僕、逃亡中。

いんげん

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親父

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「此処が目的地か?」
「そうです。たぶん、此処が紳一のお墓なんだと思います」

 僕は、名前の無いお墓を指さした。角度を付けて埋め込まれたプレートのお墓には、供えられているものは無かった。桜川さんが、お墓のプレートに触れようとしゃがみ、手錠で繋がれた僕も前屈みになる。僕らの手がひんやりした石に触れた。

「弟、正解だ。まだ近くにいるぞ」
 桜川さんは、声を潜めて言った。ドキンと僕の心臓が跳ねた。
「おびき出すぞ」
「え?」
 どうやって? 僕は桜川さんを覗き込むように首を傾げた。

「海棠夕太郎はどこに居るんだ⁉」
「うわぁ!」
 桜川さんが、繋がった右手で、僕の胸ぐらを掴んだ。体勢を崩した僕は、紳一のお墓の横に尻餅をついた。そして、痛んだ右肘のせいで苦悶の表情を浮かべた。
「痛いっ……ふ、普通に痛い……」
 半泣きになりながら桜川さんを見上げたら、少し申し訳なさそうな目で僕を見下ろしていた。

「他の宛てはないのか? 両腕折られたいのか⁉」
 桜川さんは、迫真の演技で、まるで、そういうシーンを何度も目にしてたみたいに自然だ。
 僕は、警察って、やっぱり危険なお仕事なんだな、と兄の事が心配になった。
「わ、分からないです」
 本当に、他に心当たりもない。僕は、ふるふると頭を振った。
「じゃあ……また、思い出すのを手伝ってやる」
 桜川さんが、ニヤリと笑った。不健康そうな彼の悪い笑顔は、とても凶悪に見えた。これは演技、演技だ。と思うけど、現役警察官の迫力に、背筋が震えた。

「……来た」
「え?」

 桜川さんの視線の先には、ポケットに手を突っ込んだ夕太郎が居た。ダボッとしたスポーツブランドの黒いスウェットに、灰色のパーカーと黒いキャップを被っている。遠目からでも分かる、高身長で手足の長い、抜群のスタイルと、人目を惹く存在感だ。

「あんたのソレは演技だってわかるけど……なんで理斗、マジで怪我してんの?」
 僕らの五メートル程先で止まった夕太郎は、怖い顔で僕の釣られた腕を見た。
「あっ……あ……」
 いざとなると、言葉が出なくて、ただ、じっと夕太郎を見上げた。

「海棠夕太郎だな。お前は、海棠鴻大による、星野剛の殺害に関わっているのか?」
 桜川さんが、僕を抱き寄せるように、立ち上がらせ、僕についた芝を払った。
「は?」
「先ほど、海棠鴻大が、署に出頭してきた。お前も共犯なんだろう?」
 僕は驚いて、桜川さんを見た後に、夕太郎に視線を送った。
 夕太郎は、暫く真顔で動きが止まっていたけれど、すぐに、上体を反らして笑い始めた。

「あはは……何だよソレ……自首? 親父が自首?」
 声が少し上擦っている。ポケットに入っていた夕太郎の手が、顔に当てられ伏せられた。

 親父さんは、裏切ったんじゃなかった。
 夕太郎を庇う為に、証拠品を持って自首したんだ……。

「ああ、息子と会う約束をしていた星野剛は、時間よりも早く現れ、事務所の金目の物を漁り、ソレを見つけ咎めた自分に刃物を持って向かって来た。その際に殺してしまった。そんな趣旨の供述をしているそうだ」
「本当は、お前が殺ったんだろう?」
「兄さん!」
 夕太郎の後ろから銃を構えた兄さんがやって来た。兄に近づこうとする僕を、桜川さんが押しとどめる。
 夕太郎は、チラリと後ろを振り返ったけれど、興味なさそうに此方に向き直って、小さく笑った。その視線は、紳一のお墓に向けられていた。

「何考えてるんだよ……あの人……馬鹿だろう」
 なぁ、お前もそう思うだろう?
 何故か、夕太郎が紳一に問いかけているように思えた。

僕には、今の夕太郎が、少しだけ幼く見えた。あのキャップを取って、金髪の頭をぐしゃぐしゃに撫でてあげたい。

「親だから、庇ってるんだろう?」
 桜川さんが、当たり前の様に言った。
「……」
 夕太郎は、何も答えず目を閉じて上を向いた。唇は噛みしめられて、目元が赤くなっている。

「尚更……おかしいぜ。どうかしてる」
「夕太郎……」
「俺です。星野剛を殺したのは、俺。親父がどんな証拠品を持ってきたのかしらないけど……俺が、カッターナイフでアイツの腹部を刺して殺した。よくある金銭トラブルってやつですよ。その手錠、俺にはめて下さい」
 夕太郎は、すっきりした顔で微笑んで、僕の手にはまる手錠を指さして、両手を突き出した。

「理斗は、どうやって現れたんだ? 何か知っているのか?」
 兄が夕太郎の直ぐ隣までやって来た。拳銃は夕太郎の頭に向けられたままだ。
「理斗は、星野剛の遺体を遺棄してたときに、現れた。紳一の能力は……もう調べたんじゃないの?」
「一時的に物を消す。そう認識している」
 二人が見つめ合って話す中、桜川さんが僕の手錠を外した。そして、ソレが夕太郎の腕にかかった。僕は、胸がとても苦しかった。結局、夕太郎を逮捕に追い込んでしまった。僕が、親父さんの気持ちも無駄にしてしまったのだろうか。申し訳無くて、顔が上げられない。

「桜川警部補、向こうの駐車場に車を止めた。先に理斗と戻っていてくれないか?」
「兄さん⁉ 何する気⁉」
 僕が、ガバッと顔を上げて兄を見ると、兄は、目を見開いていた。ちょっとショックを受けているみたいだった。
「何もしない! 聞きたい事があるだけだ」
 兄さんは、顔を引きつらせて、拳銃をホルスターにしまった。

「……行くぞ」
 桜川さんの手が、僕の背中に回された。僕は後ろ髪を引かれたように、何度も二人を振り返り、駐車場に向かった。

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