50 / 86
第3章 開戦
第48話『お早く!』
しおりを挟む
右手首から血が吹き出す。ブレイダを掴まねばまずいとは理解しつつも、リュールは後ろに跳んだ。
『リュール様! お早く!』
焦るブレイダの声が頭に響くが、その選択は正しかった。先程まで首のあった位置に、女の持つ短剣が振り抜かれていた。
「おいおいぃ、リュールちゃん、さっきの威勢はどうしたのかなぁ! おい、抜け」
「はい」
黄色い瞳をした女はジルの傍らに立ち、ブレイダの柄に手をかける。肩あたりまで伸びた癖のある髪は、ジルが持つ短剣の刃と同じ色をしていた。
その従順さと、リュールに向けられた殺意はには心当たりがある。つまり、奴は二本持っていた。
『ちょ、触らないで!』
剣のままのブレイダは抵抗できずに、ジルの腕から引き抜かれた。
「よし、よくやった」
「はい」
褒め言葉に、一瞬だけ嬉しそうな表情を浮かべるが、警戒は怠っていない。怒気を孕んだ視線をリュールに向け続けている。
『手を、離せ!』
「いかがしますか?」
おそらく聞こえているであろうブレイダの叫びを無視し、女はジルに指示を仰ぐ。掠れた、低い声だった。
「うーん、どうしてやろうかねぇ。それ、しっかり持ってろよ。名を呼ばれたら面倒だ」
「はい」
立ち上がったジルは、いつもの口調に戻っている。左腕の傷は、塞がりつつあった。
リュールは痛みで意識が遠のいてしまいそうだった。なんとか左手で右腕を押さえ流血を減らす。ブレイダの名を呼ぶのは、まだ早い。
「ルヴィエにさぁ、殺すなって言われてるんだよぉ。でもさぁ、勢い余って殺しちゃったってことにしようかなぁ、ってな」
「そうかい。怒られたら困るもんな。ルヴィエに助けられたジルさんだからな」
「この野郎……」
ジルはリュールに向け歩きながら、黒紫の短剣を逆手に握り直した。まだ握力は戻っていないようだ。
ここは賭けだった。奴が怒りを抑え慎重であるなら負け、我を忘れてくれるのなら勝ちだ。
「そういえばさ、あんた、いつの間にルヴィエの使いっ走りになったんだ? あの頃は逆だったよな」
「あぁ?」
「そして今は女に頼らないと、リュールちゃんひとり相手にできないわけだ」
「くそ……」
ジルの顔が憤怒に歪む。必要以上にプライドが高い割に、強いものには逆らえない。だから、弱いものを蔑み攻撃する。リュールはジルのこういうところが嫌いだった。
リュールの読みでは、黒紫髪の女よりもブレイダの方が強い。蹴りの威力や短剣を振る速度も、不意を突かれなければそれほどでもない。いつかの野盗を殺した愛剣の方が上だ。
ただし、それは一対一での話だ。ジルとその手に持つ短剣と合わせて三対一ならば、ブレイダに勝ち目は薄い。
だから、あと一歩、ジルをリュールに近づけなければならない。
「やれるもんならやってみろよ。今度は左手も斬り落としてやるよ。素手だけどな」
込み上げる震えと、吹き出す脂汗に気付かれないよう、リュールは不敵に笑ってみせた。
「クソが!」
ジルが地面を蹴った。身体能力は常人を超えているが、ルヴィエほどではない。ブレイダを持っていないリュールでも充分に目で追えた。
リュールも前に出た。下から短剣を振り上げようとする腕を、右脇に挟んで止める。右の手首が千切れかかるが、強引に無視をした。
「ブレイダ!」
「はいっ!」
リュールは愛剣の名を叫ぶ。
銀髪の少女は、横の女の顎に向け、掌底を叩き込んだ。
『リュール様! お早く!』
焦るブレイダの声が頭に響くが、その選択は正しかった。先程まで首のあった位置に、女の持つ短剣が振り抜かれていた。
