月のない夜、命は仄青く光る

日諸 畔(ひもろ ほとり)

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第4章 晩秋に舞う想い

第28話 密約

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 紗奈子たちと別れた後、由美と哉太は修練所へと足を運んだ。優子は不在だったが、日課とされている訓練はこなさなければならない。
 
 道中、由美は少しだけ気分が重かった。教室での会話を反芻しては、いたたまれない気持ちになる。
 お互いに元々口数が少ないため、無言の時間が続く。これまで気になったことのない気まずさを、ひしひしと感じてしまっていた。

「お、由美と哉太君、おかえりー」
「ただいまー」
「帰ってきましたー」

 詰め所の出入口から結衣が顔を覗かせる。ちょうど出かけるところだったのだろう、薄手のコートを着込んでいる。派手にならない程度の深い赤色は、大人の女性によく似合っていた。

「これから訓練よね。無理したらだめだぞー」
「はいっ!」
「いってらっしゃい」

 鼻の下を伸ばした哉太を尻目に、由美は義姉に手を振った。後ろ手に振り返す結衣を見送りつつ、詰め所の引き戸を開いた。

 訓練そのものは、最早慣れたものだった。仮想の街で、夢想の荒魂を狩る。不測の事態も想定した事例を、何度も繰り返して精神に覚えさせるのだ。
 前回の戦いを経て初めての訓練である今日は、様子が少しだけ異なっていた。後衛である哉太の反応がわずかに鈍い。

「どうしたの?」
『やっぱり、実戦じゃないと無理っぽい』
「なんの話し?」

 回答になっていない返事を、由美は理解しきれなかった。精神の繋がりは以前より深くなっていても、細かな思考全てを理解するのは難しい。
 言葉にしなければ伝わらない事もある。それは日常での関係性でも《伝》でも同じことだ。

『今日は先生がいないから言葉にするけどな』
「うん」

 哉太は律儀にも、代人として話す時は優子を先生と呼ぶ。時々油断して間違えてしまう由美とは違い、徹底して線を引いていた。そんなところにも、哉太らしさが感じられる。

『俺も荒魂を操れないかなと思って』
「はい?」
『この前、誰かが操ってるって言っただろ? あれが《伝》だとしたら、俺にもやれるはずなんだよ』
「そんな、めちゃくちゃな」

 彼の提案はいつも、あまりに突拍子もない。由美の持っている常識を、いとも容易く粉々にしてしまう。
 考えてみれば、哉太は代人となってから日が浅い。見習いとして何年も教育を受けてきた由美と違う視点を持っているのは、当然のことなのかもしれない。

「いつの間にそんなこと考えてたのよ?」
『先生に叱られてる時』
「ああー」

 確かに、あの時の哉太は心ここに在らずといった顔をしていた。単に優子の話を聞き流していただけでなく、こんなことを考えていたとは、由美には見当もつかなかった。

『でも、ここじゃ無理そうだったよ。そりゃ、俺らや過去の代人の記憶だもんな』
「そうだね。私たちの普通では思い付かないもん」

 由美たちのいる場所は、月のない夜を再現して閉鎖された空間だ。代人に力を与える神の知恵や、これまでの代人の経験が漂っているらしい。ただし、少なくとも由美には、その意味を理解することはできなかった。
 過去の知識に満ちているのであれば、哉太の出す常識外れのアイデアが生かせるはずもない。所詮は経験則に基づいた訓練、ということだ。

「いきなり実戦でやらないでよ。この前みたいに焦るのは嫌」

 哉太が消えてしまったと取り乱す自分を思い出し、頬が熱くなる。それに、本当に力を使い果たしてしまうかもしれないと考えれば、心底恐ろしかった。

『大丈夫。前回で限界はわかったから、きっちり加減する』
「そういう問題じゃなくて」
『それを言うなら由美も同罪だからな。あんな無理しやがって』
「うう……」

 痛いところを突かれた由美は、それ以上非難の言葉を続けることができなかった。

「で、どうやってやるの?」
『お、聞いてくれる?』

 露骨に話を変えた由美に対し、哉太もまた露骨に嬉々として応えた。伝わってくる感情も、清々しいくらいに正直だった。

『詳しくいうと《調》と《伝》の併用なんだよ。荒魂のどこに入り込めるか探って、体の制御をいただく』
「それって、私の髪を切った時と同じみたいだね」
『ああ、まぁな』

 これまで饒舌だった哉太の口調が一気に弱くなる。こうもわかりやすいと、どうしても微笑ましくなってしまう。今の由美にとっては、もう過ぎたことだ。むしろ良かったとすら思っている。
 ただし、実直すぎる哉太へは、はっきり言葉にしなければ伝わらないようだった。

「いいよ、もう気にしてないから。似合ってると思うし」
『そっか』
「ありがとうね、気にしてくれて」
『おう。あの時がヒントになったんだよ』

 照れを隠すように、哉太は説明を再開する。そんな感情さえわかってしまうのが《伝》だ。由美はこの力を罪深いものだと思った。

「でも、ここじゃ再現できないね」
『そう、それが問題。操ってる犯人も探せないしな。実戦でやってみるしかない』

 あれだけ叱られたのにも関わらず、哉太は諦めていないようだった。その様子を感じた由美は思案する。
 
 仮に哉太の言うことが真実だとすれば、叩くべきは荒魂を操る者だ。間違っていたとしても、核の場所を見つけられるのは大きな戦力になる。さらに、代人が荒魂を操ることができるなら、それは被害者を減らすことに直結する。
 夢物語に近いかもしれないが、荒魂を全滅させる手掛かりになるかもしれない。
 
 哉太が無理に力を使わないという前提を守ってくれるなら、由美に拒否する理由はない。なにより、彼の前向きな意志を尊重したかった。
 自分にはない強さは、眩しいと同時に守りたいとも思う。それは、由美の鬱屈した性格から溢れてしまう、歪な感情であると理解していた。
 
「無理に力を使わないって約束してくれるなら、協力してもいいよ」
『わかった、約束する。だから先生たちには言うなよ』
「うわ、悪い人」
『聞いてしまった由美も共犯だ』
「もっと悪くなった」

 由美の冗談で締め括られ、密談は終わる。通常の訓練を再開した後、二人は帰路についた。

「それと、由美も何かあれば言ってくれよ。戦いのことも、それ以外も」
「え、全部聞きたいの?」
「いや、個人的なことは言える範囲で」
「ふふ、わかってるよ」
 
 哉太の無茶な提案に乗ってしまった。それも、二人だけの秘密としてだ。由美の胸中では知らず知らずのうちに、少しの後悔と大きな高揚が湧き出していた。
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