49 / 86
第3章 開戦
第47話『情けない男ですね』
しおりを挟む
狼型魔獣を従えたジルは、リュールを強く睨んだ。右腕は肘から先がなく、左手には黒紫の短剣が見える。
そして、魔獣の足元には町の住人が数名転がっていた。中には若い女もいる。全員息はあるものの、傷だらけでまともに動けない様子だ。
「ちょうどいい長さになったじゃねぇか。あんたの腕、長すぎると思ってたんだよ」
「殺してやる……」
「おいおい、俺を仲間にするんじゃなかったのか?」
「うるせぇ」
リュールの挑発は随分と癇に障ったようだった。その細い目は真っ赤に血走っていた。
「お前、動くなよぉ」
「また不意打ちか?」
「こいつら、殺すぞ」
喉が潰れたようなしゃがれた声と共に、ジルは短剣を振った。合図を受けた魔獣の足が、住民の背中を踏みつける。
悲鳴にもならないくぐもった声が、リュールの耳に入ってきた。どうやら、人質をとったつもりでいるらしい。
「やれよ」
「あぁ?」
リュールは最軽量のブレイダを構えた。人質など意味はない。これまでいったい何人殺してきたと思っているんだ。
躊躇いなく地面を蹴る。ジルの間抜け顔を視界に入れたまま、ブレイダが届く距離まで接近した。
「クソが!」
「どっちが」
『クソですか!』
棒立ちする長身に対し、斜めにブレイダを振り下ろした。左肩口から右脇腹にかけて、まっすぐに線が入った。リュールはそのまま動きを止めず、住民を押さえる魔獣にブレイダを向ける。
「やれるもんなら、やってみろよ」
ジルの傷から血液が吹き出すまでの間に、リュールは五体の魔獣を十個に分断していた。
「あああああ」
「ち、聞こえてねぇか」
叫び声を上げながら、ジルは地面に倒れ込んだ。人になる剣で斬られた傷は、通常の傷よりも治りにくい。とはいえ、すぐに絶命するようなことはないはずだ。
短剣を握ったままの左手を踏みつけ、手首の腱辺りにブレイダを突き刺す。死なれては困るから、切断はしないように注意が必要だ。
「よし、俺の質問に答えろ」
「あぁ? 質問だぁ?」
「ああ、答えたら命は助けてやる」
斬り傷は塞がっていないが、流血は収まっている。それでも失血が多いのか、ジルの返事は朦朧としていた。
「お前らは、何が目的だ?」
「誰が答えるかよ」
「そうか」
リュールはジルの顔面を勢いよく踏みつけた。まともな人間なら、これで命を落とす可能性もある。しかし、人になる剣を持っている限り傷は治ってしまう。
治りかけたところで、再度その顔を踏んだ。まともな人間よりも痛みは軽いはずだが、どこまで耐えられるか。リュールは根気勝負を覚悟していた。
「わかった……話す……」
「意外と早いな」
『情けない男ですね』
七度目に足を振り上げた時、ジルが音を上げた。リュールの口から出たのは、本音だった。
「俺が聞きたいのはみっつだ」
「ああ」
「お前らの目的、魔獣とその剣の正体だ」
「そうかい」
鼻で笑ったジルの顔を、リュールは再度踏みつけた。
「言うって」
「早くしろ」
「俺らの目的は、ルヴィエも言っていただろ。人間の全滅だよ」
「何のためだ?」
リュールは苛立ちを隠せず、突き刺したブレイダを捻った。ジルの顔が苦悶に歪む。
「何の、ためだ?」
「それはな……」
痛みに喘ぎつつも、ジルの顔は半分笑っていた。リュールは直感的にその場を離れようとしたが、既に遅かった。
ブレイダを持った右手に鋭い痛みが走る。手首が中ほどまで切り裂かれていた。一時的に掌から力が抜けた。
『リュール様!』
「くうっ!」
ブレイダの声とほぼ同時に、右手が柄から弾かれた。振り返ったリュールは、若い女の姿を見た。
リュールの腕を蹴り上げた女は、黒紫の髪と黄色い瞳が特徴的だった。
「それはな、俺がてめぇにイラついたからだよぉ!」
倒れたままのジルが高笑いを上げた。
そして、魔獣の足元には町の住人が数名転がっていた。中には若い女もいる。全員息はあるものの、傷だらけでまともに動けない様子だ。
「ちょうどいい長さになったじゃねぇか。あんたの腕、長すぎると思ってたんだよ」
「殺してやる……」
「おいおい、俺を仲間にするんじゃなかったのか?」
「うるせぇ」
リュールの挑発は随分と癇に障ったようだった。その細い目は真っ赤に血走っていた。
「お前、動くなよぉ」
「また不意打ちか?」
「こいつら、殺すぞ」
喉が潰れたようなしゃがれた声と共に、ジルは短剣を振った。合図を受けた魔獣の足が、住民の背中を踏みつける。
悲鳴にもならないくぐもった声が、リュールの耳に入ってきた。どうやら、人質をとったつもりでいるらしい。
「やれよ」
「あぁ?」
リュールは最軽量のブレイダを構えた。人質など意味はない。これまでいったい何人殺してきたと思っているんだ。
躊躇いなく地面を蹴る。ジルの間抜け顔を視界に入れたまま、ブレイダが届く距離まで接近した。
「クソが!」
「どっちが」
『クソですか!』
棒立ちする長身に対し、斜めにブレイダを振り下ろした。左肩口から右脇腹にかけて、まっすぐに線が入った。リュールはそのまま動きを止めず、住民を押さえる魔獣にブレイダを向ける。
「やれるもんなら、やってみろよ」
ジルの傷から血液が吹き出すまでの間に、リュールは五体の魔獣を十個に分断していた。
「あああああ」
「ち、聞こえてねぇか」
叫び声を上げながら、ジルは地面に倒れ込んだ。人になる剣で斬られた傷は、通常の傷よりも治りにくい。とはいえ、すぐに絶命するようなことはないはずだ。
短剣を握ったままの左手を踏みつけ、手首の腱辺りにブレイダを突き刺す。死なれては困るから、切断はしないように注意が必要だ。
「よし、俺の質問に答えろ」
「あぁ? 質問だぁ?」
「ああ、答えたら命は助けてやる」
斬り傷は塞がっていないが、流血は収まっている。それでも失血が多いのか、ジルの返事は朦朧としていた。
「お前らは、何が目的だ?」
「誰が答えるかよ」
「そうか」
リュールはジルの顔面を勢いよく踏みつけた。まともな人間なら、これで命を落とす可能性もある。しかし、人になる剣を持っている限り傷は治ってしまう。
治りかけたところで、再度その顔を踏んだ。まともな人間よりも痛みは軽いはずだが、どこまで耐えられるか。リュールは根気勝負を覚悟していた。
「わかった……話す……」
「意外と早いな」
『情けない男ですね』
七度目に足を振り上げた時、ジルが音を上げた。リュールの口から出たのは、本音だった。
「俺が聞きたいのはみっつだ」
「ああ」
「お前らの目的、魔獣とその剣の正体だ」
「そうかい」
鼻で笑ったジルの顔を、リュールは再度踏みつけた。
「言うって」
「早くしろ」
「俺らの目的は、ルヴィエも言っていただろ。人間の全滅だよ」
「何のためだ?」
リュールは苛立ちを隠せず、突き刺したブレイダを捻った。ジルの顔が苦悶に歪む。
「何の、ためだ?」
「それはな……」
痛みに喘ぎつつも、ジルの顔は半分笑っていた。リュールは直感的にその場を離れようとしたが、既に遅かった。
ブレイダを持った右手に鋭い痛みが走る。手首が中ほどまで切り裂かれていた。一時的に掌から力が抜けた。
『リュール様!』
「くうっ!」
ブレイダの声とほぼ同時に、右手が柄から弾かれた。振り返ったリュールは、若い女の姿を見た。
リュールの腕を蹴り上げた女は、黒紫の髪と黄色い瞳が特徴的だった。
「それはな、俺がてめぇにイラついたからだよぉ!」
倒れたままのジルが高笑いを上げた。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説


Link's
黒砂糖デニーロ
ファンタジー
この世界には二つの存在がいる。
人類に仇なす不死の生物、"魔属”
そして魔属を殺せる唯一の異能者、"勇者”
人類と魔族の戦いはすでに千年もの間、続いている――
アオイ・イリスは人類の脅威と戦う勇者である。幼馴染のレン・シュミットはそんな彼女を聖剣鍛冶師として支える。
ある日、勇者連続失踪の調査を依頼されたアオイたち。ただの調査のはずが、都市存亡の戦いと、その影に蠢く陰謀に巻き込まれることに。
やがてそれは、世界の命運を分かつ事態に――
猪突猛進型少女の勇者と、気苦労耐えない幼馴染が繰り広げる怒涛のバトルアクション!

どーも、反逆のオッサンです
わか
ファンタジー
簡単なあらすじ オッサン異世界転移する。 少し詳しいあらすじ 異世界転移したオッサン...能力はスマホ。森の中に転移したオッサンがスマホを駆使して普通の生活に向けひたむきに行動するお話。 この小説は、小説家になろう様、カクヨム様にて同時投稿しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる