月のない夜、命は仄青く光る

日諸 畔(ひもろ ほとり)

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最終章 さよならを言う前に

第44話 駆引

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 久隆は、幕森大社近くの竹林の中に潜んでいた。こんな近くにいても気が付かなかったのは、由美にとって意外だった。灯台下暗しとはこのことだろうか。
 無兆を捕えて、彼の居場所を特定する。哉太が提示した作戦だ。現段階では計画通りに進んでいた。いや、上手くいきすぎている。
 あの男がこの程度で尻尾を出すとは到底思えない。どんな事態にも対応できるよう、由美は無兆の首を掴んだまま刀を構えた。

『これから、あんたの場所を探る。もうすぐ愛しの由美がそっちに行くぞ』
『それは楽しみだ』

 哉太も由美と同様の違和感を覚えているはずだ。その証拠に、未だ突入の合図が出ていない。
 敢えて勝ち誇って油断した態度をとるのは、油断を誘うための演技だ。こちらが久隆を探知しているということは、その逆もあってしかるべきだ。少しでも現状に疑いがあるような態度を取れば、警戒されかねない。
 作戦が上手くいった場合は必ず裏がある。戦いの前に確認した、由美と哉太の共通認識だ。その裏を見せるまでは、こちらを侮っていてもらう必要がある。

『どうした? 由美は動かないようだが』
『……ちっ』

 迫真の舌打ちに由美は内心で喝采した。既に由美には久隆の位置情報が送られてきている。手間取っているのは、あくまでも見せかけだ。自分だったら、どこかでわざとらしさが出てしまっていただろう。

『そうか、残念だったな』

 久隆が呟いた直後、暴れていた無兆の体から力が抜けた。由美は《操》の接続が遮断されたと直感した。哉太経由で伝わる久隆の意思も途切れている。

『そいつにとどめを』
「了解」

 無抵抗の胸部に刀を突き立てると、無兆は跡形もなく消え去った。

『まだ動くなよ』
「うん、大丈夫」

 自信過剰気味の久隆には、子供を手玉にとっていると勘違いさせておきたい。手の内が知れるまでの我慢だ。

『兆候、来たぞ』
「うん」

 哉太から送られてきた情報に、由美は眉をしかめた。

「厄介だね」
『だな』

 荒玉の兆候は三つ。数こそ多くないものの、その場所が問題だった。幕森駅と隣接する五階建ての商業ビルの中、それも階に分かれて点在していた。
 移動には階段かエスカレーターを使う必要がある。それに人も多い。翌日にイベントを控えている今は、普段の倍以上の賑わいだ。

「どう思う?」
『時間稼ぎだろうな』
「だよね」

 あの場で荒魂が暴れたら被害は相当なものになるだろう。仮に全ての人を救うという意思がなくとも、見過ごせるものではない。
 
 荒魂の目的は、人を喰うことではない。視覚と聴覚だけで姿を現した、久隆の言葉だ。
 今のタイミングでビルの中に出現させたのは、彼の発言を裏付けることになる。人を喰わせたいのであれば、人が密集している所に行けばいい。他に目的があるからこそ、これまで建物の中には現れなかったのだ。
 ここまで証拠が揃えば、幕森大社を目指しているというのにも信憑性しんぴょうせいが出てくる。恐らくはここで時間稼ぎをした後に、本命を出してくるのだろう。
 
「これは、乗るしかないね」
『だな。奴が動いたらそっち優先な。ビルの中のは俺が抑える』
「……使うんだね、《操》」
『そりゃそうだよ。人は喰わせない』
 
 簡単に言ってのける哉太に恨み言が出かかったが、由美は無理に飲み込んだ。今夜はそれを言わない約束だ。

「じゃぁ、行くよ」
『おう』

 由美はビルの屋上から飛び降り、駅ビルの入口へと向かった。予想通り、無兆の妨害はない。無兆を出せば位置が知られるという認識を植え付け牽制する。これも作戦のひとつだ。

「うわっ……」

 人混みの中ではかなり動きが制限される。買い物客と接触しないように兆候へと向かうのは、かなりの集中力を要した。よく暖房がきいているため、外との寒暖差で一時的に呼吸がしにくくなることも、移動の難しさに拍車をかけていた。

『由美、声を出すなよ。力を使っていても、勘のいい人がいたら気付くかもしれない』

 哉太の言葉に、同意を示す意思だけ送る。細かいやり取りはできないが、ここでは致し方ない。
 
 最初の兆候は、一階の食料品売り場だ。下の階から順に、時間差で実体化するようになっている。手の込んだ時間稼ぎは、嫌がらせと同じに感じられた。
 カートを押す人々をすり抜け、輪郭を露わにした荒魂へと槍を突き刺す。たった一体の荒魂を処理するにしては、ずいぶんと疲労を感じていた。

『次、三階だ。左にあるエスカレーターを使ってくれ』

 由美は無言のまま跳躍し、エスカレーターの手すりへ飛び乗った。そのまま、人の手を踏まぬように足を進める。紳士服売り場の真中に、二つ目の兆候が見えた。
 比較的人通りが少ないいため、先ほどに比べ接近は容易だった。由美は長槍を構える。

『由美、外に兆候だ。そいつをやったら、外に出てくれ。五階のは、任せてくれ』

 哉太に向けて、承諾の意思を送る。五階に最後の兆候があるが、それは無視せざるを得ない。荒魂が幕森大社に入ってしまえば、久隆の思う壺だ。
 目前のものが形を成すまで、あと数分。緊張感を維持しつつも、由美は動きを止める。

『だめだ! 今すぐ出ろ! 窓を突き破ってもいい!』

 叫ぶような意思が飛び込んできた。由美は反射的に走り出す。哉太がここまで言うのであれば、並みのことではないはずだ。来た時と同じにエスカレーターを使っている暇はないと判断する。
 駅ビル三階の端には全国チェーンのコーヒーショップがある。由美もよく利用している場所だ。そこの壁面は一部ガラス張りになっていた。
 由美は刀を手に、店の中に突入した。夜景に向かって三回、青白い刃を振る。ガラスに三角形の筋が入った。

「ふっ!」……

 外に向かって落下しそうになるガラスを《動》で捕まえ、店内に下ろした。冷たい空気が店内に吹き込む。
 客の悲鳴を背に、由美は再び夜の街に飛び立った。

『神社の方だ!』

 哉太の意思を受け、由美は視線を巡らせた。幕森駅から幕森大社へ通じる大通りに、それは在った。

「これって……」

 人の形を模した巨躯。
 筋肉のようなもので膨れ上がった、赤銅色の体。
 地面に接触しそうな、長い腕。
 異様な猫背。
 そして、大きく割けた口からはみ出した牙と、額には一対の角。
 
 荒魂の特徴はそのままに、大きさだけが常軌を逸していた。遠目に見る限り、通常の三倍ほど。由美は目を疑った。

『核の位置を送る。たぶん、こいつが奴の奥の手だ』

 巨大な荒魂は、両手、両足、胴体に計五個の核を持っていた。
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