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二人きり
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おれとソラは、部屋の隅に腰を下ろしてうずくまった。
「…え、記憶がないの?」
おれはソラの銀色の瞳を見た。やっぱり、鏡みたいな綺麗な瞳だ。目に映るものが反射して、きらきらと光っている。
ソラは、その瞳をすうっと細めた。
「…はい」
先ほどおれは、ソラに、どこの誰なのか、みたいなことを軽く聞いてみた。しかし、何も分からない、というのだ。
「わたし自身、どこから来たのか…。全然、覚えてないんです。なんで、こんな場所にいるのかも。ただ…」
「…ただ?」
「ソラ、と呼ばれていたことは、何となく覚えています。もしかしたら、間違い、かもしれないけれど…」
そう言ってソラは、視線を下に落とした。
おれは穴の開いた天井を見た。
ソラがどこから来たのかは分からないが、ある程度のことは推測できる。たぶん、ソラもどこかで迷って、この遺跡にたどり着いた。そして、遺跡に入って、崩れた床の下に落ちてしまった、と。
だからまあ、二人とも迷子なのは間違いない。
けど。
おれはちらりと横を見つめた。
どう考えても、彼女のような子がこの遺跡にいるのはおかしい。この遺跡は、大樹の森の中にあるのだ。森の中だって、魔物や危険な生物が潜んでいるし、こんな装備や武器も持っていない格好で、どうやって来たのか。
「…あと」ソラは俯いたまま、声を漏らした。
「怖かったことだけは、覚えています。怖くて怖くて、どこか、逃げないと、と思って。暗闇を、ずっと走っていたような、息苦しさも、あった気がします」
ソラは震えていた。がたがたと、小さく自分の身体を抱き寄せて。
嘘は、付いていないように思えた。これは確実に、演技ではない。それだけは、肌で感じた。
おれは手をそっと彼女の肩に触れようとして、止めた。
なんて声を掛けてあげればいいんだ?大丈夫だよ、というのはちょっと他人行儀だ。こんなこと、経験したことがないから、どうすればいいか分からない。他に、何かないか。こういう時、自分の不甲斐なさが胸を刺す。
他人にしてあげられること。それは、なんだ?考えて、考えて、考えた結果。
「…おれも、さ」
「…………」
「数日前から、記憶が無いん、だよね」
「え?」
「や、まあ記憶が無いって言っても、所々っていうかさ。君よりか、全然、軽いんだけど。でも、何も覚えてないってのは、怖いよね。おれだって、最初びっくりしたよ。なんでおれはこんな剣士みたいな格好してるんだろ、って思ったらさ、本当に傭兵で<剣士>やってたんだ。馬鹿みたいでしょ」
おれは、あはは、と笑って見せた。
考えた末に、思い至ったのは、共感すること、だった。相手の気持ちを、想像する。自分も同じような気持ちになる。
そうすれば、他人事ではなくなるかな、と思った。言葉に、気持ちがこもるかも。それが、正解か分からない。結局、彼女にしてあげられることは、何一つ、ないのだから。
「だから、その、なんだろ。君がすごく、怖がっているってのは、おれにも、よく、わかる」
同じような気持ちになって。でもそれは、自分がそう感じているだけだ。本当に相手と全く同じ気持ちになれるわけがない。相手と同じ気持ちになれたと勝手に思う、自己満足なのだ。
そんな、偽物の言葉なのに。
「…ふ」
「…ん?」
「ふっ、あははっ、…ありがとう、ございます」
ソラは、笑ってくれた。
何が面白かったか、ソラは目に涙を浮かべて、笑っている。
「そんなに、面白かった?」
「はい、あなたは、ユウト、さんは、やっぱり面白い人だなぁって」
少し、腑に落ちなかったけど。
ちょっとだけ、嬉しかった。
「えっと、おれのことは、ユウトでいいよ。そんな、さん付けするほどの、人間じゃないから」
「では、わたしのことも、ソラと呼んでください」ソラはおれを見て、微笑んだ。
「そんな、さん付けするほどの、人間じゃありませんから、たぶん」
「あ、ああ…」
おれはソラの顔を直視できなかった。なんだろ、なんでか、照れくさい。
それに、何か、こっちが励まされているような。逆なんだけど…。
まあ、いっか。
「じゃあ、一緒に出口を探そうか」
「そうですね…いっ!?」
ソラは、立ち上がろうとした時、顔を歪めた。身体を屈めている。おれはソラの足元を見た。
「ソラ、裸足じゃないか!」
ソラの脚は切り傷だらけだった。
というか、靴を履いていない。靴無しでここまで来たのなら、そうなるのも当たり前だ。もっと早く、気付くべきだったと、自分を責めたくなる。
「これくらい、大丈夫ですから…。気にしないでください」
「いや、気になるよ…」おれは何かないか探した。でも生憎、治療する道具を持っていない。
「…おぶろうか?」
「い、いいですいいです!」ソラは顔を紅潮させて、全力で首を振った。そこまで嫌がられると、少し傷つくんだけど。
「じ、じゃあ…」ソラは耳まで赤くなっている。「…ユウト。ちょっとだけ、肩を貸してもらっても、いいですか…?」
「そ、それぐらいかまわないよ…」おれはソラの腕を首に回して、ソラの肩に手を触れた。
触れた肌は、弾力があって柔らかかった。それに、なんだろう、良い匂いもする。
ば、馬鹿か。何考えてんだ。おれは胸中で叫んで、深呼吸をした。
「う、上には仲間たちがいるんだ。仲間の一人に、治療ができる<魔術師>がいるから、早く合流して治してもらおう」
「は、はい…!」
そうして、歩き出そうとした瞬間だった。
ゴォン、という地響きが鳴って、天井から、パラパラと土煙が落ちてきた。
「今のは!?」
ソラが慌てた様子で、おれを見上げた。
「あの巨人が、動き出したのかもしれない…」
おれは考えながら呟いた。ということは、ゲンたちが戦っている?
「とにかく、音のする方へ行ってみよう」
「…え、記憶がないの?」
おれはソラの銀色の瞳を見た。やっぱり、鏡みたいな綺麗な瞳だ。目に映るものが反射して、きらきらと光っている。
ソラは、その瞳をすうっと細めた。
「…はい」
先ほどおれは、ソラに、どこの誰なのか、みたいなことを軽く聞いてみた。しかし、何も分からない、というのだ。
「わたし自身、どこから来たのか…。全然、覚えてないんです。なんで、こんな場所にいるのかも。ただ…」
「…ただ?」
「ソラ、と呼ばれていたことは、何となく覚えています。もしかしたら、間違い、かもしれないけれど…」
そう言ってソラは、視線を下に落とした。
おれは穴の開いた天井を見た。
ソラがどこから来たのかは分からないが、ある程度のことは推測できる。たぶん、ソラもどこかで迷って、この遺跡にたどり着いた。そして、遺跡に入って、崩れた床の下に落ちてしまった、と。
だからまあ、二人とも迷子なのは間違いない。
けど。
おれはちらりと横を見つめた。
どう考えても、彼女のような子がこの遺跡にいるのはおかしい。この遺跡は、大樹の森の中にあるのだ。森の中だって、魔物や危険な生物が潜んでいるし、こんな装備や武器も持っていない格好で、どうやって来たのか。
「…あと」ソラは俯いたまま、声を漏らした。
「怖かったことだけは、覚えています。怖くて怖くて、どこか、逃げないと、と思って。暗闇を、ずっと走っていたような、息苦しさも、あった気がします」
ソラは震えていた。がたがたと、小さく自分の身体を抱き寄せて。
嘘は、付いていないように思えた。これは確実に、演技ではない。それだけは、肌で感じた。
おれは手をそっと彼女の肩に触れようとして、止めた。
なんて声を掛けてあげればいいんだ?大丈夫だよ、というのはちょっと他人行儀だ。こんなこと、経験したことがないから、どうすればいいか分からない。他に、何かないか。こういう時、自分の不甲斐なさが胸を刺す。
他人にしてあげられること。それは、なんだ?考えて、考えて、考えた結果。
「…おれも、さ」
「…………」
「数日前から、記憶が無いん、だよね」
「え?」
「や、まあ記憶が無いって言っても、所々っていうかさ。君よりか、全然、軽いんだけど。でも、何も覚えてないってのは、怖いよね。おれだって、最初びっくりしたよ。なんでおれはこんな剣士みたいな格好してるんだろ、って思ったらさ、本当に傭兵で<剣士>やってたんだ。馬鹿みたいでしょ」
おれは、あはは、と笑って見せた。
考えた末に、思い至ったのは、共感すること、だった。相手の気持ちを、想像する。自分も同じような気持ちになる。
そうすれば、他人事ではなくなるかな、と思った。言葉に、気持ちがこもるかも。それが、正解か分からない。結局、彼女にしてあげられることは、何一つ、ないのだから。
「だから、その、なんだろ。君がすごく、怖がっているってのは、おれにも、よく、わかる」
同じような気持ちになって。でもそれは、自分がそう感じているだけだ。本当に相手と全く同じ気持ちになれるわけがない。相手と同じ気持ちになれたと勝手に思う、自己満足なのだ。
そんな、偽物の言葉なのに。
「…ふ」
「…ん?」
「ふっ、あははっ、…ありがとう、ございます」
ソラは、笑ってくれた。
何が面白かったか、ソラは目に涙を浮かべて、笑っている。
「そんなに、面白かった?」
「はい、あなたは、ユウト、さんは、やっぱり面白い人だなぁって」
少し、腑に落ちなかったけど。
ちょっとだけ、嬉しかった。
「えっと、おれのことは、ユウトでいいよ。そんな、さん付けするほどの、人間じゃないから」
「では、わたしのことも、ソラと呼んでください」ソラはおれを見て、微笑んだ。
「そんな、さん付けするほどの、人間じゃありませんから、たぶん」
「あ、ああ…」
おれはソラの顔を直視できなかった。なんだろ、なんでか、照れくさい。
それに、何か、こっちが励まされているような。逆なんだけど…。
まあ、いっか。
「じゃあ、一緒に出口を探そうか」
「そうですね…いっ!?」
ソラは、立ち上がろうとした時、顔を歪めた。身体を屈めている。おれはソラの足元を見た。
「ソラ、裸足じゃないか!」
ソラの脚は切り傷だらけだった。
というか、靴を履いていない。靴無しでここまで来たのなら、そうなるのも当たり前だ。もっと早く、気付くべきだったと、自分を責めたくなる。
「これくらい、大丈夫ですから…。気にしないでください」
「いや、気になるよ…」おれは何かないか探した。でも生憎、治療する道具を持っていない。
「…おぶろうか?」
「い、いいですいいです!」ソラは顔を紅潮させて、全力で首を振った。そこまで嫌がられると、少し傷つくんだけど。
「じ、じゃあ…」ソラは耳まで赤くなっている。「…ユウト。ちょっとだけ、肩を貸してもらっても、いいですか…?」
「そ、それぐらいかまわないよ…」おれはソラの腕を首に回して、ソラの肩に手を触れた。
触れた肌は、弾力があって柔らかかった。それに、なんだろう、良い匂いもする。
ば、馬鹿か。何考えてんだ。おれは胸中で叫んで、深呼吸をした。
「う、上には仲間たちがいるんだ。仲間の一人に、治療ができる<魔術師>がいるから、早く合流して治してもらおう」
「は、はい…!」
そうして、歩き出そうとした瞬間だった。
ゴォン、という地響きが鳴って、天井から、パラパラと土煙が落ちてきた。
「今のは!?」
ソラが慌てた様子で、おれを見上げた。
「あの巨人が、動き出したのかもしれない…」
おれは考えながら呟いた。ということは、ゲンたちが戦っている?
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