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3・花嫁の誓い
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眼下に広がる窓からの景色は、今の自分の心そのものだと彼女は思った。
屋敷にある英国風の庭園は、すべての植物が枯れて朽ち果て見る影も無い。
これからさらに荒んだ姿になるだろう。
どうせならもっと醜くなればいい。
この庭を見たあの子が悲しそうな顔をするのを見てやりたかった。
残った花もすべて踏みにじってやりたい。
それほど彼女の憎しみは強かった。
あの子が逃げ出さなければ、こんなことにはならなかったのに。
あの日を境にすべてが変わってしまった。
「さあ、そろそろ時間だよ」
広間で旦那様がお待ちかねだ、と扇子をパタパタせわしなく動かしながら彼女の母親がやってきた。
「…勝手に待たせておけばいいわ」
彼女は吐き捨てるようにつぶやき、外の景色から部屋の中に視線を戻した。
鏡の中には、純白のウェディングドレスに身を包んだ女がいる。
これから自分の身に起こる事を考えると体が震える。
恐ろしい現実を忘れたくて、彼女は目を閉じた。
娘が一向に動こうとしないのを見た母親は、あわてるどころか自分もそばにあった椅子にどっかり腰掛けた。
用意してあったお茶を片手でぐいと飲み干し、娘を叱咤する。
「フン、いつまで拗ねてんだい。もっと嬉しそうな顔してほしいね。これからもっといい暮らしができるんだよ、あんな恩知らずのことをいつまでも」
「あの子の話は二度と口にしないで!」
娘の鋭い口調に、母親は肩をすくめた。
よろよろと立ち上がり、もう一度窓の外を見て彼女は思う。
あの子を止めることがわたしにできたら。
あの日。
大事にしていた本を取り上げたら、あの子は見たこともないくらい必死な顔で、わたしにつかみかかってきた。
あの細い体のどこにあんな力があったのかと彼女は驚いた。
そして、もっと信じられなかったのはあの子の選んだ道だ。
愛着ある自分の住まいと庭を捨ててまで、あんなつまらない若い男のところに行くなんて。
なんてバカな子だろう。
「これで良かったのさ。あんたもあたしも、これからはうんと贅沢して暮らせるんだ。ほら、今の自分を見てごらん、そのドレスにその宝石」
猫なで声で近づいてきた母が、娘のウェディングドレスをなでまわし満足げに笑う。
そんな母親の様子を見て、彼女も自分の左薬指に目をやる。
そこには婚約のとき受け取った大きなダイヤの指輪が輝いている。
貧しい暮らしをしてきた自分にとって、確かにこれは大きな収穫だ。
あの子が肌身離さず身につけていた、親の形見だというちっぽけな石のついたペンダントとは比べものにならないくらい、このダイヤは高価なはずだ。
つまり、あの子は間違った選択をしたのだ。
あの子は貧しい若者と、この先愛情だけが頼りの結婚生活を送ることになる。
ダイヤの輝きは失われることはないが、愛情などというものはあっという間に薄れるのだから。
あの子はいつか必ず後悔するに違いない。
だからわたしは勝ったのだ、決して惨めではないのだと自分に言い聞かせる。
そう思えば、荒れ狂う心をいくらかなだめることができた。
屋敷の奥から、しゃがれた耳障りな男の声が聞こえてきた。
彼女の母親は顔をしかめながらも、娘を急き立てる。
「さあ行くよ。覚悟はできただろう?お式が始まるよ」
母親の合図で彼女はようやく動き出した。
重い扉が開き、一歩、また一歩と、屋敷の広間に急ごしらえで用意した祭壇に近づいていく。
招待客とそれから夫となる男、その場に居合わせた者たちは皆現れたの彼女の美しさに息を飲む。
花嫁を品定めする者たちの下卑た視線を一身に浴び、彼女は広間をゆっくりと見渡した。
そうやってわたしを見ているがいい。
わたしはお前たちを許さない。
にっこり微笑み、彼女は祭壇に向かって歩き出す。
これから誓うのは幸せではない。
復讐だ。
屋敷にある英国風の庭園は、すべての植物が枯れて朽ち果て見る影も無い。
これからさらに荒んだ姿になるだろう。
どうせならもっと醜くなればいい。
この庭を見たあの子が悲しそうな顔をするのを見てやりたかった。
残った花もすべて踏みにじってやりたい。
それほど彼女の憎しみは強かった。
あの子が逃げ出さなければ、こんなことにはならなかったのに。
あの日を境にすべてが変わってしまった。
「さあ、そろそろ時間だよ」
広間で旦那様がお待ちかねだ、と扇子をパタパタせわしなく動かしながら彼女の母親がやってきた。
「…勝手に待たせておけばいいわ」
彼女は吐き捨てるようにつぶやき、外の景色から部屋の中に視線を戻した。
鏡の中には、純白のウェディングドレスに身を包んだ女がいる。
これから自分の身に起こる事を考えると体が震える。
恐ろしい現実を忘れたくて、彼女は目を閉じた。
娘が一向に動こうとしないのを見た母親は、あわてるどころか自分もそばにあった椅子にどっかり腰掛けた。
用意してあったお茶を片手でぐいと飲み干し、娘を叱咤する。
「フン、いつまで拗ねてんだい。もっと嬉しそうな顔してほしいね。これからもっといい暮らしができるんだよ、あんな恩知らずのことをいつまでも」
「あの子の話は二度と口にしないで!」
娘の鋭い口調に、母親は肩をすくめた。
よろよろと立ち上がり、もう一度窓の外を見て彼女は思う。
あの子を止めることがわたしにできたら。
あの日。
大事にしていた本を取り上げたら、あの子は見たこともないくらい必死な顔で、わたしにつかみかかってきた。
あの細い体のどこにあんな力があったのかと彼女は驚いた。
そして、もっと信じられなかったのはあの子の選んだ道だ。
愛着ある自分の住まいと庭を捨ててまで、あんなつまらない若い男のところに行くなんて。
なんてバカな子だろう。
「これで良かったのさ。あんたもあたしも、これからはうんと贅沢して暮らせるんだ。ほら、今の自分を見てごらん、そのドレスにその宝石」
猫なで声で近づいてきた母が、娘のウェディングドレスをなでまわし満足げに笑う。
そんな母親の様子を見て、彼女も自分の左薬指に目をやる。
そこには婚約のとき受け取った大きなダイヤの指輪が輝いている。
貧しい暮らしをしてきた自分にとって、確かにこれは大きな収穫だ。
あの子が肌身離さず身につけていた、親の形見だというちっぽけな石のついたペンダントとは比べものにならないくらい、このダイヤは高価なはずだ。
つまり、あの子は間違った選択をしたのだ。
あの子は貧しい若者と、この先愛情だけが頼りの結婚生活を送ることになる。
ダイヤの輝きは失われることはないが、愛情などというものはあっという間に薄れるのだから。
あの子はいつか必ず後悔するに違いない。
だからわたしは勝ったのだ、決して惨めではないのだと自分に言い聞かせる。
そう思えば、荒れ狂う心をいくらかなだめることができた。
屋敷の奥から、しゃがれた耳障りな男の声が聞こえてきた。
彼女の母親は顔をしかめながらも、娘を急き立てる。
「さあ行くよ。覚悟はできただろう?お式が始まるよ」
母親の合図で彼女はようやく動き出した。
重い扉が開き、一歩、また一歩と、屋敷の広間に急ごしらえで用意した祭壇に近づいていく。
招待客とそれから夫となる男、その場に居合わせた者たちは皆現れたの彼女の美しさに息を飲む。
花嫁を品定めする者たちの下卑た視線を一身に浴び、彼女は広間をゆっくりと見渡した。
そうやってわたしを見ているがいい。
わたしはお前たちを許さない。
にっこり微笑み、彼女は祭壇に向かって歩き出す。
これから誓うのは幸せではない。
復讐だ。
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