愛用の大剣が銀髪美少女になった元傭兵は魔獣を狩る

日諸 畔(ひもろ ほとり)

文字の大きさ
上 下
52 / 86
第3章 開戦

第50話『私はいつまでもリュール様の剣ですから』(第3章 開戦 完)

しおりを挟む
 人の姿になるとしても、剣は剣だ。命があるというわけではない。リュールは意図してそう考えるようにしていた。感情移入してしまえば、道具として使うことができなくなるからだ。

「ダ、ダーラ……」

 名前を呼ばれ、短剣が女へと変わる。地面には胸から上が転がり、ジルの腕の中には腰と足が抱かれていた。
 血は流れず、断面は刃と同じ黒紫に塗りつぶされているように見える。人になった剣は、腹の中まで人と同じではなかった。

「ジル……様」

 女の口から主人の名が漏れ出し、震えながら手を差し出す。ジルも下半身を抱えたまま手を伸ばした。しかし、それらが触れ合うことはなかった。
 ジルの手には折れた短剣。地面にはその先が落ちている。何の変哲もない、良く手入れされた短剣だった。

「ダーラ! ダーラ!」

 ジルが短剣に向け叫ぶが、何も反応はない。

「クソが! ガーラ!」
「はい!」

 弾き飛ばされたもう一本の短剣の名が響き渡る。くせ毛の女がジルに向けて走り出していた。

「させるか」
『やらせません!』

 合流させるわけにはいかない。リュールはガーラに向かい、ブレイダを振った。最軽量の刃を一閃。

「がっ……」

 恐らく気付きすらしなかった。一切の反応なく、ガーラは腰から分断された。驚愕の表情を浮かべ、細身で美しい肢体が宙を舞う。

「あ、ああ……」

 ジルが絶望の声をあげ、地面に膝をつく。もはや言葉も出ないようだった。
 子飼いの魔獣も、二本の短剣も失った。うなだれる様子を見れば、三本目の短剣があるとも思えない。ただし、念の為に警戒は続けておく。
 彼にはもう戦う手段が残されていない。つまり、リュールの勝利である。
 空が白み始めている。間もなく夜明けだ。

『リュール様』
「ああ」

 感傷に浸るわけにはいかない。敵に同情して得るものなど何もないのだ。これまでの傭兵生活で学んだことだ。

「殺さねぇからな」
「殺せよ」
「やだね。聞きたいことが山ほどある」

 リュールを見上げるジルの目からは、先程までの力が消え失せていた。視線をリュールから外し、折れた短剣に目をやる。

「ガーラ……ダーラ……」

 まるで恋人や家族を失ったようだ。武器が壊れてしまっただけだというのに、悲しみが溢れ出していた。

「騎士団に引き渡す。尋問ならあっちが専門だろうからな」
「殺して、くれよ。あいつらが居ないなんて耐えられねぇ」
「何度も言わせるな。嫌だね」

 自死しないように見張りつつ、騎士の到着を待つ。人質になっていた住民も、命は助けられた。彼らも保護してもらおう。

「とりあえず、ここは終わったな」
『はい。お疲れ様でした』

 道具に労われるというのは、いつまで経っても不思議な気分だ。ブレイダと名付ける前も、剣としてこんな風に思っていたのだろうか。

『リュール様』
「あん?」
『もし、私が折れてしまっても、悲しまないでくださいね』
「ああ、そうだな」
『私の使い方も、このまま変えないでくださいね』
「ああ、お前は俺の剣だからな」
『はい、嬉しいです』

 ブレイダを鞘に戻し、リュールは朝焼けを見上げる。
 折れても悲しまない、気を遣った使い方をしない。剣を剣として扱うならば当然のことだ。
 しかし、今のリュールにとって、愛剣の気持ちに応えるのは、少々難しいことだった。それでも、ブレイダの言い分が正しいと思う。ならば、自分は強く在らねばならない。

『私はいつまでもリュール様の剣ですから』
「そうだな、そうしてほしい」
「はいっ!」

 リュールはため息をつく。ザムスを先頭とした数人の騎士が、ジルを捕縛していた。


第3章 開戦 完
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

どーも、反逆のオッサンです

わか
ファンタジー
簡単なあらすじ オッサン異世界転移する。 少し詳しいあらすじ 異世界転移したオッサン...能力はスマホ。森の中に転移したオッサンがスマホを駆使して普通の生活に向けひたむきに行動するお話。 この小説は、小説家になろう様、カクヨム様にて同時投稿しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...