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第5章 魔剣と魔人
第68話「酷いですよぉ」
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人の姿になる武器は、使い手に力をもたらす。筋力、視力、聴力、嗅覚、判断力、自然治癒力、様々な要素で人を超越させた。武器を手にしていない状態では弱まるものの、残滓として影響を与え続ける。
それはリュールだけでなく、レミルナやルヴィエ達も同様だ。ただし、人を超える力には個人差があるようだった。
リュールは自身の経験から、その要素をなんとなく感じ取っていた。レミルナが命を拾った理由も想像がつく。
「レミィ!」
ブレイダがドアをノックする。多少の加減はしているものの、廊下に音が響き渡った。
騎士団の宿舎として借り上げた宿屋の一室は、レミルナの個室となっている。彼女と仲が良くなっていたブレイダにせがまれ、何度か見舞いに来たことがあった。
「あんまり騒ぐなよ」
「あ、すみません」
宿屋といえども、一応は病室扱いの部屋だ。隣の部屋には、レミルナ以外の怪我人もいた。重い怪我には、ちょっとした音も響くのだ。それに、今は夜中だ。
「いいよ、リュール、ブレイダ。入ってくれ」
「ああ、入るぞ」
「入ります!」
部屋の中から、マリムの声が聞こえた。レミルナを運び込んだ時の慌てぶりが嘘のような、いつもの落ち着いた口調だった。
「レミィ!」
声を抑えたブレイダが先に入っていく。主人を差し置く程度には我を忘れていた。リュールはそれを悪く思わない。
部屋の中には、小型のランプに照らされた二人の姿があった。椅子に座ったマリムと、ベットから体を起こしたレミルナだ。ベットの脇には、鞘に収められた刺突剣が二振り並んでいた。片方はレピアだ。そして、もう片方の刃は恐らく黒紫色なのだろう。
「ブレイダ、来てくれたのね」
「もちろん来ますよ!」
「ありがとう」
目を細めて微笑むレミルナは、少し弱々しく見えた。寝巻きのような服装と相まって、儚げな印象すら受けた。リュールには彼女の感情が少しだけ理解できる。
「怪我は?」
「ああ、もう塞がってる。まだ少し違和感があるけどな」
リュールの質問に答えたレミルナは、右手で左胸を軽く押さえた。身体の面では、本当に問題ないようだ。
「よかったですよー、レミィ」
「うん、私もよかった」
人間同士の友人がするようなやり取りの横で、マリムがリュールに目配せをする。それもそうだと、リュールは頷いた。
「さぁ、行くぞ」
「えっ? もうちょっとお話を……」
「だめだ、俺は眠い」
有無を言わさず、ブレイダの腕を掴み引きずる。ドアの前まで来てもなお、愛剣は未練がましく友人を見つめていた。
「悪いね、リュール」
「ああ、気にするな。詳しくは?」
「朝にしよう。迎えを行かせる」
「わかった。疲れてるから遅めにしてくれ」
「そうするよ」
簡単なやり取りをして、リュール達は個室を後にした。とりあえず、休もうと思う。睡眠不足は正常な判断力を奪うというものだ。
「リュール様、酷いですよぉ」
ブレイダは不満げな様子を隠さない。主人以外の人間にはあまり興味を持たない彼女にしては、異例とも思える言動だ。
リュールは軽くため息をつくと、銀髪の頭に手を置いた。柔らかく滑らかな感触が心地いい。
「二人にしてやれよ」
「ああ、なるほど」
心の機微には疎いリュールではあるが、その程度の気遣いくらいはできる。言われて理解できるブレイダも、剣以上の人らしさを持っているように思えた。
「詳しくは、明日聞こう」
「そうですね」
「マリムには話せるといいな」
「……そうですね」
レミルナが戦っていた相手は黒紫の剣を持っていた。それは、ある事実を告げるのと同様の意味を持っている。 レミルナにとってそれは辛いことだろう。
一晩くらいは、気持ちを吐き出すことが許されてもいいと思う。マリムであれば全て受け入れてやれるはずだ。
「俺は寝るぞ」
「はい、そうしましょう」
リュールとブレイダは、宛てがわれた自室に向かう。さほど疲れてはいないが、眠いのは本当だった。
それはリュールだけでなく、レミルナやルヴィエ達も同様だ。ただし、人を超える力には個人差があるようだった。
リュールは自身の経験から、その要素をなんとなく感じ取っていた。レミルナが命を拾った理由も想像がつく。
「レミィ!」
ブレイダがドアをノックする。多少の加減はしているものの、廊下に音が響き渡った。
騎士団の宿舎として借り上げた宿屋の一室は、レミルナの個室となっている。彼女と仲が良くなっていたブレイダにせがまれ、何度か見舞いに来たことがあった。
「あんまり騒ぐなよ」
「あ、すみません」
宿屋といえども、一応は病室扱いの部屋だ。隣の部屋には、レミルナ以外の怪我人もいた。重い怪我には、ちょっとした音も響くのだ。それに、今は夜中だ。
「いいよ、リュール、ブレイダ。入ってくれ」
「ああ、入るぞ」
「入ります!」
部屋の中から、マリムの声が聞こえた。レミルナを運び込んだ時の慌てぶりが嘘のような、いつもの落ち着いた口調だった。
「レミィ!」
声を抑えたブレイダが先に入っていく。主人を差し置く程度には我を忘れていた。リュールはそれを悪く思わない。
部屋の中には、小型のランプに照らされた二人の姿があった。椅子に座ったマリムと、ベットから体を起こしたレミルナだ。ベットの脇には、鞘に収められた刺突剣が二振り並んでいた。片方はレピアだ。そして、もう片方の刃は恐らく黒紫色なのだろう。
「ブレイダ、来てくれたのね」
「もちろん来ますよ!」
「ありがとう」
目を細めて微笑むレミルナは、少し弱々しく見えた。寝巻きのような服装と相まって、儚げな印象すら受けた。リュールには彼女の感情が少しだけ理解できる。
「怪我は?」
「ああ、もう塞がってる。まだ少し違和感があるけどな」
リュールの質問に答えたレミルナは、右手で左胸を軽く押さえた。身体の面では、本当に問題ないようだ。
「よかったですよー、レミィ」
「うん、私もよかった」
人間同士の友人がするようなやり取りの横で、マリムがリュールに目配せをする。それもそうだと、リュールは頷いた。
「さぁ、行くぞ」
「えっ? もうちょっとお話を……」
「だめだ、俺は眠い」
有無を言わさず、ブレイダの腕を掴み引きずる。ドアの前まで来てもなお、愛剣は未練がましく友人を見つめていた。
「悪いね、リュール」
「ああ、気にするな。詳しくは?」
「朝にしよう。迎えを行かせる」
「わかった。疲れてるから遅めにしてくれ」
「そうするよ」
簡単なやり取りをして、リュール達は個室を後にした。とりあえず、休もうと思う。睡眠不足は正常な判断力を奪うというものだ。
「リュール様、酷いですよぉ」
ブレイダは不満げな様子を隠さない。主人以外の人間にはあまり興味を持たない彼女にしては、異例とも思える言動だ。
リュールは軽くため息をつくと、銀髪の頭に手を置いた。柔らかく滑らかな感触が心地いい。
「二人にしてやれよ」
「ああ、なるほど」
心の機微には疎いリュールではあるが、その程度の気遣いくらいはできる。言われて理解できるブレイダも、剣以上の人らしさを持っているように思えた。
「詳しくは、明日聞こう」
「そうですね」
「マリムには話せるといいな」
「……そうですね」
レミルナが戦っていた相手は黒紫の剣を持っていた。それは、ある事実を告げるのと同様の意味を持っている。 レミルナにとってそれは辛いことだろう。
一晩くらいは、気持ちを吐き出すことが許されてもいいと思う。マリムであれば全て受け入れてやれるはずだ。
「俺は寝るぞ」
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リュールとブレイダは、宛てがわれた自室に向かう。さほど疲れてはいないが、眠いのは本当だった。
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