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55・お屋敷にご招待
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光太郎との契約更新から数日後。
デパ地下スーパーとドラッグストアでの買い出し、それからクリーニング店をはしごして、両手いっぱいに荷物を抱えたわたしは、マンションを目指し長い坂道を登っていた。
執筆時間を確保したいがために、買い出しや用事を一度に済ませるいつもの作戦だったのだが、さすがに今日の荷物は多すぎた。
買い物袋の重みで腕が抜けそうだ。
「あー重い。ちょっと休も」
わたしは坂道の途中で足を止めた。
歩道の横は、大人の背丈よりも高い塀が続いている。
このあたりでもひときわ大きなお屋敷を囲む塀だ。
その庭には種類もさまざまな樹木が植わっているようで、わたしのような坂道の歩行者に涼しい木陰を提供していた。
今日のように歩き疲れたときなどは、このあたりで立ち止まる。
目を閉じ耳を澄ますと、庭から運ばれるひんやりした風が頬をなで、野鳥の鳴き声が耳を楽しませてくれるのだ。
「どんな人が住んでいるのかなあ」
光太郎のところで働き出した時からずっと気になっていた。
買い出しから戻る道すがら、屋敷の住人について空想したりもした。
だが、正面の門はたいていしまっており、人の出入りを見たことはなかった。
もしかしたらすでに空き家なのかもしれない。
高級住宅街にこれだけの広さの土地建物だ。
屋敷の維持や庭の手入れ、固定資産税やら相続税やらお金が驚くほどかかるのだろう。
とはいえ、素敵なお屋敷を前にそんな世知辛いことを思うのはつまらない。
だから鬱蒼と茂る庭の木々を見るたびに、雰囲気ある洋館、レースのカーテン揺れる窓、そこには謎めいた微笑を浮かべる美しい未亡人がいて…みたいなことを勝手に想像していた。
ところが。
なんと今日初めてそこから住人が出てくるのを目撃したのだ。
謎めいた未亡人か?
はたまた天涯孤独な老紳士か?
興味津々で視線を向けた先には、見覚えのある顔があった。
「「あーっ!」」
お互いびっくりして、その場立ちつくした。
「会いに行こうと思ってたの!まさか家を出た瞬間に会えるなんてうれしい」
「わたしもびっくりしています!どんな人が住んでいるのかなあ~、っていつもここを通るたびに考えていたから」
住んでいたのは未亡人でも老紳士でもなく、お姫様だった。
希さんは華やかな笑顔をわたしに向けて言った。
「実家なの。ね、良かったら中でお茶でもいかが?」
「えっいいんですか?!」
「美味しいケーキもあるわ」
これ、と希さんは手にしていた可愛らしい色の箱をかかげて見せた。
彼女の誘いを断る理由はなかった。
おまけにずっと気になっていた素敵な洋館の中に入れるなんて。
湧き上がる好奇心を抑えることはできない。
希さんに招き入れられ、わたしはお屋敷の門をくぐった。
デパ地下スーパーとドラッグストアでの買い出し、それからクリーニング店をはしごして、両手いっぱいに荷物を抱えたわたしは、マンションを目指し長い坂道を登っていた。
執筆時間を確保したいがために、買い出しや用事を一度に済ませるいつもの作戦だったのだが、さすがに今日の荷物は多すぎた。
買い物袋の重みで腕が抜けそうだ。
「あー重い。ちょっと休も」
わたしは坂道の途中で足を止めた。
歩道の横は、大人の背丈よりも高い塀が続いている。
このあたりでもひときわ大きなお屋敷を囲む塀だ。
その庭には種類もさまざまな樹木が植わっているようで、わたしのような坂道の歩行者に涼しい木陰を提供していた。
今日のように歩き疲れたときなどは、このあたりで立ち止まる。
目を閉じ耳を澄ますと、庭から運ばれるひんやりした風が頬をなで、野鳥の鳴き声が耳を楽しませてくれるのだ。
「どんな人が住んでいるのかなあ」
光太郎のところで働き出した時からずっと気になっていた。
買い出しから戻る道すがら、屋敷の住人について空想したりもした。
だが、正面の門はたいていしまっており、人の出入りを見たことはなかった。
もしかしたらすでに空き家なのかもしれない。
高級住宅街にこれだけの広さの土地建物だ。
屋敷の維持や庭の手入れ、固定資産税やら相続税やらお金が驚くほどかかるのだろう。
とはいえ、素敵なお屋敷を前にそんな世知辛いことを思うのはつまらない。
だから鬱蒼と茂る庭の木々を見るたびに、雰囲気ある洋館、レースのカーテン揺れる窓、そこには謎めいた微笑を浮かべる美しい未亡人がいて…みたいなことを勝手に想像していた。
ところが。
なんと今日初めてそこから住人が出てくるのを目撃したのだ。
謎めいた未亡人か?
はたまた天涯孤独な老紳士か?
興味津々で視線を向けた先には、見覚えのある顔があった。
「「あーっ!」」
お互いびっくりして、その場立ちつくした。
「会いに行こうと思ってたの!まさか家を出た瞬間に会えるなんてうれしい」
「わたしもびっくりしています!どんな人が住んでいるのかなあ~、っていつもここを通るたびに考えていたから」
住んでいたのは未亡人でも老紳士でもなく、お姫様だった。
希さんは華やかな笑顔をわたしに向けて言った。
「実家なの。ね、良かったら中でお茶でもいかが?」
「えっいいんですか?!」
「美味しいケーキもあるわ」
これ、と希さんは手にしていた可愛らしい色の箱をかかげて見せた。
彼女の誘いを断る理由はなかった。
おまけにずっと気になっていた素敵な洋館の中に入れるなんて。
湧き上がる好奇心を抑えることはできない。
希さんに招き入れられ、わたしはお屋敷の門をくぐった。
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