高齢化を止める目的があったので、子供としてあと一回生きて未来の労働力となること、とりわけ女性は出産することが推奨されていた。
さらに赤ん坊から再スタートする選択をした人には様々な特典が用意されている。
教育と出産にかかる諸々の費用は無償で提供され、赤ん坊を産む度に妊婦には多額の祝い金が振り込まれた。
そこまでされると、老いた体で生きるより若さを取り戻して、やり残していたことに再挑戦してみようかと考える人も多くいた。
わたしの周りでも、赤ん坊に戻った知り合いが幾人かいる。どんな感じか聞いてみたいが、残念ながら彼らはまだ喋ることができないのでわからない。
一方、前半人生で必要なもを手に入れ、あとはのんびりと暮らせるだけの余裕があるような恵まれた人たちや、いまのキャリアを手放さず仕事を続けたい人たちは、そのまま歳を重ねることを選んだ。
先に誕生日を迎えていたわたしの夫も、これまで積み重ねてきた仕事を途中で放り出すことは簡単にできず、そのまま年をとっていた。
申請書類を前にわたしは考えていた。
悩むことはないじゃない?そのまま旦那さんと一緒に百歳まで暮らしなさいよ、と近所の主婦仲間たちはわたしに言った。
確かにそれが一番無難な選択ではあった。
夫とは不仲なわけではない。
どうしても許せないような嫌なところは思いつかないし、生まれ直して一緒になりたい相手が他にいるわけでもない。
波風立てず変わったことをせず、普通に暮らすのが一番楽で一番賢い。
しかし、あと五十年このまま生きるかと思うとつまらない気もしていた。
誰にも言ったことがないが、わたしは前半人生で不真面目な学生だったことを長らく後悔しており、このチャンスを活かしてもう一度勉強したかった。
パート先は明日辞めても問題はないし、面倒を見る子供や孫もいなかった。つまり、わたしが赤ん坊になっても別段世の中は困らないのだ。いまのわたしがいてもいなくても世の中にとって何の問題もないのと同じくらい。
赤ん坊に戻ったわたしはそれまで暮らした家を出て、世話してくれる若夫婦の元で育てられることになった。
産まれた直後から以前の記憶はどんどん薄れ、今では自分が何者だったのか思い出すことができない。
これがあと一回と思って選んだ人生だったのか、初めて過ごす人生なのか、赤ん坊のわたしにはわからなかった。
ある日、公園ですれ違った知らない老人がわたしに小さく手を振った。
わたしは母親の押してくれるベビーカーの中からその人に手を振り返した。
五十歳の誕生日を数週間後に控えたある日、わたしの元にも選択手続きの申請書類が届いた。
選択は本人の意志に任せるとされていたが、これには少子高齢化を止める目的があったので、子供としてあと一回生きて未来の労働力となること、とりわけ女性は出産することが推奨されていた。
さらに赤ん坊から再スタートする選択をした人には様々な特典が用意されている。
教育と出産にかかる諸々の費用は無償で提供され、赤ん坊を産む度に妊婦には多額の祝い金が振り込まれた。
そこまでされると、老いた体で生きるより若さを取り戻して、やり残していたことに再挑戦してみようかと考える人も多くいた。
わたしの周りでも、赤ん坊に戻った知り合いが幾人かいる。どんな感じか聞いてみたいが、残念ながら彼らはまだ喋ることができないのでわからない。
一方、前半人生で必要なもを手に入れ、あとはのんびりと暮らせるだけの余裕があるような恵まれた人たちや、いまのキャリアを手放さず仕事を続けたい人たちは、そのまま歳を重ねることを選んだ。
先に誕生日を迎えていたわたしの夫も、これまで積み重ねてきた仕事を途中で放り出すことは簡単にできず、そのまま年をとっていた。
申請書類を前にわたしは考えていた。
悩むことはないじゃない?そのまま旦那さんと一緒に百歳まで暮らしなさいよ、と近所の主婦仲間たちはわたしに言った。
確かにそれが一番無難な選択ではあった。
夫とは不仲なわけではない。
どうしても許せないような嫌なところは思いつかないし、生まれ直して一緒になりたい相手が他にいるわけでもない。
波風立てず変わったことをせず、普通に暮らすのが一番楽で一番賢い。
しかし、あと五十年このまま生きるかと思うとつまらない気もしていた。
誰にも言ったことがないが、わたしは前半人生で不真面目な学生だったことを長らく後悔しており、このチャンスを活かしてもう一度勉強したかった。
パート先は明日辞めても問題はないし、面倒を見る子供や孫もいなかった。つまり、わたしが赤ん坊になっても別段世の中は困らないのだ。いまのわたしがいてもいなくても世の中にとって何の問題もないのと同じくらい。
赤ん坊に戻ったわたしはそれまで暮らした家を出て、世話してくれる若夫婦の元で育てられることになった。
産まれた直後から以前の記憶はどんどん薄れ、今では自分が何者だったのか思い出すことができない。
これがあと一回と思って選んだ人生だったのか、初めて過ごす人生なのか、赤ん坊のわたしにはわからなかった。
ある日、公園ですれ違った知らない老人がわたしに小さく手を振った。
わたしは母親の押してくれるベビーカーの中からその人に手を振り返した。
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