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第5章 魔剣と魔人
第74話『リュール様に失礼ですよ!』
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森の中心にそそり立つ大木は、既に朽ちつつあった。常軌を逸する太さの幹には、各所にひび割れが目立つ。葉はほとんど落ち、僅かに残ったものも緑色が失われていた。
スクアの語ったように、この木に宿っていたそれは今、リュールが握っている。そして、鋭い視線を向ける二人の男も、それを手にしていた。
「ルヴィエ……トモル……」
十日ほど前、戦場跡での戦いで二人の武器には損傷を与えていた。特にルヴィエの剣は、今にも折れてしまいそうなくらいの亀裂だった。それが今は、まるで新品のようだ。
「待っててくれたおかげで、完全に直ったよ。なぁ、リュール」
「そうか……」
人型魔獣による足止めは、この時間を稼ぐためだった。概ね予想通りではあるものの、驚きは隠せない。
「これで全力で戦い直せるな。あ、そうそう、気が変わったなら言ってくれ。仲間になるなら大歓迎だからな」
「ルヴィエ、トモル。今からでも止まってくれ。その黒い刃が、お前たちを」
「それ以上言うな」
トモルだった。怒気を孕んだ呟きが、リュールの言葉を止めた。
「スクアから聞いたんだろう? そして、この気持ちを沈めて怒りを抑えろとと俺たちに言うつもりなんだろう?」
「そうだよ。そのままでは自分が潰れるだけだ」
「わかってるし、望んでやっている。俺は何があっても忘れないし、止まらない」
トモルは槍を構えた。黒紫の切っ先が、真っ直ぐリュールに向けられる。まるで彼自身の意志を示しているようだった。
「そういうことだ。止めたきゃ殺せ」
「もう、だめなのか?」
「ああもう! しつこいな!」
苛立ちの叫びと共に、ルヴィエが大木の根元を蹴った。その反動でリュールに急接近する。
「おらっ!」
勢いに任せ振り下ろされた黒紫の大剣は、以前よりも格段に速かった。別物と呼んでも差し支えないくらいだ。この十日間で、剣との繋がりが深まったのだろうか。
それでも、魔人であるリュールは、目で追い身体で反応することはできる。人の理など、既に外れていた。
「ちっ!」
強烈な斬撃を、ブレイダで受け止める。初手で判断する限りは、互角といったところだ。
「どうだ? 強くなっただろ?」
『ルヴィエ様を、困らせるな!』
縦、横、様々な方向から黒紫の刃が襲う。ルヴィエの剣さばきは、力強くも華麗だった。リュールは反射神経だけで、その全てをなんとか防いでいた。
重量が自由自在となるため、剣に振り回されることはない。まともな感覚では、防ぐことなどできないだろう。
「だが、負けてやることはできない!」
『困らせてるのは、どっちですか!』
その点は、リュールも同じだった。いつかのように手加減をする余裕はない。即死以外ならば治癒能力でなんとかなる。そう信じてブレイダを振り抜いた。
必殺の一撃は受け止められ、続けて放った前蹴りもいなされる。剣の腕と魔人としての力は、全くの互角だった。
数え切れないほどの剣戟が交わされる。静寂に支配されていた森には、甲高い金属音が鳴り響いていた。
「なぁ、こっちに来いよ」
「いやだね。お前が白くなれ」
『ルヴィエ様になんてことを!』
『そっちこそ、リュール様に失礼ですよ!』
刃と刃がぶつかり合い、鍔迫り合いの体勢になる。互いの力が拮抗する。
「ゴウトから聞いているだろ。お前は死ぬ前に黒くなってもらう」
「ならねぇよ」
「そうかい、じゃあ、こんなんはどうだ?」
ルヴィエはにやりと笑うと、後方に飛び下がった。リュールは一瞬つんのめりそうになるが、なんとか耐えた。
崩れかかった姿勢のまま、ルヴィエを追いかける。
『リュール様!』
ブレイダの叫びを受け、首を横に傾ける。リュールの頬が、鋭い物で切り裂かれた。
「ちいっ!」
『トモルのために死ねよ!』
間髪入れずに計六回、何かがリュールの全身を突き刺した。辛うじて飛び退いたため、動けない程の傷にはならなかった。それでも浅いわけではない。
彼もルヴィエと同じく、以前よりも格段に強くなっていた。
「おいおいリュール、俺を忘れてたのか?」
呆れたように笑いながら、槍の名手は愛槍を構え直した。
スクアの語ったように、この木に宿っていたそれは今、リュールが握っている。そして、鋭い視線を向ける二人の男も、それを手にしていた。
「ルヴィエ……トモル……」
十日ほど前、戦場跡での戦いで二人の武器には損傷を与えていた。特にルヴィエの剣は、今にも折れてしまいそうなくらいの亀裂だった。それが今は、まるで新品のようだ。
「待っててくれたおかげで、完全に直ったよ。なぁ、リュール」
「そうか……」
人型魔獣による足止めは、この時間を稼ぐためだった。概ね予想通りではあるものの、驚きは隠せない。
「これで全力で戦い直せるな。あ、そうそう、気が変わったなら言ってくれ。仲間になるなら大歓迎だからな」
「ルヴィエ、トモル。今からでも止まってくれ。その黒い刃が、お前たちを」
「それ以上言うな」
トモルだった。怒気を孕んだ呟きが、リュールの言葉を止めた。
「スクアから聞いたんだろう? そして、この気持ちを沈めて怒りを抑えろとと俺たちに言うつもりなんだろう?」
「そうだよ。そのままでは自分が潰れるだけだ」
「わかってるし、望んでやっている。俺は何があっても忘れないし、止まらない」
トモルは槍を構えた。黒紫の切っ先が、真っ直ぐリュールに向けられる。まるで彼自身の意志を示しているようだった。
「そういうことだ。止めたきゃ殺せ」
「もう、だめなのか?」
「ああもう! しつこいな!」
苛立ちの叫びと共に、ルヴィエが大木の根元を蹴った。その反動でリュールに急接近する。
「おらっ!」
勢いに任せ振り下ろされた黒紫の大剣は、以前よりも格段に速かった。別物と呼んでも差し支えないくらいだ。この十日間で、剣との繋がりが深まったのだろうか。
それでも、魔人であるリュールは、目で追い身体で反応することはできる。人の理など、既に外れていた。
「ちっ!」
強烈な斬撃を、ブレイダで受け止める。初手で判断する限りは、互角といったところだ。
「どうだ? 強くなっただろ?」
『ルヴィエ様を、困らせるな!』
縦、横、様々な方向から黒紫の刃が襲う。ルヴィエの剣さばきは、力強くも華麗だった。リュールは反射神経だけで、その全てをなんとか防いでいた。
重量が自由自在となるため、剣に振り回されることはない。まともな感覚では、防ぐことなどできないだろう。
「だが、負けてやることはできない!」
『困らせてるのは、どっちですか!』
その点は、リュールも同じだった。いつかのように手加減をする余裕はない。即死以外ならば治癒能力でなんとかなる。そう信じてブレイダを振り抜いた。
必殺の一撃は受け止められ、続けて放った前蹴りもいなされる。剣の腕と魔人としての力は、全くの互角だった。
数え切れないほどの剣戟が交わされる。静寂に支配されていた森には、甲高い金属音が鳴り響いていた。
「なぁ、こっちに来いよ」
「いやだね。お前が白くなれ」
『ルヴィエ様になんてことを!』
『そっちこそ、リュール様に失礼ですよ!』
刃と刃がぶつかり合い、鍔迫り合いの体勢になる。互いの力が拮抗する。
「ゴウトから聞いているだろ。お前は死ぬ前に黒くなってもらう」
「ならねぇよ」
「そうかい、じゃあ、こんなんはどうだ?」
ルヴィエはにやりと笑うと、後方に飛び下がった。リュールは一瞬つんのめりそうになるが、なんとか耐えた。
崩れかかった姿勢のまま、ルヴィエを追いかける。
『リュール様!』
ブレイダの叫びを受け、首を横に傾ける。リュールの頬が、鋭い物で切り裂かれた。
「ちいっ!」
『トモルのために死ねよ!』
間髪入れずに計六回、何かがリュールの全身を突き刺した。辛うじて飛び退いたため、動けない程の傷にはならなかった。それでも浅いわけではない。
彼もルヴィエと同じく、以前よりも格段に強くなっていた。
「おいおいリュール、俺を忘れてたのか?」
呆れたように笑いながら、槍の名手は愛槍を構え直した。
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