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拠点
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「あーくそ!肉をたらふく食いてぇえええええ!!」
コウタの悲痛な叫びが風呂場内に反響して、余韻を残しながら消えていった。
おれは湯船に浸かりながら、身体をうんと伸ばす。力を抜くと、じんわりと血流が身体を巡って、温もりが全身に行き渡る。疲れて凝り固まった筋肉が良い具合にほぐれて、気持ちいい。
おれたちは報酬を受け取った後、すぐさま拠点に帰宅した。そして今絶賛入浴中だ。
ここは、傭兵ギルドが管轄する、宿舎の一つだ。
おれたちは現在、ここを拠点に生活を営んでいる。正直、見た目は相当ボロい。初めて見た時は、本当にここで暮らせるのか?と思ってしまったぐらいだ。
ただ、ここの何が良いかというと、宿代が掛からないことだ。傭兵ギルドに所属している者ならば、誰でも利用することができるのだという。といっても、今のところこの宿舎を使っているのはおれたちだけだ。まあ普通に考えれば、こんなところ住もうとは思わない。それぐらい、オンボロなんだから。
宿代が掛からない分、食糧は自分たちで確保しなければならない。料理を作ってくれる人もいない。夜になると部屋に空いた隙間から風が入りこんできて、寒くて眠れなかったり、雨の日は雨漏りがひどくてバケツに落ちる滴の音で大合唱が始まったり、虫が沸くしコウタの鼾はうるさいわで、目を覚まして数日は生きた心地がしなかった。
しかしなんにしろ、住めば都。一週間もここで過ごすと、この生活にも慣れ始めてくる。
それに、悪いところばかりではない。この物件唯一の長所は、風呂があることだ。しかも、わりと広い。水は近くに生活用の水路があって、そこから汲んでくればいいから、手間はかからない。これがあれば悪いところ全てを補えるほどの勢いだ。…少しそれは盛ったかもしれない。
何はともあれ、疲れた身体に染み渡るお湯はおれたちにとって極上の美酒だった。
「おいユウト、さっきから何思い耽ってんだよ?」
隣で湯船に浸かっているコウタが細い目で睨んできた。
「何って…。いやぁ、一週間で、この生活にも慣れてきたなぁ、って」
そう言ったところで、おれは思っていたことをそのまま口に出していたことに気が付いた。
やばい。気持ち良すぎて、つい口が滑った。そんな言い方じゃ、記憶が無いことがバレてしまうだろ。
「お前さぁ」コウタはずいっと顔を近づけてくる。勘づかれてしまったのか。おれは無意識に一歩引き下がってしまう。
「最底辺の生活に慣れてどーすんだよ!」
「…え?」
「こんなくそみてぇな生活早く脱出したいとか思わねーの?何これでもいいかなー、みたいな感じになってんだよ」
「…まあ確かに」
「俺たちはもっとさぁ、目指すべきところがあるだろ?だったらこの生活に慣れてちゃいけねぇんだよ、分かったか!」
「わ、分かった」
言い切るとコウタは、ふん、と腕組みをして元の位置に戻った。おれはほっと胸を撫で下ろした。良かった。コウタには違う意味で捉えられたようだ。
おれたちがなんでこんなボロい宿舎に泊まっているのかというと、それには理由がある。
単純に、金がないからだ。
おれたちが受けている依頼には、いくつか暗黙の了解みたいな、基準が存在する。
まず、自分たちの実力に合った依頼を受けること。
依頼の内容には簡単なものから、難しいものまで、ある程度段階が区切られている。主に、低級、中級、上級のように、戦う魔物が何なのか、何を護衛するのかなどで、難しさが違うのだ。もちろん、依頼内容が難しければ難しいほど、報酬金は跳ね上がる。
ちなみにおれたちはまだ傭兵でも下っ端の方だが、それでも難しい依頼を受けること自体はできる。
しかし、そこで二つ目。依頼を受けた後は全て自己責任とする、ということだ。傭兵ギルド側はあくまで依頼を提供するだけであって、依頼を受けた傭兵の全ての面倒を見てはくれない。自分の実力を見誤って困難な依頼を受け、その結果死んでしまったとしても、誰も責任を取ってくれない。
そのため、傭兵にとって自分の実力を把握することは、非常に大切なことだ。死んでしまっては元も子もない。
だからおれたちは、結局レベルの低い依頼をこなしていくしかない、という結論に至る。
今回受けていた依頼も、低級に属する部類の依頼だが、ただ他の低級の依頼よりもほんの少し報酬が良いだけで、報酬金額は多寡が知れている。
さらに、その報酬金を五人に分けている。そこまで高くない金を、五人に分配しているものだから、一人一人が受け取れる金は本当に少ない。
こうやって宿泊費が掛からない宿舎に五人が同じ家の下で寝泊まりしているのも、そんな理由があるからだ。
コウタの言うとおり、あまり慣れていいものでも、ないのかもしれない。
しかし、聞いた限りでは、傭兵業はこの世界では稼げる方なのだとか。それもそうだ。難しい依頼を受けることができるようになったら、一瞬で大金持ちになれるだろう。さらに名を馳せることができれば、今度は誰かから直々に護衛を依頼されることにもなるため、安定した報酬を受け取れる。
そこまでになるには、相当な努力と、何度も死ぬような覚悟がいるだろうけれど。
なんて、難しい世の中だ。
コウタの悲痛な叫びが風呂場内に反響して、余韻を残しながら消えていった。
おれは湯船に浸かりながら、身体をうんと伸ばす。力を抜くと、じんわりと血流が身体を巡って、温もりが全身に行き渡る。疲れて凝り固まった筋肉が良い具合にほぐれて、気持ちいい。
おれたちは報酬を受け取った後、すぐさま拠点に帰宅した。そして今絶賛入浴中だ。
ここは、傭兵ギルドが管轄する、宿舎の一つだ。
おれたちは現在、ここを拠点に生活を営んでいる。正直、見た目は相当ボロい。初めて見た時は、本当にここで暮らせるのか?と思ってしまったぐらいだ。
ただ、ここの何が良いかというと、宿代が掛からないことだ。傭兵ギルドに所属している者ならば、誰でも利用することができるのだという。といっても、今のところこの宿舎を使っているのはおれたちだけだ。まあ普通に考えれば、こんなところ住もうとは思わない。それぐらい、オンボロなんだから。
宿代が掛からない分、食糧は自分たちで確保しなければならない。料理を作ってくれる人もいない。夜になると部屋に空いた隙間から風が入りこんできて、寒くて眠れなかったり、雨の日は雨漏りがひどくてバケツに落ちる滴の音で大合唱が始まったり、虫が沸くしコウタの鼾はうるさいわで、目を覚まして数日は生きた心地がしなかった。
しかしなんにしろ、住めば都。一週間もここで過ごすと、この生活にも慣れ始めてくる。
それに、悪いところばかりではない。この物件唯一の長所は、風呂があることだ。しかも、わりと広い。水は近くに生活用の水路があって、そこから汲んでくればいいから、手間はかからない。これがあれば悪いところ全てを補えるほどの勢いだ。…少しそれは盛ったかもしれない。
何はともあれ、疲れた身体に染み渡るお湯はおれたちにとって極上の美酒だった。
「おいユウト、さっきから何思い耽ってんだよ?」
隣で湯船に浸かっているコウタが細い目で睨んできた。
「何って…。いやぁ、一週間で、この生活にも慣れてきたなぁ、って」
そう言ったところで、おれは思っていたことをそのまま口に出していたことに気が付いた。
やばい。気持ち良すぎて、つい口が滑った。そんな言い方じゃ、記憶が無いことがバレてしまうだろ。
「お前さぁ」コウタはずいっと顔を近づけてくる。勘づかれてしまったのか。おれは無意識に一歩引き下がってしまう。
「最底辺の生活に慣れてどーすんだよ!」
「…え?」
「こんなくそみてぇな生活早く脱出したいとか思わねーの?何これでもいいかなー、みたいな感じになってんだよ」
「…まあ確かに」
「俺たちはもっとさぁ、目指すべきところがあるだろ?だったらこの生活に慣れてちゃいけねぇんだよ、分かったか!」
「わ、分かった」
言い切るとコウタは、ふん、と腕組みをして元の位置に戻った。おれはほっと胸を撫で下ろした。良かった。コウタには違う意味で捉えられたようだ。
おれたちがなんでこんなボロい宿舎に泊まっているのかというと、それには理由がある。
単純に、金がないからだ。
おれたちが受けている依頼には、いくつか暗黙の了解みたいな、基準が存在する。
まず、自分たちの実力に合った依頼を受けること。
依頼の内容には簡単なものから、難しいものまで、ある程度段階が区切られている。主に、低級、中級、上級のように、戦う魔物が何なのか、何を護衛するのかなどで、難しさが違うのだ。もちろん、依頼内容が難しければ難しいほど、報酬金は跳ね上がる。
ちなみにおれたちはまだ傭兵でも下っ端の方だが、それでも難しい依頼を受けること自体はできる。
しかし、そこで二つ目。依頼を受けた後は全て自己責任とする、ということだ。傭兵ギルド側はあくまで依頼を提供するだけであって、依頼を受けた傭兵の全ての面倒を見てはくれない。自分の実力を見誤って困難な依頼を受け、その結果死んでしまったとしても、誰も責任を取ってくれない。
そのため、傭兵にとって自分の実力を把握することは、非常に大切なことだ。死んでしまっては元も子もない。
だからおれたちは、結局レベルの低い依頼をこなしていくしかない、という結論に至る。
今回受けていた依頼も、低級に属する部類の依頼だが、ただ他の低級の依頼よりもほんの少し報酬が良いだけで、報酬金額は多寡が知れている。
さらに、その報酬金を五人に分けている。そこまで高くない金を、五人に分配しているものだから、一人一人が受け取れる金は本当に少ない。
こうやって宿泊費が掛からない宿舎に五人が同じ家の下で寝泊まりしているのも、そんな理由があるからだ。
コウタの言うとおり、あまり慣れていいものでも、ないのかもしれない。
しかし、聞いた限りでは、傭兵業はこの世界では稼げる方なのだとか。それもそうだ。難しい依頼を受けることができるようになったら、一瞬で大金持ちになれるだろう。さらに名を馳せることができれば、今度は誰かから直々に護衛を依頼されることにもなるため、安定した報酬を受け取れる。
そこまでになるには、相当な努力と、何度も死ぬような覚悟がいるだろうけれど。
なんて、難しい世の中だ。
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