僕、逃亡中。

いんげん

文字の大きさ
上 下
36 / 45

再会

しおりを挟む

通話を終えて、呆けた頭で部屋を見回すと、その有様に驚愕した。
 入って来た頃から荒れていたけど、今は、もう戦闘でも行われたようだ。襖は中腹で折れるようにはずれ、懸垂器がなぎ倒した衣裳ケースは割れて、僕が突っ込んだカラーボックスは歪んでいる。ここ、賃貸だよね。修繕費は幾らくらいかかるだろうか。頑張って働かないと。

それにしても、僕は結局、十八歳なのだろうか? 十八歳の僕は、紳一の誕生日に、何らかの手違いで、ここに飛ばされたのかな? 
 ページが切り取られた本みたいに、その辺りの記憶が無い。

「僕が覚えている、紳一の最後の記憶ってなんだろう」
 僕にとっては数ヶ月前なのに、上手く思い出せない。僕の記憶力が悪いのか、消されていた影響なのか。紳一の顔も、何となくしか浮かんでこない。
「うそ、もう一時間経ってるんだ」
 ふと、目に入った夕太郎の目覚まし時計を見て驚いた。
「夕太郎、今どこかな……交友関係多すぎて、何処を探したら良いか分かんないや……」
 ジムの友達、親父さんのところの仕事仲間、夜のお仕事系の友達、荒事仲間、元養い主、僕が知っているのは、夕太郎のほんの一部だ。

「あっ……あ! お墓!」
 もう戻って来ないなら、訪れたりしなかな? そう思いついた時、外から音が聞こえてきた。
「っ!」
 砂利の駐車場に、猛スピードの車が入って来た。兄さんだろうか?
 窓を覗き込みたいけれど、動けない。バタン、バタンと車のドアが閉まる音が二つ聞こえた。軽快な足音が階段を駆け上がり、登り切った所で止まった。そうか、二階とまでしか伝えてない。

「に、兄さん!」
 自分は此処だと、玄関の方に向かって叫ぶ。すると、外から「おい、松山!」と焦った声が聞こえてきて、ドアが衝撃音と共に蹴破られ、上の蝶番が吹き飛び、壊れて開いた。

 鍵、開いてたのに……余計な一言を飲み込んで、現れた兄さんを見つめた。

 確かに、十年の月日を感じた。元から精悍で格好いい兄だったけれど、今は大人の色気みたいなものすら感じる。逞しい体を乱れたスーツで覆い隠す、まさに完成された男だった。警察官としての過酷な任務を重ねた為か、相手に有無を言わせない威圧感がある。そんな、鋭い眼差しが、僕を捉えると、途端に泣き出しそうな顔に変わった。

「理斗……」
 兄さんが、革靴のまま僕の側まで駆け寄ってくる。兄の後ろには、背が高くて細い男性が現れ、兄が蹴り壊したドアに眉を寄せ、部屋の惨状に目を見開いた。

「だ、大丈夫か……くそっ……何でこんな……あぁ……」
 兄は、僕の目の前に膝をついて、長い腕を広げ、彷徨わせた。僕の事を見て、とても哀れな顔をしている。
「兄さん……これ、取って」
「あっ……ああ……ど、どうすれば……痛くなくとれるんだ……おま……肘どうしたんだ⁉」
 兄さんが、大きな体を小さくして、オロオロと僕の事を観察している。
「しかも……本当に、全然変わってない……」
 兄さんの手が、僕の頬に怖々と触れた。兄さんは何処まで知っているのだろうか。僕が全然年を取ってないことを気味悪く思うだろうか。

「おい、松山。はさみとナイフ、どっちにする」
 エリート然とした男性が、右手に果物ナイフ、左手にはさみを持って現れた。兄さんが、僕の手首と刃物を何度も見比べて、頭を抱えた。

「お前……何時もの情け容赦なさは何処だよ……躊躇無く発砲してるだろう……もう、どけ!」
 兄を押しのけた彼がナイフを横に置いて、はさみを構えた。
「あっ、ありがとうございます……僕、弟の……」
「理斗くんだろ。もう君のプロフィールも全部頭に入ってる。俺は、松山警部補と同じチームで働いている桜川だ」
「あ、兄が、いつもお世話になっています」
 言ってみて、何だか妙で笑ってしまった。十年も会ってなかったくせにと自分で思った。桜川さんも、小さく笑い、僕と懸垂器を繋ぐ部分を、はさみでザクザク切り始めた。兄はいつの間にか、僕の背後に回り、僕の肩を抱きながら、その様子を見守った。

「これをやったのは……海棠夕太郎だな」
「えっ! どうして? いっ……たぁ」
「理斗⁉」
 手首同士はまだ拘束されているけれど、支柱から解放され、動かした肘が痛む。背中を支えてくれた兄さんが、泣きそうな顔をしている。

「特殊能力班だからな。で、海棠夕太郎は何処へ行ったんだ? なぜ、こんな事態に?」
 桜川さんが、今度は手首の間の紐に慎重にはさみを入れた。
「あの……それは……」
 夕太郎は、すでに指名手配されてしまったのだろうか? 窺うように桜川警部補を見上げた。もしも、彼が心を読むタイプの能力者だったら……。

「海棠夕太郎が、理斗を今まで拘束して、こんな怪我まで負わせたのか?」
 切り離されたビニール紐を、兄さんが丁寧に外してくれている。
「……あの、詳しい話は移動しながらでも良い? 僕、一箇所だけ夕太郎の行きそうな場所を知ってて……まだ、聞きたい事が一杯あるんだ」
「冗談だろう。理斗はこのまま病院だ。場所を教えろ。所轄を呼んで傷害容疑で逮捕する」
 まだ、殺人容疑じゃないんだ。ほっとしたような、大きな秘密を抱えてしまったような、複雑な気分だった。

「でも、早く行かないと! じゃあ、待ってて。僕、見てきたら戻ってくるから!」
 さっと立ち上がると、あっちこっち痛くて、一瞬止まったけど、気合いを入れた。
「冗談を言うな」
 兄さんが、僕の目の前に回り込んで進路を塞いだ。その眼差しは険しく、怒っている。

「松山理斗、お前も大概、こいつの弟だな……やっぱり、悪魔の弟は、小悪魔だった」
 ため息をついた桜川さんが、立ち上がった。
「とりあえず、海棠夕太郎を追う。それで見つからなければ、そのまま病院だ。良いな?」
 桜川さんの提案に、はい。と答えたけれど。何とか途中で二人を捲く方法がないかと頭を悩ませた。
「……」
 もう、自分が行き当たりばったりで、行動が矛盾しまくっていて解決策が見当たらなかった。
 夕太郎には会いたい。でも、逮捕されてほしい訳じゃ無い。ただ、兄さんの立場を考えると、全部話して、捜査に協力するべきだ。
 大声を上げて頭を掻きむしりたいのを我慢して、唇を噛みしめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

女装趣味がバレてイケメン優等生のオモチャになりました

都茉莉
BL
仁科幸成15歳、趣味−−女装。 うっかり女装バレし、クラスメイト・宮下秀次に脅されて、オモチャと称され振り回される日々が始まった。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

可愛い男の子が実はタチだった件について。

桜子あんこ
BL
イケメンで女にモテる男、裕也(ゆうや)と可愛くて男にモテる、凛(りん)が付き合い始め、裕也は自分が抱く側かと思っていた。 可愛いS攻め×快楽に弱い男前受け

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

僕の兄は◯◯です。

山猫
BL
容姿端麗、才色兼備で周囲に愛される兄と、両親に出来損ない扱いされ、疫病除けだと存在を消された弟。 兄の監視役兼影のお守りとして両親に無理やり決定づけられた有名男子校でも、異性同性関係なく堕としていく兄を遠目から見守って(鼻ほじりながら)いた弟に、急な転機が。 「僕の弟を知らないか?」 「はい?」 これは王道BL街道を爆走中の兄を躱しつつ、時には巻き込まれ、時にはシリアス(?)になる弟の観察ストーリーである。 文章力ゼロの思いつきで更新しまくっているので、誤字脱字多し。広い心で閲覧推奨。 ちゃんとした小説を望まれる方は辞めた方が良いかも。 ちょっとした笑い、息抜きにBLを好む方向けです! ーーーーーーーー✂︎ この作品は以前、エブリスタで連載していたものです。エブリスタの投稿システムに慣れることが出来ず、此方に移行しました。 今後、こちらで更新再開致しますのでエブリスタで見たことあるよ!って方は、今後ともよろしくお願い致します。

愛して、許して、一緒に堕ちて・オメガバース【完結】

華周夏
BL
Ωの身体を持ち、αの力も持っている『奏』生まれた時から研究所が彼の世界。ある『特殊な』能力を持つ。 そんな彼は何より賢く、美しかった。 財閥の御曹司とは名ばかりで、その特異な身体のため『ドクター』の庇護のもと、実験体のように扱われていた。 ある『仕事』のために寮つきの高校に編入する奏を待ち受けるものは?

処理中です...