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第5章 魔剣と魔人
第78話「しっかりしてください!」
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深い森の中、複数の金属音が断続的に鳴り響いていた。マリムとルヴィエ、レミルナとトモルが手にした武器をぶつけ合っている。
『リュール様……』
座り込んだリュールに握られたブレイダは、小さく呼びかけた。彼女の主人は、虚ろな瞳で戦いを見つめたままだ。
裂けた右腕と斬られた胸板からの流血が止まらない。自身を治癒する魔人としての能力が落ちているのかもしれない。
『リュール様! 危ない!』
マリムの剣を掻い潜り、ルヴィエがリュールを狙う。ブレイダはただ叫ぶことしかできなかった。
「やらせんよ!」
黒紫の剣がリュールを斬る直前、マリムが間に入った。少しでも遅れていれば、首が飛んでいた。
剣の姿では、自ら動くことはできない。剣なのだから当然ではあるが、ブレイダは悔しかった。
『リュール様、立ってください!』
いくら呼びかけても、返事はない。少しぶっきらぼうだけど、優しい心根が隠せない声が聞きたかった。
「リュール、いくら私でも、長くは保たない!」
ルヴィエからリュールを守っているマリムは苦しそうだった。いくら魔剣の力を借りたとはいえ、人間が魔人の相手をできるわけがない。ブレイダからも、限界は近いように見えた。
音でしか確認できないが、レミルナは善戦している様子だ。白と黒の二本を扱うなんて、魔剣の自分としても感心してしまう。
『リュール様、スカしが……もう!』
全力の叫びも、リュールには届かない。ブレイダが知る限り、こんな状態は初めてだった。
最も繊細な部分が傷付けられてしまったのだろう。きっと、リュールの持つ他者に向けた優しさの根幹だった。ブレイダにはそう思えてならない。
その証拠に、ブレイダの刃は黒に近い灰色をしていた。白銀の輝きもなく、黒紫の禍々しさもない。
ブレイダは自分にできることはないかと、必死に思案する。彼の心を、なんとか救いたい。主人のためにと、戦いで役に立つこと以外を考えるのは、初めてだったかもしれない。
『リュール様! お願いですから、反応してください!』
それでも、リュールは心を閉ざしたままだった。
ブレイダは哀しさと憤りが自分の中で膨らんでいるのを自覚した。これは、剣が持つものではないと、拒絶したくなる感情だった。敬愛する主人の剣であるならば、これはとても良くない。
「私はリュール様の剣でいたいのです! って、あれ?」
想いを吐露した時、ブレイダは人の姿になっていた。後頭部で髪紐がほどけ、くすんだ灰色の髪が視界に入った。
「これは……」
いつかレピアが言っていた事を思い出す。剣が人の姿になるのは、使い手と剣が戦う意志を解いた時だ。
「レミィもレピア姉さんも、ついでにスカしも戦っているというのに……」
ブレイダの全身が震える。
「何もできず、髪もこんな色になって……」
朱色の瞳に、涙がにじむ。
手を伸ばし、主人の頬に触れた。それは温かかく、生きていることを告げていた。
「あー! もう!」
自分でもわからない複雑な感情を処理できず、ブレイダは叫んだ。あまりの大声に、戦闘中の四人が一瞬動きを止めた。
「何ですかもー!」
リュールの頬に両手を添えたブレイダは、思い切り頭突きをする。小さく鈍い音が響く。
「な、あ?」
「あ? じゃないです! 私のリュール様なんだから、しっかりしてください!」
主人に暴力を振るう。剣としてあるまじき行為だった。しかし、止められるものではない。ブレイダにとって最も重要なのは、リュールがリュールのままリュールであることだったからだ。
「そうじゃなきゃ、困ります!」
リュールを怒鳴りつけた少女の髪は、少しだけ白みを帯びていた。
『リュール様……』
座り込んだリュールに握られたブレイダは、小さく呼びかけた。彼女の主人は、虚ろな瞳で戦いを見つめたままだ。
裂けた右腕と斬られた胸板からの流血が止まらない。自身を治癒する魔人としての能力が落ちているのかもしれない。
『リュール様! 危ない!』
マリムの剣を掻い潜り、ルヴィエがリュールを狙う。ブレイダはただ叫ぶことしかできなかった。
「やらせんよ!」
黒紫の剣がリュールを斬る直前、マリムが間に入った。少しでも遅れていれば、首が飛んでいた。
剣の姿では、自ら動くことはできない。剣なのだから当然ではあるが、ブレイダは悔しかった。
『リュール様、立ってください!』
いくら呼びかけても、返事はない。少しぶっきらぼうだけど、優しい心根が隠せない声が聞きたかった。
「リュール、いくら私でも、長くは保たない!」
ルヴィエからリュールを守っているマリムは苦しそうだった。いくら魔剣の力を借りたとはいえ、人間が魔人の相手をできるわけがない。ブレイダからも、限界は近いように見えた。
音でしか確認できないが、レミルナは善戦している様子だ。白と黒の二本を扱うなんて、魔剣の自分としても感心してしまう。
『リュール様、スカしが……もう!』
全力の叫びも、リュールには届かない。ブレイダが知る限り、こんな状態は初めてだった。
最も繊細な部分が傷付けられてしまったのだろう。きっと、リュールの持つ他者に向けた優しさの根幹だった。ブレイダにはそう思えてならない。
その証拠に、ブレイダの刃は黒に近い灰色をしていた。白銀の輝きもなく、黒紫の禍々しさもない。
ブレイダは自分にできることはないかと、必死に思案する。彼の心を、なんとか救いたい。主人のためにと、戦いで役に立つこと以外を考えるのは、初めてだったかもしれない。
『リュール様! お願いですから、反応してください!』
それでも、リュールは心を閉ざしたままだった。
ブレイダは哀しさと憤りが自分の中で膨らんでいるのを自覚した。これは、剣が持つものではないと、拒絶したくなる感情だった。敬愛する主人の剣であるならば、これはとても良くない。
「私はリュール様の剣でいたいのです! って、あれ?」
想いを吐露した時、ブレイダは人の姿になっていた。後頭部で髪紐がほどけ、くすんだ灰色の髪が視界に入った。
「これは……」
いつかレピアが言っていた事を思い出す。剣が人の姿になるのは、使い手と剣が戦う意志を解いた時だ。
「レミィもレピア姉さんも、ついでにスカしも戦っているというのに……」
ブレイダの全身が震える。
「何もできず、髪もこんな色になって……」
朱色の瞳に、涙がにじむ。
手を伸ばし、主人の頬に触れた。それは温かかく、生きていることを告げていた。
「あー! もう!」
自分でもわからない複雑な感情を処理できず、ブレイダは叫んだ。あまりの大声に、戦闘中の四人が一瞬動きを止めた。
「何ですかもー!」
リュールの頬に両手を添えたブレイダは、思い切り頭突きをする。小さく鈍い音が響く。
「な、あ?」
「あ? じゃないです! 私のリュール様なんだから、しっかりしてください!」
主人に暴力を振るう。剣としてあるまじき行為だった。しかし、止められるものではない。ブレイダにとって最も重要なのは、リュールがリュールのままリュールであることだったからだ。
「そうじゃなきゃ、困ります!」
リュールを怒鳴りつけた少女の髪は、少しだけ白みを帯びていた。
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