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第3章 友情と信頼の在処
第21話 成果
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由美は意識して胸を張った。胸を押さえた下着が突っ張るのを感じながら、息を吸い込む。
助けてくれた友人たちに報いるためにも、恐れてはならない。由美は無自覚に、ただ顔を伏せるだけの自分を否定していた。
「ごめんなさい、お断りします」
「は?」
その一言は、矢部にとって完全に予想外だったようだ。困惑を数秒浮かべた後、眉がつり上がっていく。
これまでの由美ならここで折れていた。だが、今日は目を逸らすことをしなかった。
「迷惑なので、ごめんなさい」
「はぁ?」
矢部の顔が徐々に赤くなっていく。どこからどう見ても怒りの感情だ。
下級生の大人しそうな女生徒を自信満々に誘い、はっきりと断られた。彼のような人間に対し、これ以上の侮辱はないのかもしれない。
「では、これで」
これ以上会話を重ねる必要はない。由美は頭を下げてその場を立ち去ろうとする。友人三人は口元を緩めてくれていた。これでよかったのだと、胸をなでおろしたい気分だった。
「ちょっと待てよ」
先程までの猫なで声とは正反対の、低く唸るような声が聞こえてきた。ここまで必死に恐怖を抑えてきた由美だが、咄嗟に体が固まってしまう。
「俺を断るなんて、どういうことだよ」
矢部の左手が由美の右肩を強く押した。
「由美! 止まれ!」
哉太の叫びが聞こえた時にはもう、体は動いていた。
左足を軸に右足を引き、半身となる。勢いが付いたまま空を切る矢部の手首を掴みつつ、軽く膝を曲げ上体を内に入り込ませた。そのまま屈伸の力を利用して、男の体を肩で持ち上げる。
「うわっ!」
耳元に悲鳴と驚きの混じった声が届いた気がした。繰り返しの訓練で身に付いた条件反射は、その程度で止まることはなかった。長身で細身の矢部は、いとも容易く空中を半回転した。
やってしまった。我に返ったところで、時は既に遅かった。このままでは後頭部から地面に落下させてしまう。打ちどころによっては多少の怪我では済まないかもしれない。
今更止めることもできず、由美は目をつぶった。それで事態が好転するわけがないことは、充分にわかっていた。それでも、人を守る立場にいる自分が人に危害を加える瞬間を見るのは、耐えられなかった。
「ぐおっ!」
小さい衝撃音と、くぐもったうめき声。想定していたものと違う音に、由美は恐る恐る目を開いた。
「えっ……」
「えっ、じゃねぇよ……」
視線の先には、仰向けで目を丸くする上級生。そして、その下には矢部を受け止めるように支える哉太の姿があった。
落ちる直前に、地面と矢部の間に体を割り込ませたのだろう。折り重なる二人の男子生徒は、見たところ怪我もなく意識もあるようだった。
「危ねぇだろ、これは」
「うん……」
下敷きになった哉太が由美を睨む。これは叱られても仕方のないことだと、由美は自覚できていた。
「先輩、どいてもらえますか」
「あ、ああ」
呆けていた矢部が、哉太の言葉を受けてそそくさと身を起こす。由美を見る目は、つい先ほどと大きく変わり、怯えに引きつっていた。舐めてかかった相手に投げ飛ばされれば、そうもなるだろう。
「あの、怪我してませんか?」
それが由美の精一杯だった。この状況で、なんと言えばいいのかわかるはずもない。
「暴力女なんていらねぇよ」
吐き捨てるような捨て台詞だった。長身の上級生は踵を返すと、友人を連れ逃げるように校舎へと入っていった。かなりの早足で。
残されたのは、立ち尽くす由美と地面に転がった哉太、それを見つめる紗奈子と誠。そして、騒ぎを聞きつけ遠めに眺めている生徒たちだった。
「ええと、ごめん」
「ごめんじゃないって」
由美の差し出した手を掴み、哉太は立ち上がる。口にする言葉とは違い、強く怒っている様子はない。
「まぁ、間に合ってよかったよ」
「うん、ありがとう」
