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第5章 魔剣と魔人
第70話『魔人……とか?』
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その日のうちに身支度を整えたリュールは、夜を待って宿舎替わりの宿を出発した。この時間を選んだのは、夕食をとっておきたかったからだ。まともな食事は、これで最後になるだろう。
それとは別に、もうひとつ理由がある。どちらかというと、こちらの方が意図として大きいかもしれない。
「リュール様はお優しいですよね」
「なんのことだ?」
ブレイダは察していたようだ。門番に挨拶をして街から出たリュールは、わかった上でとぼけてみせた。
「知ってますよ。復帰したレミィをもう一晩休ませたかったんですよね」
「どうだろうな」
「私のリュール様は素敵なお方です」
月明かりに照らされて、ブレイダが目を細めた。
彼女の容姿は、人としては整いすぎている。それでも不自然さを感じないのは、豊かな表情のおかげだろう。朱色に輝く瞳は、真っ直ぐにリュールを見上げる。
気恥しさを感じたリュールは、続く戦場跡へと目をやった。街に向かって歩く人影がいくつか見える。人型魔獣だ。
ゴウトとの戦い以降、リュールは自身が人でなくなったことを自覚していた。剣としてのブレイダを手にしていなくとも、感覚や筋力はその時のままだった。
魔獣は人になる剣により作られる。その中でも、人型魔獣は人の姿のまま、人にあらざる力を持っていた。
ブレイダにより力を得た自分は、あれらと何が違うのだろうか。リュールは時々、そんなことを考えていた。
「リュール様?」
「なんでもないよ」
リュールは朱色の瞳を見つめ返すことができなかった。不安、焦燥、悲哀、高揚、懐古、鬱憤。
平静を気取ってはいるが、様々な感情が渦巻く。そのどれもが、真っ直ぐな愛剣には相応しくないと思える。
「リュール様。私は剣です。人ではありません」
「あ、ああ」
「私はリュール様に使って頂くことしか価値のない、人殺しの道具です」
「いや……それは違う」
ブレイダが語るのは真実だ。人の姿をしていても、不思議な力があっても、本質は武器。それでも、リュールは否定した。今となっては、大切な相棒になっていたからだ。
「ふふ、ありがとうございます。嬉しいです。そういう事なんだと思いますよ。リュール様は優しくて素敵なリュール様です。私の大切なご主人様です」
「そうか」
「はいっ!」
ここでようやくブレイダの意図に気付いた。
人であろうがなかろうが、ブレイダにとっては関係ない。確かにその通りだと、リュールも思う。その証拠として、傍らに立つ小柄な少女は剣でも人でもない。
リュールの中で何かが吹っ切れた気がした。剣に諭される元傭兵など、自分くらいだろう。自然と口元が緩んだ。
「なぁ、あれは魔獣って呼ばれてるよな」
「はい」
「魔獣を狩る剣だから、お前は魔剣だな」
「ああ! そうですね」
「なら、魔剣の力を得た俺は、何だと思う?」
「んー、そうですねぇ」
リュールの問いかけに、ブレイダは首を捻る。見た目の年齢に似合う、愛らしい仕草だ。
「魔人……とか?」
「魔人、いいな。ブレイダ」
期待通りの回答に気を良くしたリュールは、相棒の名を読んだ。
「魔人はさ、通りすがりに魔獣がいるとして、どうすると思う?」
『殺りますね』
「そういうの好きだな」
『魔剣ですから』
「そうか」
『はいっ!』
長大な魔剣を片手に、魔人は戦場跡を駆けた。直後、人の死骸で作られた魔獣であったものは、本来の姿へと戻った。彼らの血肉は、地面を赤黒く染めた。
それとは別に、もうひとつ理由がある。どちらかというと、こちらの方が意図として大きいかもしれない。
「リュール様はお優しいですよね」
「なんのことだ?」
ブレイダは察していたようだ。門番に挨拶をして街から出たリュールは、わかった上でとぼけてみせた。
「知ってますよ。復帰したレミィをもう一晩休ませたかったんですよね」
「どうだろうな」
「私のリュール様は素敵なお方です」
月明かりに照らされて、ブレイダが目を細めた。
彼女の容姿は、人としては整いすぎている。それでも不自然さを感じないのは、豊かな表情のおかげだろう。朱色に輝く瞳は、真っ直ぐにリュールを見上げる。
気恥しさを感じたリュールは、続く戦場跡へと目をやった。街に向かって歩く人影がいくつか見える。人型魔獣だ。
ゴウトとの戦い以降、リュールは自身が人でなくなったことを自覚していた。剣としてのブレイダを手にしていなくとも、感覚や筋力はその時のままだった。
魔獣は人になる剣により作られる。その中でも、人型魔獣は人の姿のまま、人にあらざる力を持っていた。
ブレイダにより力を得た自分は、あれらと何が違うのだろうか。リュールは時々、そんなことを考えていた。
「リュール様?」
「なんでもないよ」
リュールは朱色の瞳を見つめ返すことができなかった。不安、焦燥、悲哀、高揚、懐古、鬱憤。
平静を気取ってはいるが、様々な感情が渦巻く。そのどれもが、真っ直ぐな愛剣には相応しくないと思える。
「リュール様。私は剣です。人ではありません」
「あ、ああ」
「私はリュール様に使って頂くことしか価値のない、人殺しの道具です」
「いや……それは違う」
ブレイダが語るのは真実だ。人の姿をしていても、不思議な力があっても、本質は武器。それでも、リュールは否定した。今となっては、大切な相棒になっていたからだ。
「ふふ、ありがとうございます。嬉しいです。そういう事なんだと思いますよ。リュール様は優しくて素敵なリュール様です。私の大切なご主人様です」
「そうか」
「はいっ!」
ここでようやくブレイダの意図に気付いた。
人であろうがなかろうが、ブレイダにとっては関係ない。確かにその通りだと、リュールも思う。その証拠として、傍らに立つ小柄な少女は剣でも人でもない。
リュールの中で何かが吹っ切れた気がした。剣に諭される元傭兵など、自分くらいだろう。自然と口元が緩んだ。
「なぁ、あれは魔獣って呼ばれてるよな」
「はい」
「魔獣を狩る剣だから、お前は魔剣だな」
「ああ! そうですね」
「なら、魔剣の力を得た俺は、何だと思う?」
「んー、そうですねぇ」
リュールの問いかけに、ブレイダは首を捻る。見た目の年齢に似合う、愛らしい仕草だ。
「魔人……とか?」
「魔人、いいな。ブレイダ」
期待通りの回答に気を良くしたリュールは、相棒の名を読んだ。
「魔人はさ、通りすがりに魔獣がいるとして、どうすると思う?」
『殺りますね』
「そういうの好きだな」
『魔剣ですから』
「そうか」
『はいっ!』
長大な魔剣を片手に、魔人は戦場跡を駆けた。直後、人の死骸で作られた魔獣であったものは、本来の姿へと戻った。彼らの血肉は、地面を赤黒く染めた。
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