42 / 86
第3章 開戦
第40話『斬ってしまいましょう!』
しおりを挟む
ルヴィエの他にも、傭兵団の生き残りがいた。それだけでなく、奴は魔獣を従えるような動きを見せている。
混乱しつつも、体はしっかりと危険に反応していた。ブレイダを持っている間は特に、戦いの空気に敏感になるような感覚がある。
「どういうことだ!」
一頭の魔獣を斬り捨てつつ、リュールは叫んだ。当のジルは、にやにやといやらしい笑みを浮かべ続けている。
「わかるだろぉ?」
魔獣を盾にするようにして、ジルが接近する。蛇のような腕をしならせ、リュールに向けて短剣を振る。
「ちっ!」
リュールは咄嗟に重量を増したブレイダで、黒紫の刃を受け止めようと構えた。軽いままでは弾かれることを想定しての対応だ。
逆に弾き返し、腹に蹴りの一発をお見舞するつもりでいた。しかし、ジルの動きは想像以上に速かった。
ブレイダに接触する直前、短剣は軌道を変えた。リュールの心臓をめがけ、真っ直ぐに突き出される。いくら軽い短剣といえども、この動きは予想できなかった。まるで、重さが無いようにすら感じられた。
「くっ!」
瞬間、リュールは体を捻る。なんとか心臓は避けたが、胸から肩にかけて浅く切り裂かれた。かろうじて残っていた革の胸当てを無視するような、鋭い切れ味だった。
ジルの短剣は、再び奇妙な動きでリュールに向かう。体勢を崩しつつも、なんとかブレイダの剣身で受け止めた。
『やらせません!』
『死ね』
白銀の刃と黒紫の刃が接触した瞬間、リュールの耳にふたつの声が聞こえてきた。ひとつは今となっては聞き慣れたブレイダの声だ。そして、もうひとつは知らない女の低い声。
間合いを取るため、後方に飛び下がる。一瞬の攻防で、リュールの疑念は確信に変わった。
『リュール様、あの短剣!』
「だろうな」
胸の傷からは、未だ血が滴り続けている。徐々に塞がってきているが、その速度はこれまでの傷よりも遅い。
あれは間違いなくブレイダの同類だ。レピアとも同じく、名を呼べば人の姿になるだろう。
『後ろです!』
「おう」
三方向から飛びかかる魔獣を、一振で葬る。ただの魔獣では、もはやリュールとブレイダの敵ではない。
「あ、ようやく気付いたかぁ?」
そのタイミングを狙ってくるのはわかっていた。リュールは体勢を低くし、敢えてジルに向け突っ込んだ。
短剣が頬をかすめるが、気にすることではない。ブレイダを持っていない左の掌を突き出し、ジルの顔面を捉えた。
「ふん!」
全力で頭を握りつつ、そのまま地面に叩きつける。
「ぎゃっ!」
醜い悲鳴が上がり、鼻の骨が折れたような感触が伝わるが無視をした。意思のある剣を持った者に、この程度の怪我にさほど意味はない。その証拠に、掌に鼻の感触が戻りつつあった。
ただしそれも、奴が右手に握っている短剣があればこそだ。敵意を向けるのであれば、かつての仲間でも容赦する気はなかった。
『斬ってしまいましょう!』
「だな」
ブレイダの提案のまま、リュールはジルの右肘から先を斬り落とした。
「ああああああああ!」
月明かりの中、ジルの絶叫が響き渡る。
「おい、死にたくなかったら全部説明しろ。あと町への攻撃をやめろ」
ジルの右腋を左手で握り、簡単に止血する。このまま放っておけば、間もなく失血で命を落とすだろう。
「て、てめぇ、殺して、や」
「あ?」
こちらを睨みつけるジルの顔、リュールは勢いを付けて頭突きする。完全に潰れた鼻から血が吹き出した。
『リュール様!』
「ああ」
後ろから飛びかかる魔獣を気配だけで認識し、ブレイダを振る。獣の悲鳴と撒き散らされる血の臭いが、リュールをより研ぎ澄ますようだった。
「あ、ゆる、し」
「うるせぇな」
『殺っちゃいますか』
「もう話せなさそうだしな」
こんな奴を相手にするよりも、町に急がねばならない。リュールは左手の力を抜き、立ち上がる。
地面に転がるジルは、大量の血を流し意識が朦朧としているようだった。
「リ、リュ……」
「黙れ」
『永遠に!』
リュールはジルの心臓にブレイダを突き立てようと振り上げた。
「ちょっと待ってくれ、リュール」
暗がりから、リュールを呼ぶ声。ブレイダを振り上げたまま、リュールは声の主に目を向けた。
「そりゃ、そうだよな」
親友の手には大剣が握られていた。闇に溶け込むような黒紫の刃は、重さなど無いように見えた。
混乱しつつも、体はしっかりと危険に反応していた。ブレイダを持っている間は特に、戦いの空気に敏感になるような感覚がある。
「どういうことだ!」
一頭の魔獣を斬り捨てつつ、リュールは叫んだ。当のジルは、にやにやといやらしい笑みを浮かべ続けている。
「わかるだろぉ?」
魔獣を盾にするようにして、ジルが接近する。蛇のような腕をしならせ、リュールに向けて短剣を振る。
「ちっ!」
リュールは咄嗟に重量を増したブレイダで、黒紫の刃を受け止めようと構えた。軽いままでは弾かれることを想定しての対応だ。
逆に弾き返し、腹に蹴りの一発をお見舞するつもりでいた。しかし、ジルの動きは想像以上に速かった。
ブレイダに接触する直前、短剣は軌道を変えた。リュールの心臓をめがけ、真っ直ぐに突き出される。いくら軽い短剣といえども、この動きは予想できなかった。まるで、重さが無いようにすら感じられた。
「くっ!」
瞬間、リュールは体を捻る。なんとか心臓は避けたが、胸から肩にかけて浅く切り裂かれた。かろうじて残っていた革の胸当てを無視するような、鋭い切れ味だった。
ジルの短剣は、再び奇妙な動きでリュールに向かう。体勢を崩しつつも、なんとかブレイダの剣身で受け止めた。
『やらせません!』
『死ね』
白銀の刃と黒紫の刃が接触した瞬間、リュールの耳にふたつの声が聞こえてきた。ひとつは今となっては聞き慣れたブレイダの声だ。そして、もうひとつは知らない女の低い声。
間合いを取るため、後方に飛び下がる。一瞬の攻防で、リュールの疑念は確信に変わった。
『リュール様、あの短剣!』
「だろうな」
胸の傷からは、未だ血が滴り続けている。徐々に塞がってきているが、その速度はこれまでの傷よりも遅い。
あれは間違いなくブレイダの同類だ。レピアとも同じく、名を呼べば人の姿になるだろう。
『後ろです!』
「おう」
三方向から飛びかかる魔獣を、一振で葬る。ただの魔獣では、もはやリュールとブレイダの敵ではない。
「あ、ようやく気付いたかぁ?」
そのタイミングを狙ってくるのはわかっていた。リュールは体勢を低くし、敢えてジルに向け突っ込んだ。
短剣が頬をかすめるが、気にすることではない。ブレイダを持っていない左の掌を突き出し、ジルの顔面を捉えた。
「ふん!」
全力で頭を握りつつ、そのまま地面に叩きつける。
「ぎゃっ!」
醜い悲鳴が上がり、鼻の骨が折れたような感触が伝わるが無視をした。意思のある剣を持った者に、この程度の怪我にさほど意味はない。その証拠に、掌に鼻の感触が戻りつつあった。
ただしそれも、奴が右手に握っている短剣があればこそだ。敵意を向けるのであれば、かつての仲間でも容赦する気はなかった。
『斬ってしまいましょう!』
「だな」
ブレイダの提案のまま、リュールはジルの右肘から先を斬り落とした。
「ああああああああ!」
月明かりの中、ジルの絶叫が響き渡る。
「おい、死にたくなかったら全部説明しろ。あと町への攻撃をやめろ」
ジルの右腋を左手で握り、簡単に止血する。このまま放っておけば、間もなく失血で命を落とすだろう。
「て、てめぇ、殺して、や」
「あ?」
こちらを睨みつけるジルの顔、リュールは勢いを付けて頭突きする。完全に潰れた鼻から血が吹き出した。
『リュール様!』
「ああ」
後ろから飛びかかる魔獣を気配だけで認識し、ブレイダを振る。獣の悲鳴と撒き散らされる血の臭いが、リュールをより研ぎ澄ますようだった。
「あ、ゆる、し」
「うるせぇな」
『殺っちゃいますか』
「もう話せなさそうだしな」
こんな奴を相手にするよりも、町に急がねばならない。リュールは左手の力を抜き、立ち上がる。
地面に転がるジルは、大量の血を流し意識が朦朧としているようだった。
「リ、リュ……」
「黙れ」
『永遠に!』
リュールはジルの心臓にブレイダを突き立てようと振り上げた。
「ちょっと待ってくれ、リュール」
暗がりから、リュールを呼ぶ声。ブレイダを振り上げたまま、リュールは声の主に目を向けた。
「そりゃ、そうだよな」
親友の手には大剣が握られていた。闇に溶け込むような黒紫の刃は、重さなど無いように見えた。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説


Link's
黒砂糖デニーロ
ファンタジー
この世界には二つの存在がいる。
人類に仇なす不死の生物、"魔属”
そして魔属を殺せる唯一の異能者、"勇者”
人類と魔族の戦いはすでに千年もの間、続いている――
アオイ・イリスは人類の脅威と戦う勇者である。幼馴染のレン・シュミットはそんな彼女を聖剣鍛冶師として支える。
ある日、勇者連続失踪の調査を依頼されたアオイたち。ただの調査のはずが、都市存亡の戦いと、その影に蠢く陰謀に巻き込まれることに。
やがてそれは、世界の命運を分かつ事態に――
猪突猛進型少女の勇者と、気苦労耐えない幼馴染が繰り広げる怒涛のバトルアクション!
ダンジョン美食倶楽部
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。
身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。
配信で明るみになる、洋一の隠された技能。
素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。
一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。
※カクヨム様で先行公開中!
※2024年3月21で第一部完!

どーも、反逆のオッサンです
わか
ファンタジー
簡単なあらすじ オッサン異世界転移する。 少し詳しいあらすじ 異世界転移したオッサン...能力はスマホ。森の中に転移したオッサンがスマホを駆使して普通の生活に向けひたむきに行動するお話。 この小説は、小説家になろう様、カクヨム様にて同時投稿しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる