月のない夜、命は仄青く光る

日諸 畔(ひもろ ほとり)

文字の大きさ
44 / 51
最終章 さよならを言う前に

第40話 告白

しおりを挟む
 矢辻家のリビングには、冷たい沈黙が流れていた。由美はソファーの端に体を預け、反対側に座る哉太を盗み見る。

「ごめんね、変に誤魔化して」
「……いや、あれでよかったと思う」

 紗奈子の病室で、由美は哉太を同居人だと紹介した。本心では忘れていることを指摘して、思い出してほしかった。なぜ忘れたのかと、問い詰めたかった。だが、心身共に傷付いた親友にそんなことはできない。
 作った笑顔で、以前と同じ説明を口から吐き出すだけだ。隣の哉太も、明るく苦笑いを浮かべていた。由美は涙を堪えるので精一杯だった。

 紗奈子と同じく怪我を負った誠のことも気にはなっていた。しかし、哉太と会わせる勇気は持てなかった。爆発しそうな感情に耐えられず、由美は逃げるように病院を後にした。哉太は黙って着いてきてくれた。

「ねぇ、哉太」
「ん?」
「あのね……」

 話しかけてからも、由美は言おうか言うまいか悩んでいた。本心ではあるものの、口にしてしまえば哉太の心を否定することになる。
 意を決して、由美は自分の気持ちに従った。

「もう、代人の力は使わないでほしい」
「……そっか」

 どうやら、その発言は予想されていたようだ。諦めたような、簡素な返事だった。

「これ以上使ったら、哉太は……」
「さっきも言ったろ、加減すれば大丈夫だよ」

 家を出る前と同じ言葉。ただし、由美にとってその重さは大きく異なっていた。消える可能性があるのではなく、既に消えかかっているのだ。

「ううん、だめ」
「だめって、一人じゃ戦えないだろ」
「私は大丈夫」
「大丈夫って……」
「ちょっと前まで、一人でやってきたから、戻るだけ」
 
 哉太と共に戦うようになるまで、一人で代人を務めてきた。土地神から貸し出されたという《動》《造》《調》《伝》、この四種の力を全て扱える由美は、天賦の才を持っているとおだてられてきた。だから、哉太なしでもできるはずだ。

「そっちこそ、だめだろう。一人なんて」
「哉太が消えるよりはまし」
「だからって」

 身を乗り出す哉太に、由美は目を合わせなかった。大切な人を失うくらいなら、自分一人が戦った方がいい。いくら相手が哉太でも、譲るつもりはない。
 
「由美がなんと言おうと、俺はやるぞ」
「どうして!」
「俺は、荒魂と戦うって決めたからだよ。ここに来た時に言っただろ」
 
 頑なに意見を主張する同士がぶつかっても、結論にたどり着くことは無い。話しは平行線のまま、口調が激しくなっていくだけだ。
 
「だけど、消えちゃうんだよ。今だって……」
「危険なのはわかってた、それに」
「だめだって言ってる!」
 
 哉太の言葉を遮り、由美は声を張り上げた。自分は今、酷い表情をしている。背中に敷いていたクッションを持ち上げ、顔を覆った。止められない嗚咽が漏れてしまうのが、無性に気に食わない。

「由美」
「……なに」

 ゆっくりと呼ばれる自身の名に、クッションから口だけ出して返事をする。もっと近くに来てほしいのに、彼は自分から離れていくつもりだ。そんなこと許せるはずがない。

「荒魂は憎いし、全滅させたい。最初からこの気持ちは変わってない」
「だからって、自分から消えに行かなくてもいいじゃん……」
「でも、今はそれ以上に、由美を一人で戦わせたくない」

 由美の頬に何かが触れる。やや硬くて温かい感触は、恐らく哉太の指だ。前を見ていないのをいいことに、乙女の肌に触れる。なんて酷い男だろう。

「ずるい」
「わかってるよ」

 由美は、それ以上何も言い返せなかった。

「でも《操》はだめだよ」
「前向きに検討する」
「哉太のばか」
「わかってるよ」
 
 哉太の左手に、自らの指先を絡める。こうなってしまえば、由美の負けだ。惚れてしまった弱みとはこのことなのだろう。
 次の新月までに残された時間で、少しでも哉太の負担が減る方法を考える。冴えわたっていく思考と相反するように、鼓動だけがひたすら高鳴っていった。

「鍵を開けたままでは不用心だよ」

 二人だけのリビングで、いるはずのない者の声が聞こえた。過ぎ去ったはずの甘酸っぱい記憶が、強引に呼び起こされる感覚。由美は反射的にソファーから立ち上がった。

「え……」
「矢辻……久隆……」

 由美を庇うように、身構えた哉太が体を滑り込ませた。黒い刺繍の入った、白い道着袴が目に入る。
 線の細い顎に、肩までかかる長髪。相棒の背中越しに見えるのは、忘れることのできない男だった。

「ここも久しぶりだな」

 目を細めた久隆は、家の中を見回す。声は涼しく、言葉も何気ない。唐突に表れたその姿に由美は目を疑った。哉太から話は聞いていても、現実感が乏しい。

「なぜ、ここにいる?」
「ああ、俺の由美をたぶらかされるのが不快でね、邪魔をしにきた」

 こらえきれずといった様子で、久隆が含み笑いをする。由美の知る彼は、こんな風に他者を小馬鹿になどしなかった。戦った記憶は消えてしまっているが、哉太が敵と断定するのも頷ける不愉快さだった。

「悪いな、今は俺のなんだ」
「まぁ、今は預けておくがな」

 精一杯の憎まれ口も、意に介すことはない。久隆は哉太の奥にいる由美を見つめていた。その瞳は深い闇のような黒さだった。荒魂の断面が思い起こされる。

「私に、何の用?」

 喉がからからに乾いていた。それでもなんとか、言葉を発することができた。
 久隆は何らかの理由で由美を狙っている。彼がなぜ今ここにいるのかは、全くもって理解ができない。どう対応すべきが判断するためにも、何か情報がほしかった。

「そう身構えられると、悲しいな。それと、残念だ。消した意味がなかった」

 久隆は由美に向け薄ら笑いを浮かべる。言っていることと表情がかみ合っておらず、由美にはそれが酷く不自然に見えた。
 これは私の好きだった久兄とは違う。由美は直感的に確信した。思慕しぼ残滓ざんしは、いつの間にか霧散していた。
 
「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」
「安い挑発をありがとう、少年。確かに本題を忘れるところだったよ」
「本題だ?」
「ああ、気乗りはしないが由美のついでだからね、少年にも聞かせてやろう」

 声を低くする哉太を一瞥すると、久隆は仰々しく両手を広げた。

「由美、君を戦いから解放しに来た」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...