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第1章 ブレイダ
第12話「私はリュール様の物でありたいのです」
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風呂上がりには、宿の食堂で軽く食事をとった。猪肉と野菜を煮込んだスープと、焼きたてのパン。それなりに豪勢なメニューだった。
少女は上手く食べる演技をした。
部屋は狭くも広くもなく、一般的な作りだ。二人部屋ということもあり、ベッドはふたつ。藁ではなく綿を詰めた布団が敷いてあるのは、宿泊代相応だと思えた。
「いいお部屋ですね、リュール様」
「そうだな」
濡れた髪に空気を送りつつ、少女が無理にはしゃいだ声を出した。左手には赤い髪紐が握られている。少女の長髪を見た受付の女性が、気を利かせて渡したものだ。
「ふぅ」
荷物を床に下ろし、ベッドに座って一息つく。柔らかい寝床はいいものだと感じた。とりあえずは問題ないが、手持ちの金には限りがある。なんとか稼ぎ口を見つけなければならない。それと、少女の引き受け先も。
「リュール様」
「なんだ?」
リュールの服を着た少女は立ち尽くしたまま、朱色の瞳を彼に向ける。そこには、恥じらいと困惑が浮かんでいるようだった。
身体の線は見えずとも、瑞々しい肉体は隠しきれていなかった。
「あの、先程の話ですが」
「先程?」
「私が、人に見えると」
「ああ、それか」
まじまじと見つめられると、やはり無性に照れてしまう。リュールは視線を外した。
「えっと、それは、私を女として意識しているということでしょうか?」
「まぁ、それもあるな」
「そうですか……なんと言ったらいいか」
「うーん、そうだな」
「私は剣です。リュール様の武器なのです。でも、この姿は、剣ではありません」
「そうだな」
「それはそれで、とっても嬉しくて、照れてしまうのですけど、やっぱり本来の私ではないのです」
リュールは少女が困惑する理由がわかるような気がした。剣として持ち主に仕えていたつもりが、女として扱われる。
本来の在り方と違う扱いをされるのだ。しかも、自分の意思とは関係なく。だからリュールは、どう返答すべきかわからなかった。
「それでも、私はリュール様の物でありたいのです」
少女は半乾きの髪を、後頭部で括った。赤い髪紐が銀髪によく映えていた。リュールはそれを美しいと思った。
「剣でいられないのなら、どんなことでも構いません。私を使ってください」
「そうか」
「なんでもしますよ。殺しもできますし、働きに出ることも。それに、食事もいらないのでお金もあんまりかかりませんよ」
「そうか」
「はい、どうか、お願いします」
おそらく少女は、リュールの腹積もりをわかっていた。この町に置き去りにされると勘づいていたのだろう。だから必死に自身をアピールしている。
「とりあえず、今日は休もう」
「はい……」
服を緩めてベッドに寝転がったリュールは、未だ立ち尽くす少女に目をやった。何度見ても、人間としか見えない。リュールには、少女を悲しませる趣味はなかった。
それに、愛用の大剣を手離したいとも思えない。一時でも他人に預けようと考えたことを後悔していた。
「明日は仕事を探すぞ。言うからには手伝ってくれよ」
「は、はいっ!」
「寝るぞ。休める時には休むのは大事なことだからな」
「はい! おやすみなさいリュール様」
「ああ、おやすみ」
深夜、もぞもぞとベッドに少女が入ってきたが、リュールは気付かないふりをした。
これから共に過ごすのなら、名前くらい決めてやはないといけない。まどろみの中、そんなことを考えて、ふと思い付いた名を呟いてみた。
少女は上手く食べる演技をした。
部屋は狭くも広くもなく、一般的な作りだ。二人部屋ということもあり、ベッドはふたつ。藁ではなく綿を詰めた布団が敷いてあるのは、宿泊代相応だと思えた。
「いいお部屋ですね、リュール様」
「そうだな」
濡れた髪に空気を送りつつ、少女が無理にはしゃいだ声を出した。左手には赤い髪紐が握られている。少女の長髪を見た受付の女性が、気を利かせて渡したものだ。
「ふぅ」
荷物を床に下ろし、ベッドに座って一息つく。柔らかい寝床はいいものだと感じた。とりあえずは問題ないが、手持ちの金には限りがある。なんとか稼ぎ口を見つけなければならない。それと、少女の引き受け先も。
「リュール様」
「なんだ?」
リュールの服を着た少女は立ち尽くしたまま、朱色の瞳を彼に向ける。そこには、恥じらいと困惑が浮かんでいるようだった。
身体の線は見えずとも、瑞々しい肉体は隠しきれていなかった。
「あの、先程の話ですが」
「先程?」
「私が、人に見えると」
「ああ、それか」
まじまじと見つめられると、やはり無性に照れてしまう。リュールは視線を外した。
「えっと、それは、私を女として意識しているということでしょうか?」
「まぁ、それもあるな」
「そうですか……なんと言ったらいいか」
「うーん、そうだな」
「私は剣です。リュール様の武器なのです。でも、この姿は、剣ではありません」
「そうだな」
「それはそれで、とっても嬉しくて、照れてしまうのですけど、やっぱり本来の私ではないのです」
リュールは少女が困惑する理由がわかるような気がした。剣として持ち主に仕えていたつもりが、女として扱われる。
本来の在り方と違う扱いをされるのだ。しかも、自分の意思とは関係なく。だからリュールは、どう返答すべきかわからなかった。
「それでも、私はリュール様の物でありたいのです」
少女は半乾きの髪を、後頭部で括った。赤い髪紐が銀髪によく映えていた。リュールはそれを美しいと思った。
「剣でいられないのなら、どんなことでも構いません。私を使ってください」
「そうか」
「なんでもしますよ。殺しもできますし、働きに出ることも。それに、食事もいらないのでお金もあんまりかかりませんよ」
「そうか」
「はい、どうか、お願いします」
おそらく少女は、リュールの腹積もりをわかっていた。この町に置き去りにされると勘づいていたのだろう。だから必死に自身をアピールしている。
「とりあえず、今日は休もう」
「はい……」
服を緩めてベッドに寝転がったリュールは、未だ立ち尽くす少女に目をやった。何度見ても、人間としか見えない。リュールには、少女を悲しませる趣味はなかった。
それに、愛用の大剣を手離したいとも思えない。一時でも他人に預けようと考えたことを後悔していた。
「明日は仕事を探すぞ。言うからには手伝ってくれよ」
「は、はいっ!」
「寝るぞ。休める時には休むのは大事なことだからな」
「はい! おやすみなさいリュール様」
「ああ、おやすみ」
深夜、もぞもぞとベッドに少女が入ってきたが、リュールは気付かないふりをした。
これから共に過ごすのなら、名前くらい決めてやはないといけない。まどろみの中、そんなことを考えて、ふと思い付いた名を呟いてみた。
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