「おいおいぃ、リュールちゃん、さっきの威勢はどうしたのかなぁ! おい、抜け」
「はい」
黄色い瞳をした女はジルの傍らに立ち、ブレイダの柄に手をかける。肩あたりまで伸びた癖のある髪は、ジルが持つ短剣の刃と同じ色をしていた。
その従順さと、リュールに向けられた殺意はには心当たりがある。つまり、奴は二本持っていた。
『ちょ、触らないで!』
剣のままのブレイダは抵抗できずに、ジルの腕から引き抜かれた。
「よし、よくやった」
「はい」
褒め言葉に、一瞬だけ嬉しそうな表情を浮かべるが、警戒は怠っていない。怒気を孕んだ視線をリュールに向け続けている。
『手を、離せ!』
「いかがしますか?」
おそらく聞こえているであろうブレイダの叫びを無視し、女はジルに指示を仰ぐ。掠れた、低い声だった。
「うーん、どうしてやろうかねぇ。それ、しっかり持ってろよ。名を呼ばれたら面倒だ」
「はい」
立ち上がったジルは、いつもの口調に戻っている。左腕の傷は、塞がりつつあった。
リュールは痛みで意識が遠のいてしまいそうだった。なんとか左手で右腕を押さえ流血を減らす。ブレイダの名を呼ぶのは、まだ早い。
「ルヴィエにさぁ、殺すなって言われてるんだよぉ。でもさぁ、勢い余って殺しちゃったってことにしようかなぁ、ってな」
「そうかい。怒られたら困るもんな。ルヴィエに助けられたジルさんだからな」
「この野郎……」
ジルはリュールに向け歩きながら、黒紫の短剣を逆手に握り直した。まだ握力は戻っていないようだ。
ここは賭けだった。奴が怒りを抑え慎重であるなら負け、我を忘れてくれるのなら勝ちだ。
「そういえばさ、あんた、いつの間にルヴィエの使いっ走りになったんだ? あの頃は逆だったよな」
「あぁ?」
「そして今は女に頼らないと、リュールちゃんひとり相手にできないわけだ」
「くそ……」
ジルの顔が憤怒に歪む。必要以上にプライドが高い割に、強いものには逆らえない。だから、弱いものを蔑み攻撃する。リュールはジルのこういうところが嫌いだった。
リュールの読みでは、黒紫髪の女よりもブレイダの方が強い。蹴りの威力や短剣を振る速度も、不意を突かれなければそれほどでもない。いつかの野盗を殺した愛剣の方が上だ。
ただし、それは一対一での話だ。ジルとその手に持つ短剣と合わせて三対一ならば、ブレイダに勝ち目は薄い。
だから、あと一歩、ジルをリュールに近づけなければならない。
「やれるもんならやってみろよ。今度は左手も斬り落としてやるよ。素手だけどな」
込み上げる震えと、吹き出す脂汗に気付かれないよう、リュールは不敵に笑ってみせた。
「クソが!」
ジルが地面を蹴った。身体能力は常人を超えているが、ルヴィエほどではない。ブレイダを持っていないリュールでも充分に目で追えた。
リュールも前に出た。下から短剣を振り上げようとする腕を、右脇に挟んで止める。右の手首が千切れかかるが、強引に無視をした。
「ブレイダ!」
「はいっ!」
リュールは愛剣の名を叫ぶ。
銀髪の少女は、横の女の顎に向け、掌底を叩き込んだ。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
世界中にダンジョンが出来た。何故か俺の部屋にも出来た。
阿吽
ファンタジー
クリスマスの夜……それは突然出現した。世界中あらゆる観光地に『扉』が現れる。それは荘厳で魅惑的で威圧的で……様々な恩恵を齎したそれは、かのファンタジー要素に欠かせない【ダンジョン】であった!
※カクヨムにて先行投稿中

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる