10 / 86
第1章 ブレイダ
第10話「お、女、ですか?」
しおりを挟む
風呂付きの宿は割と簡単に見つかった。この規模の宿場町であれば、そんなに珍しいものではない。
宿泊客での共用ではあるが、時間が被らなければ鍵をかけて個人使用ができる。さすがに集合浴場には連れて行けないため、非常に助かる方式だ。
「二人部屋を三泊で頼む。事情があってな、使った後には湯を交換してほしい」
リュールは受付の中年女性に、通常の倍ほどの宿代を渡した。その後、血まみれの少女をちらりと見せる。
大抵の風呂付き宿は、炊事場の火を活用して湯を温めている場合が多い。それでも、適温の湯は貴重なものだ。ここは、金と同情に頼るのがいいだろう。手持ちは厳しくなるが、穏便に済ます方が優先だとリュールは判断していた。
「あいよ。詳しくは聞かないけど、大事にしてやんなよ」
「ああ、助かるよ」
女性は少女に優しげな笑みを向けた。何かしらの勘違いをされていそうだった。しかし、さほど気にすることではない。
「やっと流せます」
脱衣所に入り施錠したところで、少女は嬉しそうに呟く。
「そうだな」
「錆びてしまいそうで恐ろしかったです」
「いや、だから錆びないって」
「リュール様は意地悪になりました」
柔らかそうな頬を膨らませながら、厚手の外套を脱ぐ。たったそれだけの仕草が艶めかしく見えてしまうのは、彼女の可憐な外見が原因だろう。
「あ、でも、こちらはリュール様の匂いがして素敵でした。ありがとうございます」
「あー、臭かったか」
「いえいえ、私にとっては大変良い香りです」
「返せ」
「えー、残念です」
リュールは少女の手から外套を奪い取った。体臭なのだから仕方ないはずなのに、妙に照れくさかった。
「ではでは、気を取り直して、お願いします」
少女は万遍の笑みを浮かべ、リュールに両手を差し出した。
「なにを?」
「えっ? なにって、鞘から抜いてください」
「鞘って?」
「あー、えっと、今は服になってますね」
「つまり、脱がせろと?」
「はい!」
元気よく頷く少女に、リュールは本日何度目かの頭を抱えた。この少女は、完全に剣という心持ちでいる。その事実に、リュールの感覚は追いついてこなかった。
「いや、自分でやってくれ。俺は待ってるから」
「えっ、洗ってくれないんですか?」
「それは無理だろう」
「ひ、ひどいです……」
拒否の言葉を受けて、少女は涙目になっていった。
「リュール様は、もう私の事、いらないんですね、剣なのに剣じゃないから……」
「いや、そうでなく」
「じゃあ、洗ってください」
「いや、それは無理だ」
「じゃあ、やっぱり……」
平行線の話が続く。このままでは埒が明かないと、リュールは仕方なく本音を語ることにした。
「どう見ても人間の女だから、意識してしまって剣として扱いにくいんだよ」
「ふぇっ?」
リュールの言葉を受け、少女は身体を硬直させた。赤黒く染まっていない部分が、徐々に赤く色づいていく。
「お、お、お、お、お、女、ですか?」
「ああ、そうだよ。文句あるか」
「い、い、い、い、いえ、ないです」
「ならいい」
「あ、あ、あ、あの、私だけで入ってきますね」
「そうしてくれ。ついで、にその服もな」
「は、は、はいっ」
リュールはそのまま後ろを向いた。衣擦れの音が、妙に生々しく耳に届いた。
宿泊客での共用ではあるが、時間が被らなければ鍵をかけて個人使用ができる。さすがに集合浴場には連れて行けないため、非常に助かる方式だ。
「二人部屋を三泊で頼む。事情があってな、使った後には湯を交換してほしい」
リュールは受付の中年女性に、通常の倍ほどの宿代を渡した。その後、血まみれの少女をちらりと見せる。
大抵の風呂付き宿は、炊事場の火を活用して湯を温めている場合が多い。それでも、適温の湯は貴重なものだ。ここは、金と同情に頼るのがいいだろう。手持ちは厳しくなるが、穏便に済ます方が優先だとリュールは判断していた。
