72 / 120
それぞれの日常
しおりを挟む
今は皆、それぞれつかの間の休息を自由に過ごしている。
コウタは朝っぱらからもう宿舎にはいなかった。こういう時だけ起きるのがずいぶん早い。たぶん、稼いだお金で、食べたり遊んだりしているのだろう。使いすぎて一文無しにならなければいいけれど。まあどうでもいいか。
ミコトはソラの看病をしながら、読書に勤しんでいる。読書好きな彼女にとっては、願ったりかなったりというところか。
ゲンは装備や武具の調整へ。このパーティ最大の防御力を誇るゲンの装備が駄目になったら、いざという時どうしようもなくなるので、ゲンが武具屋に通うのはよく見る光景だ。
おれも行くべきだったかな、と今になって思ったが、正直今ここの宿舎から外へ出るのは億劫だった。
そうだよ。せっかくの休みなんだからさ。
普段出来ないようなだらだらした生活をしたいじゃないか。有意義に時間を使えているかは微妙なところだけど、たまにする程度なら、悪くないだろ。
だらだらする行為を頑張る日。つまり、そういうことだ。
なんだそれ。
その時、また声が聞こえた気がした。
今度は空耳じゃなかった。下の方から聞こえてくる。おれは身体を起こして、そっと下を覗きこんだ。
ハルカだ。
彼女は休日になっても、自主練に励んでいた。毎日動かないと、身体が訛ってしまうのだとか。殊勝なことだ。
ハルカは宿舎の広い中庭を使って<技術>“投擲”の訓練をしていた。中心に赤い点を描いた丸い的を地面に突き立てて、それを狙っている姿がある。
ハルカが太腿に装備した一本のナイフを、片手に収める。瞬時に狙いを定めると、人差し指と中指に挟んだナイフを、腕だけでなく、身体全体を弓のように撓らせて、一気に抜き放つ。ナイフは一直線に的へと伸びていき、カァン、と軽やかな音を立てて突き刺さった。
ハルカは間髪入れず、身体を回転させる最中さらにナイフを抜き、もう片方の手でナイフを握る。
それも同じような直線を描き、的の中心へと吸い込まれていく。ナイフを放った瞬間には、もう次の動作に移っている。無駄の無い動きで残りの三本のナイフをそれぞれの指の間に挟み込んで、三本をまとめて抜き放った。
カカカカッと軽快な音が耳朶を叩いた。見事、五本のナイフは全て的に刺さっている。おれは思わず舌を巻いた。
…すごい。
やはり、ハルカの<技術>はこのパーティ内で一線を凌駕している。
他の皆が劣っているというわけでは無いけれど、ハルカの身体捌きは研ぎ澄まされているというか。
どこか、鋭利な印象を与えられる。
でも、当の本人は納得していないようだった。顔を歪めて、的を凝視している。確かに、最初に放った二本のナイフは的の中心を捉えているが、最後に同時に放った三本のナイフは、的に当たってはいるものの、中心から僅かに逸れていた。
と、上から高みに見物を決めていると、急にハルカがこちらに振り向いた。おれは視線を逸らすことができず、ハルカの赤い瞳がおれの瞳を貫いた。
嫌な予感がした。
「ユウト、あんたそんなとこで何してんのよ」ハルカが声を張り上げて、身体ごとこちらに向き直った。
「…えーっと」
視線を空に移して、うなじに手を回す。何て言えばいいのだろう。どうせめんどくさいことを言われるんだろうなと察してしまったので、おれは必死で言い訳を探した。
「あ、あれだよ、ちょっと空を眺めて精神統一してたっていうか…」
「どうせただぼーっとしてただけなんでしょ?」
言い終わる前に図星を突かれて、言葉が続かなかった。
あ、もうダメだこれ。
「ねえ、暇なんだったらちょっと降りてきなさいよー」
ハルカは満面の笑みを浮かべている。
おれは溜息を溢さずにいられなかった。
今日は、何もしないって決めたばかりなのに。
下に降りると見せかけて逃げようかなとも思ったが、後が怖そうなので仕方なく止めた。
いや本当に、ハルカを怒らせるとマジで殺されかねない。余計なことをせず従うのが吉だ。
足取りが重いまま、おれは宿舎の中庭へ向かう。
「あ、きたきた」
ハルカも廊下から中庭に向かうところだった。さっきまで中庭にいたのに、どこに行っていたのだろう。
というか、おれを呼んで何するつもりだ?
絶対何かされるとは思っていたものの、それが何なのかまだ分からなかった。面倒なことじゃなければいいのだけれど。
「はい、これ」
「…うおっと」
ハルカはおれの方に長い棒みたいなものを放った。おれは慌ててそれを掴む。
「…これって」
木刀?
その瞬間、何をするかだいたい理解して、鉛が頭の上に落ちてくるような感覚に襲われた。
「そ。ちょっと私の練習相手になってくんない?」
コウタは朝っぱらからもう宿舎にはいなかった。こういう時だけ起きるのがずいぶん早い。たぶん、稼いだお金で、食べたり遊んだりしているのだろう。使いすぎて一文無しにならなければいいけれど。まあどうでもいいか。
ミコトはソラの看病をしながら、読書に勤しんでいる。読書好きな彼女にとっては、願ったりかなったりというところか。
ゲンは装備や武具の調整へ。このパーティ最大の防御力を誇るゲンの装備が駄目になったら、いざという時どうしようもなくなるので、ゲンが武具屋に通うのはよく見る光景だ。
おれも行くべきだったかな、と今になって思ったが、正直今ここの宿舎から外へ出るのは億劫だった。
そうだよ。せっかくの休みなんだからさ。
普段出来ないようなだらだらした生活をしたいじゃないか。有意義に時間を使えているかは微妙なところだけど、たまにする程度なら、悪くないだろ。
だらだらする行為を頑張る日。つまり、そういうことだ。
なんだそれ。
その時、また声が聞こえた気がした。
今度は空耳じゃなかった。下の方から聞こえてくる。おれは身体を起こして、そっと下を覗きこんだ。
ハルカだ。
彼女は休日になっても、自主練に励んでいた。毎日動かないと、身体が訛ってしまうのだとか。殊勝なことだ。
ハルカは宿舎の広い中庭を使って<技術>“投擲”の訓練をしていた。中心に赤い点を描いた丸い的を地面に突き立てて、それを狙っている姿がある。
ハルカが太腿に装備した一本のナイフを、片手に収める。瞬時に狙いを定めると、人差し指と中指に挟んだナイフを、腕だけでなく、身体全体を弓のように撓らせて、一気に抜き放つ。ナイフは一直線に的へと伸びていき、カァン、と軽やかな音を立てて突き刺さった。
ハルカは間髪入れず、身体を回転させる最中さらにナイフを抜き、もう片方の手でナイフを握る。
それも同じような直線を描き、的の中心へと吸い込まれていく。ナイフを放った瞬間には、もう次の動作に移っている。無駄の無い動きで残りの三本のナイフをそれぞれの指の間に挟み込んで、三本をまとめて抜き放った。
カカカカッと軽快な音が耳朶を叩いた。見事、五本のナイフは全て的に刺さっている。おれは思わず舌を巻いた。
…すごい。
やはり、ハルカの<技術>はこのパーティ内で一線を凌駕している。
他の皆が劣っているというわけでは無いけれど、ハルカの身体捌きは研ぎ澄まされているというか。
どこか、鋭利な印象を与えられる。
でも、当の本人は納得していないようだった。顔を歪めて、的を凝視している。確かに、最初に放った二本のナイフは的の中心を捉えているが、最後に同時に放った三本のナイフは、的に当たってはいるものの、中心から僅かに逸れていた。
と、上から高みに見物を決めていると、急にハルカがこちらに振り向いた。おれは視線を逸らすことができず、ハルカの赤い瞳がおれの瞳を貫いた。
嫌な予感がした。
「ユウト、あんたそんなとこで何してんのよ」ハルカが声を張り上げて、身体ごとこちらに向き直った。
「…えーっと」
視線を空に移して、うなじに手を回す。何て言えばいいのだろう。どうせめんどくさいことを言われるんだろうなと察してしまったので、おれは必死で言い訳を探した。
「あ、あれだよ、ちょっと空を眺めて精神統一してたっていうか…」
「どうせただぼーっとしてただけなんでしょ?」
言い終わる前に図星を突かれて、言葉が続かなかった。
あ、もうダメだこれ。
「ねえ、暇なんだったらちょっと降りてきなさいよー」
ハルカは満面の笑みを浮かべている。
おれは溜息を溢さずにいられなかった。
今日は、何もしないって決めたばかりなのに。
下に降りると見せかけて逃げようかなとも思ったが、後が怖そうなので仕方なく止めた。
いや本当に、ハルカを怒らせるとマジで殺されかねない。余計なことをせず従うのが吉だ。
足取りが重いまま、おれは宿舎の中庭へ向かう。
「あ、きたきた」
ハルカも廊下から中庭に向かうところだった。さっきまで中庭にいたのに、どこに行っていたのだろう。
というか、おれを呼んで何するつもりだ?
絶対何かされるとは思っていたものの、それが何なのかまだ分からなかった。面倒なことじゃなければいいのだけれど。
「はい、これ」
「…うおっと」
ハルカはおれの方に長い棒みたいなものを放った。おれは慌ててそれを掴む。
「…これって」
木刀?
その瞬間、何をするかだいたい理解して、鉛が頭の上に落ちてくるような感覚に襲われた。
「そ。ちょっと私の練習相手になってくんない?」
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる