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三話「任命式。喝采の拍手に包まれて……」 その2
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任命式は、純香さま、萌さま、つかささま、琴実さまのキングのカルテットが最初にステージに立つことから始まる。
任命式とは、クイーンのカルテットが新人のジャックのカルテットに対し行うある儀式が最初に行われるので、することの少ないキングのカルテットは司会のようなものをやる立場にあるようなのだ。
全校生徒は既に椅子に座り、ステージをじっと見つめていた。
当然客席の視線は、現在ステージに立つ四人に集中する。
「今日は任命式に集まってくださって、ありがとうございます。心から礼を言わせていただきます」
純香さまが最初に丁寧な口調で挨拶を行う。
こうしてみると、やっぱり純香さまは大人びているのが見てとれた。
「今日はね。萌たちの新しい仲間を紹介するんだ。みんなも応援をお願いするね」
「うん。つかさたちの仲間なんだよー。とっても、とっても優しくしてね」
萌さまとつかささまの言葉に、何となく全校生徒の空気も暖かくなった気がした。
僕たちが出やすいようにと、萌さまとつかささまの心配りが感じられる。
「思えば私たちも三年生よね。二年前に初めてこの上に立ったのが昨日のように感じるわ」
琴実さまは何だか感傷的な風に語る。
「そうなんだ。実は萌は頭が真っ白だったから、あのときのことよく覚えてないんだ」
萌さまは軽く当時のことを暴露してしまう。
「つかさも最初のときは緊張して転んじゃったんだよね。凄く恥ずかしかった」
つかささまは当時のことを思い出して、少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
「あら。二人ともそんなに緊張してたの?私と同じでリラックス出来ていたように思ったけれど」
純香さまは少し驚いていた。
どうやら純香さまの落ち着きは昔も今も同じようにあったみたいだ。
「私もそれほど緊張とかそういうのは無かったわよ。思い出としてはとても鮮明に覚えているけど……」
琴実さまも純香さまに同意する。
その様子に少しだけ、つかささまは頬を膨らませていた。
「それは純香や琴実が落ち着きすぎなんだよ。つかさは普通だからね」
「確かにそうだよね。二人とも落ち着きすぎ。って、話がわき道にそれちゃったね。それでは今から萌たちの新しい仲間を紹介するね」
萌さまは脱線しかけていた話を本筋に戻す。
だけど、先ほどのやり取りもきっと予定通りだったんだと思う。
おかげでステージや全校生徒の空気も最初と比べるととても柔らかくなったように思う。
少しでもやりやすいようにと純香さまと萌さまとつかささまと琴実さまの気遣いには本当に強く感謝したい。
「えっと……それでは出てきてもらいます。新しいジャックの四人はそれぞれのクイーンが手をつないで出てきてもらいます。まずは私のクイーンとジャックからです」
純香さまがゆっくりと一度言葉を切って、ゆっくりと吐き出すように名前を呼ぶ。
「スペードのジャック麻井洸夜ちゃん。クイーンの綾河渚と一緒に出てきなさい」
僕の名前だ。
それと同時に渚さまは僕の手を優しく握る。
「それでは洸夜。行きましょう」
「はい」
僕の右手を渚さまの左手が優しく包む。
そして、優しく引っ張られるまま、だけど僕も自信を持って、胸を張ってステージの上へと歩き出す。
僕と渚さまがステージに現れると、客席からは小さくだけど、歓声が聞こえる。
渚さまはそれに応えるかのように手を振っている。
僕もそれに合わせて小さく手を振る。
すると客席の視線は僕の方に集まったような気がする。
いや、気じゃなくて本当に僕に集まったんだろう。
そんな変な確信まで覚えてしまった。
「皆さんこんにちは。綾河渚ですわ。そして彼はわたくしが選んだ……」
そこで渚さまは僕にそっと目配せをする。
僕はそれに気付いてすぐに意味を理解する。
「麻井洸夜です。これからスペードのジャックとして頑張っていきますっ!」
僕は力強くシンプルに簡潔に、客席の全校生徒に挨拶をする。
すると、僕に対し最初よりも更に大きい歓声と声援が沸き起こる。
その様子に僕の中では嬉しさと戸惑いの二つが同居してしまう。
「洸夜ちゃんと渚ちゃんの挨拶凄くよかったよ。だけど、萌の方ももっとすっごいんだから。クローバーのジャックの西崎雪美ちゃん。クイーンのしのぶと一緒に入ってきてね」
萌さまは客席の様子が落ち着いたのを見計らったかのようなタイミングでテンポ良く雪美さんとしのぶさまの紹介を始める。
するとすぐに、雪美さんとしのぶさまは手をつないで……じゃない。
客席からも僕のときとは違った雰囲気の歓声が聞こえる。
それもそのはず。
雪美さんとしのぶさまは手をつないでじゃなくて指を絡めあって、手のひらを重ねあって入場してきた。
その様子に僕もさすがに驚きを隠せない。
「………木陰しのぶよ……………今日はいつもと違って…………騒がしいわ」
しのぶさまが騒がしくした一因なんですよ!
そう突っ込みそうになるのをのど元で抑える。
すると雪美さんがゆっくりと手を放してから、一人で一歩前に出て小さく微笑む。
「始めまして皆さん。一年の西崎雪美と申します。まだ慣れないことが多くて戸惑うことが多いですが、しのぶさまや萌さま、そして他の先輩方や同級生の皆さんに迷惑を掛けないよう、クローバーのジャックとして至力を尽くしたいと思います」
雪美さんは僕とは全然違う、しっかりとした挨拶を行い、最後に小さくお辞儀をする。
そのとてもしっかりとした挨拶に、僕は同級生のはずの雪美さんが少しだけ大人っぽく見えたように感じた。
それは生徒のみんなも同じだったようで、僕のときの歓声ではなく、大きな拍手で雪美さんへの期待を表していた。
その拍手に対し、雪美さんは再度微笑んで小さくお辞儀をする。
しのぶさまもその雪美さんに対する拍手にとても嬉しそうな表情を見せていた。
「雪美ちゃん凄く上品だったよね。それに笑顔が可愛いし、みつきも見惚れちゃったよ。だけどつかさも負けないんだからね。ダイヤのジャックの桜野みつきちゃんとクイーンの水樹聖華。……出番だよー」
つかささまは雪美さんのべた褒めしつつ、明るい話し方で次の順番となるみつきちゃんと聖華さまを呼ぶ。
すると聖華さまとみつきちゃんは腕を組んで入場してくる。
その姿には先ほどの雪美さんとしのぶさまの入場のときとはまた違った雰囲気の歓声が客席から響く。
「皆さんこんにちは。今日は歓声が大きくてとてもいい感じね。私はこういうの好きよ」
聖華さまは組んだ腕を外し、客席を見渡してから一言挨拶をする。そしてそのままみつきちゃんの方に視線を映す。
「はっ、始めまして。みつきです。みつきはハートのジャックとしてとっても頑張りたいです。だからみんなも応援をしてください」
みつきちゃんはオドオドしながらも必死で頑張ろうとしているのは伝わってきた。
それは全校生徒にも届いたらしく、暖かい拍手がみつきちゃんを包んでいた。
「みつきちゃんの頑張り屋さんなところがとても出てたわね。私も可愛いと思うわ。だけど、最後を飾るのは私のところよ。みんなも笑顔で迎えなさい。ダイヤのジャックになる仲野あづさちゃん。ダイヤのクイーンの楓と一緒に入場よ」
琴実さまが振ると、あづささんと楓さまが入場する。
その入場もやはり今までと違って、まるで楓さまがあづささんをダンスにエスコートするかのように、あづささんが楓さまの腕にそっと手を添えて入場してきた。
その様子にまたしても、感じの異なる声援が会場に響き渡る。
「今日はいい天気ね。塚山楓よ。おはよう」
楓さまはそっけないしゃべり方で挨拶をすると、長い金髪の髪を一度手で軽くはらう。
流れるような光る髪に生徒たちも思わず見とれているようだった。
しかし、その流れを切るようにあづささんは一歩前に出る。
その動きに会場の視線はあづささんに集中する。
「始めまして。仲野あづさよ。今日からダイヤのジャックになりますけど………特に言うことはありません。私の今後の動きと働きを見ていただければ言うこともなく分かると思いますので。それでは」
あづささんはそれだけ言うと、挨拶をあっさりと切り上げてしまう。
だけど、客席はそのあづささんの自信溢れる挨拶に妙な興奮のようなものを覚えたようで、大きな熱い声援があづささんに送られた。
その声援もあづささんは特に意に介していないようで、その仕草もまた生徒に大きな興味を与えているようだった。
「んっ、さて。挨拶は終わりましたけど、みんなとても素敵な挨拶だと思います。では次は新たなジャックを正式に確定する儀式に入りたいと思います。クイーンの綾河渚。木陰しのぶ。水樹聖華。塚山楓。以上四名はジャックの証となるジャックのイヤリングをそれぞれの選んだジャックの両耳につけていただきます」
純香さまはなれているかのような動きで任命式を次の段取りとなる儀式へと移行する。
渚さまはポケットから小さな箱を出して、そこからスペードの形を彩ったイヤリングを二つ取り出す。
そのまま純香さまは僕に近づき、僕の耳に純香さまの両手が触れる。
この儀式の際はジャックはクイーンがイヤリングをつけ終わるまで動いてはいけないのが決まりなので、僕は動かずにじっとしている。
だけど、渚さまの顔が僕の顔とくっつきそうなぐらい近くにあるので、頬が赤くなっているのはきっとしょうがないと思う。これだけは我慢しようにも仕方が分からない。
渚さまは僕の右耳から先につけようとしているけど、どうやら少し手こずっているようだった。
少し耳が引っ張られている感覚もある。
だけど、特に痛みは感じてはいない。むしろ、渚さまの手の感触が耳に当たって少し心地よくも感じる。
それに顔があまりにも近くにはるので、渚さまの真剣な表情や目つきも何だか新鮮だった。
全校生徒の前でこんな風に渚さまと顔を近づけあっているのはさすがに恥ずかしいけど、ここだから感じる新しい気持ちとか、ジャックとして見られる立場にある自覚も何となくだけど持てたようにも思える。するとそのタイミングで右耳に少し違った感触が伝わる。
「ふう。右が終わったわ。次は左ね」
どうやら片方の耳が無事につけ終わったみたいだ。
その後左耳の方にも先ほどと同じ渚さまの両手の指先の感触が伝わる。
渚さまの手は心地よく、とても暖かいものだった。
だけど、渚さまは右耳でコツをつかんだらしく、左耳の方は右耳の半分以下の時間であっさりと終わらせてしまった。
「終わったわよ。洸夜」
「あ……ありがとうございます」
あまりにも短い時間がほんの少しだけ残念に思えた。
だけど、他の雪美さんやみつきちゃんやあづささんも僕とほとんど同じようなタイミングで儀式を終えていたので、この儀式自体がそれほど時間をかけてやるものではないんだろうな。
そう思うと、さっきの名残惜しく感じた自分がちょっとだけど、恥ずかしかった。
任命式とは、クイーンのカルテットが新人のジャックのカルテットに対し行うある儀式が最初に行われるので、することの少ないキングのカルテットは司会のようなものをやる立場にあるようなのだ。
全校生徒は既に椅子に座り、ステージをじっと見つめていた。
当然客席の視線は、現在ステージに立つ四人に集中する。
「今日は任命式に集まってくださって、ありがとうございます。心から礼を言わせていただきます」
純香さまが最初に丁寧な口調で挨拶を行う。
こうしてみると、やっぱり純香さまは大人びているのが見てとれた。
「今日はね。萌たちの新しい仲間を紹介するんだ。みんなも応援をお願いするね」
「うん。つかさたちの仲間なんだよー。とっても、とっても優しくしてね」
萌さまとつかささまの言葉に、何となく全校生徒の空気も暖かくなった気がした。
僕たちが出やすいようにと、萌さまとつかささまの心配りが感じられる。
「思えば私たちも三年生よね。二年前に初めてこの上に立ったのが昨日のように感じるわ」
琴実さまは何だか感傷的な風に語る。
「そうなんだ。実は萌は頭が真っ白だったから、あのときのことよく覚えてないんだ」
萌さまは軽く当時のことを暴露してしまう。
「つかさも最初のときは緊張して転んじゃったんだよね。凄く恥ずかしかった」
つかささまは当時のことを思い出して、少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
「あら。二人ともそんなに緊張してたの?私と同じでリラックス出来ていたように思ったけれど」
純香さまは少し驚いていた。
どうやら純香さまの落ち着きは昔も今も同じようにあったみたいだ。
「私もそれほど緊張とかそういうのは無かったわよ。思い出としてはとても鮮明に覚えているけど……」
琴実さまも純香さまに同意する。
その様子に少しだけ、つかささまは頬を膨らませていた。
「それは純香や琴実が落ち着きすぎなんだよ。つかさは普通だからね」
「確かにそうだよね。二人とも落ち着きすぎ。って、話がわき道にそれちゃったね。それでは今から萌たちの新しい仲間を紹介するね」
萌さまは脱線しかけていた話を本筋に戻す。
だけど、先ほどのやり取りもきっと予定通りだったんだと思う。
おかげでステージや全校生徒の空気も最初と比べるととても柔らかくなったように思う。
少しでもやりやすいようにと純香さまと萌さまとつかささまと琴実さまの気遣いには本当に強く感謝したい。
「えっと……それでは出てきてもらいます。新しいジャックの四人はそれぞれのクイーンが手をつないで出てきてもらいます。まずは私のクイーンとジャックからです」
純香さまがゆっくりと一度言葉を切って、ゆっくりと吐き出すように名前を呼ぶ。
「スペードのジャック麻井洸夜ちゃん。クイーンの綾河渚と一緒に出てきなさい」
僕の名前だ。
それと同時に渚さまは僕の手を優しく握る。
「それでは洸夜。行きましょう」
「はい」
僕の右手を渚さまの左手が優しく包む。
そして、優しく引っ張られるまま、だけど僕も自信を持って、胸を張ってステージの上へと歩き出す。
僕と渚さまがステージに現れると、客席からは小さくだけど、歓声が聞こえる。
渚さまはそれに応えるかのように手を振っている。
僕もそれに合わせて小さく手を振る。
すると客席の視線は僕の方に集まったような気がする。
いや、気じゃなくて本当に僕に集まったんだろう。
そんな変な確信まで覚えてしまった。
「皆さんこんにちは。綾河渚ですわ。そして彼はわたくしが選んだ……」
そこで渚さまは僕にそっと目配せをする。
僕はそれに気付いてすぐに意味を理解する。
「麻井洸夜です。これからスペードのジャックとして頑張っていきますっ!」
僕は力強くシンプルに簡潔に、客席の全校生徒に挨拶をする。
すると、僕に対し最初よりも更に大きい歓声と声援が沸き起こる。
その様子に僕の中では嬉しさと戸惑いの二つが同居してしまう。
「洸夜ちゃんと渚ちゃんの挨拶凄くよかったよ。だけど、萌の方ももっとすっごいんだから。クローバーのジャックの西崎雪美ちゃん。クイーンのしのぶと一緒に入ってきてね」
萌さまは客席の様子が落ち着いたのを見計らったかのようなタイミングでテンポ良く雪美さんとしのぶさまの紹介を始める。
するとすぐに、雪美さんとしのぶさまは手をつないで……じゃない。
客席からも僕のときとは違った雰囲気の歓声が聞こえる。
それもそのはず。
雪美さんとしのぶさまは手をつないでじゃなくて指を絡めあって、手のひらを重ねあって入場してきた。
その様子に僕もさすがに驚きを隠せない。
「………木陰しのぶよ……………今日はいつもと違って…………騒がしいわ」
しのぶさまが騒がしくした一因なんですよ!
そう突っ込みそうになるのをのど元で抑える。
すると雪美さんがゆっくりと手を放してから、一人で一歩前に出て小さく微笑む。
「始めまして皆さん。一年の西崎雪美と申します。まだ慣れないことが多くて戸惑うことが多いですが、しのぶさまや萌さま、そして他の先輩方や同級生の皆さんに迷惑を掛けないよう、クローバーのジャックとして至力を尽くしたいと思います」
雪美さんは僕とは全然違う、しっかりとした挨拶を行い、最後に小さくお辞儀をする。
そのとてもしっかりとした挨拶に、僕は同級生のはずの雪美さんが少しだけ大人っぽく見えたように感じた。
それは生徒のみんなも同じだったようで、僕のときの歓声ではなく、大きな拍手で雪美さんへの期待を表していた。
その拍手に対し、雪美さんは再度微笑んで小さくお辞儀をする。
しのぶさまもその雪美さんに対する拍手にとても嬉しそうな表情を見せていた。
「雪美ちゃん凄く上品だったよね。それに笑顔が可愛いし、みつきも見惚れちゃったよ。だけどつかさも負けないんだからね。ダイヤのジャックの桜野みつきちゃんとクイーンの水樹聖華。……出番だよー」
つかささまは雪美さんのべた褒めしつつ、明るい話し方で次の順番となるみつきちゃんと聖華さまを呼ぶ。
すると聖華さまとみつきちゃんは腕を組んで入場してくる。
その姿には先ほどの雪美さんとしのぶさまの入場のときとはまた違った雰囲気の歓声が客席から響く。
「皆さんこんにちは。今日は歓声が大きくてとてもいい感じね。私はこういうの好きよ」
聖華さまは組んだ腕を外し、客席を見渡してから一言挨拶をする。そしてそのままみつきちゃんの方に視線を映す。
「はっ、始めまして。みつきです。みつきはハートのジャックとしてとっても頑張りたいです。だからみんなも応援をしてください」
みつきちゃんはオドオドしながらも必死で頑張ろうとしているのは伝わってきた。
それは全校生徒にも届いたらしく、暖かい拍手がみつきちゃんを包んでいた。
「みつきちゃんの頑張り屋さんなところがとても出てたわね。私も可愛いと思うわ。だけど、最後を飾るのは私のところよ。みんなも笑顔で迎えなさい。ダイヤのジャックになる仲野あづさちゃん。ダイヤのクイーンの楓と一緒に入場よ」
琴実さまが振ると、あづささんと楓さまが入場する。
その入場もやはり今までと違って、まるで楓さまがあづささんをダンスにエスコートするかのように、あづささんが楓さまの腕にそっと手を添えて入場してきた。
その様子にまたしても、感じの異なる声援が会場に響き渡る。
「今日はいい天気ね。塚山楓よ。おはよう」
楓さまはそっけないしゃべり方で挨拶をすると、長い金髪の髪を一度手で軽くはらう。
流れるような光る髪に生徒たちも思わず見とれているようだった。
しかし、その流れを切るようにあづささんは一歩前に出る。
その動きに会場の視線はあづささんに集中する。
「始めまして。仲野あづさよ。今日からダイヤのジャックになりますけど………特に言うことはありません。私の今後の動きと働きを見ていただければ言うこともなく分かると思いますので。それでは」
あづささんはそれだけ言うと、挨拶をあっさりと切り上げてしまう。
だけど、客席はそのあづささんの自信溢れる挨拶に妙な興奮のようなものを覚えたようで、大きな熱い声援があづささんに送られた。
その声援もあづささんは特に意に介していないようで、その仕草もまた生徒に大きな興味を与えているようだった。
「んっ、さて。挨拶は終わりましたけど、みんなとても素敵な挨拶だと思います。では次は新たなジャックを正式に確定する儀式に入りたいと思います。クイーンの綾河渚。木陰しのぶ。水樹聖華。塚山楓。以上四名はジャックの証となるジャックのイヤリングをそれぞれの選んだジャックの両耳につけていただきます」
純香さまはなれているかのような動きで任命式を次の段取りとなる儀式へと移行する。
渚さまはポケットから小さな箱を出して、そこからスペードの形を彩ったイヤリングを二つ取り出す。
そのまま純香さまは僕に近づき、僕の耳に純香さまの両手が触れる。
この儀式の際はジャックはクイーンがイヤリングをつけ終わるまで動いてはいけないのが決まりなので、僕は動かずにじっとしている。
だけど、渚さまの顔が僕の顔とくっつきそうなぐらい近くにあるので、頬が赤くなっているのはきっとしょうがないと思う。これだけは我慢しようにも仕方が分からない。
渚さまは僕の右耳から先につけようとしているけど、どうやら少し手こずっているようだった。
少し耳が引っ張られている感覚もある。
だけど、特に痛みは感じてはいない。むしろ、渚さまの手の感触が耳に当たって少し心地よくも感じる。
それに顔があまりにも近くにはるので、渚さまの真剣な表情や目つきも何だか新鮮だった。
全校生徒の前でこんな風に渚さまと顔を近づけあっているのはさすがに恥ずかしいけど、ここだから感じる新しい気持ちとか、ジャックとして見られる立場にある自覚も何となくだけど持てたようにも思える。するとそのタイミングで右耳に少し違った感触が伝わる。
「ふう。右が終わったわ。次は左ね」
どうやら片方の耳が無事につけ終わったみたいだ。
その後左耳の方にも先ほどと同じ渚さまの両手の指先の感触が伝わる。
渚さまの手は心地よく、とても暖かいものだった。
だけど、渚さまは右耳でコツをつかんだらしく、左耳の方は右耳の半分以下の時間であっさりと終わらせてしまった。
「終わったわよ。洸夜」
「あ……ありがとうございます」
あまりにも短い時間がほんの少しだけ残念に思えた。
だけど、他の雪美さんやみつきちゃんやあづささんも僕とほとんど同じようなタイミングで儀式を終えていたので、この儀式自体がそれほど時間をかけてやるものではないんだろうな。
そう思うと、さっきの名残惜しく感じた自分がちょっとだけど、恥ずかしかった。
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