この場に哉太がいなければ大惨事になっていたかもしれない。想像に肝が冷えつつ、頼りになる相棒へ感謝した。
「訓練の成果も見えたしな」
「もう……」
怒鳴ってもおかしくない状況での哉太の軽口は、由美の心を少し軽くしてくれた。
騒ぎが収まったのを感じたのか、周囲の人垣は徐々に薄まりつつあった。
「由美! 大丈夫?」
勢いよく哉太を押しのけた紗奈子が、由美の肩を強く掴む。敵意のない友人相手には、条件反射はおきなかった。
「うん、大丈夫」
「助けられなくてごめんよー」
由美の肩を揺さぶる紗奈子は、徐々に涙声になっていた。
「山根、矢辻さん困ってるって。霧崎も吹っ飛んでるし」
「でーもー」
誠が由美から紗奈子を引きはがす。友人とその想い人の距離は、ここ数日でずいぶん縮まったように見えた。
「矢辻さん、武道とかやってたんだね?」
「あ、うん、少し」
「少しじゃないでしょ。由美の動き、早すぎて見えなかったよ」
「あはは、たまたまだよ」
化け物と戦うために毎日訓練をしているなどとは言えず、由美は無理に笑ってごまかした。これ以上聞かれると、どう答えていいか困ってしまうところだ。
「終わった後だから言えることだけど、スカッとしたよ」
「私もそう思う! あの逃げ足は笑っちゃった。それに最初、ちゃんと由美から断ってたもんね。頑張ったね」
「うん、ありがとう。でも、暴力は良くなかったって」
「あれは向こうが手を出したんだから、由美の正当防衛だよ」
「そうかなぁ」
二人の言葉は素直に嬉しかった。少しだけ自分に自信が持てるような気がする。しかし、無意識に暴力へとはしったことだけは、反省しなければならない。
「で、霧崎」
「ん?」
由美と紗奈子のやり取りを見ていた誠が、制服についた砂埃を落としていた哉太へ向き直る。にこやかな笑顔は消え、酷く真剣な眼差しをしていた。
「さっき、自分がなんて言ったか覚えているか?」
「なんのことだよ」
誠の質問に首をかしげる哉太。紗奈子はさりげなく、由美の腕を掴んだ。
「矢辻さんがあいつをぶん投げる直前、なんて言ったよ?」
「直前って……あっ!」
ようやく由美も、質問の趣旨を理解した。逃げ出そうにも、紗奈子の腕がしっかりと絡まっていた。
助けてくれた友人たちに報いるためにも、恐れてはならない。由美は無自覚に、ただ顔を伏せるだけの自分を否定していた。
「ごめんなさい、お断りします」
「は?」
その一言は、矢部にとって完全に予想外だったようだ。困惑を数秒浮かべた後、眉がつり上がっていく。
これまでの由美ならここで折れていた。だが、今日は目を逸らすことをしなかった。
「迷惑なので、ごめんなさい」
「はぁ?」
矢部の顔が徐々に赤くなっていく。どこからどう見ても怒りの感情だ。
下級生の大人しそうな女生徒を自信満々に誘い、はっきりと断られた。彼のような人間に対し、これ以上の侮辱はないのかもしれない。
「では、これで」
これ以上会話を重ねる必要はない。由美は頭を下げてその場を立ち去ろうとする。友人三人は口元を緩めてくれていた。これでよかったのだと、胸をなでおろしたい気分だった。
「ちょっと待てよ」
先程までの猫なで声とは正反対の、低く唸るような声が聞こえてきた。ここまで必死に恐怖を抑えてきた由美だが、咄嗟に体が固まってしまう。
「俺を断るなんて、どういうことだよ」
矢部の左手が由美の右肩を強く押した。
「由美! 止まれ!」
哉太の叫びが聞こえた時にはもう、体は動いていた。
左足を軸に右足を引き、半身となる。勢いが付いたまま空を切る矢部の手首を掴みつつ、軽く膝を曲げ上体を内に入り込ませた。そのまま屈伸の力を利用して、男の体を肩で持ち上げる。
「うわっ!」
耳元に悲鳴と驚きの混じった声が届いた気がした。繰り返しの訓練で身に付いた条件反射は、その程度で止まることはなかった。長身で細身の矢部は、いとも容易く空中を半回転した。
やってしまった。我に返ったところで、時は既に遅かった。このままでは後頭部から地面に落下させてしまう。打ちどころによっては多少の怪我では済まないかもしれない。
今更止めることもできず、由美は目をつぶった。それで事態が好転するわけがないことは、充分にわかっていた。それでも、人を守る立場にいる自分が人に危害を加える瞬間を見るのは、耐えられなかった。
「ぐおっ!」
小さい衝撃音と、くぐもったうめき声。想定していたものと違う音に、由美は恐る恐る目を開いた。
「えっ……」
「えっ、じゃねぇよ……」
視線の先には、仰向けで目を丸くする上級生。そして、その下には矢部を受け止めるように支える哉太の姿があった。
落ちる直前に、地面と矢部の間に体を割り込ませたのだろう。折り重なる二人の男子生徒は、見たところ怪我もなく意識もあるようだった。
「危ねぇだろ、これは」
「うん……」
下敷きになった哉太が由美を睨む。これは叱られても仕方のないことだと、由美は自覚できていた。
「先輩、どいてもらえますか」
「あ、ああ」
呆けていた矢部が、哉太の言葉を受けてそそくさと身を起こす。由美を見る目は、つい先ほどと大きく変わり、怯えに引きつっていた。舐めてかかった相手に投げ飛ばされれば、そうもなるだろう。
「あの、怪我してませんか?」
それが由美の精一杯だった。この状況で、なんと言えばいいのかわかるはずもない。
「暴力女なんていらねぇよ」
吐き捨てるような捨て台詞だった。長身の上級生は踵を返すと、友人を連れ逃げるように校舎へと入っていった。かなりの早足で。
残されたのは、立ち尽くす由美と地面に転がった哉太、それを見つめる紗奈子と誠。そして、騒ぎを聞きつけ遠めに眺めている生徒たちだった。
「ええと、ごめん」
「ごめんじゃないって」
由美の差し出した手を掴み、哉太は立ち上がる。口にする言葉とは違い、強く怒っている様子はない。
「まぁ、間に合ってよかったよ」
「うん、ありがとう」
この場に哉太がいなければ大惨事になっていたかもしれない。想像に肝が冷えつつ、頼りになる相棒へ感謝した。
「訓練の成果も見えたしな」
「もう……」
怒鳴ってもおかしくない状況での哉太の軽口は、由美の心を少し軽くしてくれた。
騒ぎが収まったのを感じたのか、周囲の人垣は徐々に薄まりつつあった。
「由美! 大丈夫?」
勢いよく哉太を押しのけた紗奈子が、由美の肩を強く掴む。敵意のない友人相手には、条件反射はおきなかった。
「うん、大丈夫」
「助けられなくてごめんよー」
由美の肩を揺さぶる紗奈子は、徐々に涙声になっていた。
「山根、矢辻さん困ってるって。霧崎も吹っ飛んでるし」
「でーもー」
誠が由美から紗奈子を引きはがす。友人とその想い人の距離は、ここ数日でずいぶん縮まったように見えた。
「矢辻さん、武道とかやってたんだね?」
「あ、うん、少し」
「少しじゃないでしょ。由美の動き、早すぎて見えなかったよ」
「あはは、たまたまだよ」
化け物と戦うために毎日訓練をしているなどとは言えず、由美は無理に笑ってごまかした。これ以上聞かれると、どう答えていいか困ってしまうところだ。
「終わった後だから言えることだけど、スカッとしたよ」
「私もそう思う! あの逃げ足は笑っちゃった。それに最初、ちゃんと由美から断ってたもんね。頑張ったね」
「うん、ありがとう。でも、暴力は良くなかったって」
「あれは向こうが手を出したんだから、由美の正当防衛だよ」
「そうかなぁ」
二人の言葉は素直に嬉しかった。少しだけ自分に自信が持てるような気がする。しかし、無意識に暴力へとはしったことだけは、反省しなければならない。
「で、霧崎」
「ん?」
由美と紗奈子のやり取りを見ていた誠が、制服についた砂埃を落としていた哉太へ向き直る。にこやかな笑顔は消え、酷く真剣な眼差しをしていた。
「さっき、自分がなんて言ったか覚えているか?」
「なんのことだよ」
誠の質問に首をかしげる哉太。紗奈子はさりげなく、由美の腕を掴んだ。
「矢辻さんがあいつをぶん投げる直前、なんて言ったよ?」
「直前って……あっ!」
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