「あいよ。詳しくは聞かないけど、大事にしてやんなよ」
「ああ、助かるよ」
女性は少女に優しげな笑みを向けた。何かしらの勘違いをされていそうだった。しかし、さほど気にすることではない。
「やっと流せます」
脱衣所に入り施錠したところで、少女は嬉しそうに呟く。
「そうだな」
「錆びてしまいそうで恐ろしかったです」
「いや、だから錆びないって」
「リュール様は意地悪になりました」
柔らかそうな頬を膨らませながら、厚手の外套を脱ぐ。たったそれだけの仕草が艶めかしく見えてしまうのは、彼女の可憐な外見が原因だろう。
「あ、でも、こちらはリュール様の匂いがして素敵でした。ありがとうございます」
「あー、臭かったか」
「いえいえ、私にとっては大変良い香りです」
「返せ」
「えー、残念です」
リュールは少女の手から外套を奪い取った。体臭なのだから仕方ないはずなのに、妙に照れくさかった。
「ではでは、気を取り直して、お願いします」
少女は万遍の笑みを浮かべ、リュールに両手を差し出した。
「なにを?」
「えっ? なにって、鞘から抜いてください」
「鞘って?」
「あー、えっと、今は服になってますね」
「つまり、脱がせろと?」
「はい!」
元気よく頷く少女に、リュールは本日何度目かの頭を抱えた。この少女は、完全に剣という心持ちでいる。その事実に、リュールの感覚は追いついてこなかった。
「いや、自分でやってくれ。俺は待ってるから」
「えっ、洗ってくれないんですか?」
「それは無理だろう」
「ひ、ひどいです……」
拒否の言葉を受けて、少女は涙目になっていった。
「リュール様は、もう私の事、いらないんですね、剣なのに剣じゃないから……」
「いや、そうでなく」
「じゃあ、洗ってください」
「いや、それは無理だ」
「じゃあ、やっぱり……」
平行線の話が続く。このままでは埒が明かないと、リュールは仕方なく本音を語ることにした。
「どう見ても人間の女だから、意識してしまって剣として扱いにくいんだよ」
「ふぇっ?」
リュールの言葉を受け、少女は身体を硬直させた。赤黒く染まっていない部分が、徐々に赤く色づいていく。
「お、お、お、お、お、女、ですか?」
「ああ、そうだよ。文句あるか」
「い、い、い、い、いえ、ないです」
「ならいい」
「あ、あ、あ、あの、私だけで入ってきますね」
「そうしてくれ。ついで、にその服もな」
「は、は、はいっ」
リュールはそのまま後ろを向いた。衣擦れの音が、妙に生々しく耳に届いた。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説


Link's
黒砂糖デニーロ
ファンタジー
この世界には二つの存在がいる。
人類に仇なす不死の生物、"魔属”
そして魔属を殺せる唯一の異能者、"勇者”
人類と魔族の戦いはすでに千年もの間、続いている――
アオイ・イリスは人類の脅威と戦う勇者である。幼馴染のレン・シュミットはそんな彼女を聖剣鍛冶師として支える。
ある日、勇者連続失踪の調査を依頼されたアオイたち。ただの調査のはずが、都市存亡の戦いと、その影に蠢く陰謀に巻き込まれることに。
やがてそれは、世界の命運を分かつ事態に――
猪突猛進型少女の勇者と、気苦労耐えない幼馴染が繰り広げる怒涛のバトルアクション!

どーも、反逆のオッサンです
わか
ファンタジー
簡単なあらすじ オッサン異世界転移する。 少し詳しいあらすじ 異世界転移したオッサン...能力はスマホ。森の中に転移したオッサンがスマホを駆使して普通の生活に向けひたむきに行動するお話。 この小説は、小説家になろう様、カクヨム様にて同時投稿しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる