僕、逃亡中。

いんげん

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再会

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通話を終えて、呆けた頭で部屋を見回すと、その有様に驚愕した。
 入って来た頃から荒れていたけど、今は、もう戦闘でも行われたようだ。襖は中腹で折れるようにはずれ、懸垂器がなぎ倒した衣裳ケースは割れて、僕が突っ込んだカラーボックスは歪んでいる。ここ、賃貸だよね。修繕費は幾らくらいかかるだろうか。頑張って働かないと。

それにしても、僕は結局、十八歳なのだろうか? 十八歳の僕は、紳一の誕生日に、何らかの手違いで、ここに飛ばされたのかな? 
 ページが切り取られた本みたいに、その辺りの記憶が無い。

「僕が覚えている、紳一の最後の記憶ってなんだろう」
 僕にとっては数ヶ月前なのに、上手く思い出せない。僕の記憶力が悪いのか、消されていた影響なのか。紳一の顔も、何となくしか浮かんでこない。
「うそ、もう一時間経ってるんだ」
 ふと、目に入った夕太郎の目覚まし時計を見て驚いた。
「夕太郎、今どこかな……交友関係多すぎて、何処を探したら良いか分かんないや……」
 ジムの友達、親父さんのところの仕事仲間、夜のお仕事系の友達、荒事仲間、元養い主、僕が知っているのは、夕太郎のほんの一部だ。

「あっ……あ! お墓!」
 もう戻って来ないなら、訪れたりしなかな? そう思いついた時、外から音が聞こえてきた。
「っ!」
 砂利の駐車場に、猛スピードの車が入って来た。兄さんだろうか?
 窓を覗き込みたいけれど、動けない。バタン、バタンと車のドアが閉まる音が二つ聞こえた。軽快な足音が階段を駆け上がり、登り切った所で止まった。そうか、二階とまでしか伝えてない。

「に、兄さん!」
 自分は此処だと、玄関の方に向かって叫ぶ。すると、外から「おい、松山!」と焦った声が聞こえてきて、ドアが衝撃音と共に蹴破られ、上の蝶番が吹き飛び、壊れて開いた。

 鍵、開いてたのに……余計な一言を飲み込んで、現れた兄さんを見つめた。

 確かに、十年の月日を感じた。元から精悍で格好いい兄だったけれど、今は大人の色気みたいなものすら感じる。逞しい体を乱れたスーツで覆い隠す、まさに完成された男だった。警察官としての過酷な任務を重ねた為か、相手に有無を言わせない威圧感がある。そんな、鋭い眼差しが、僕を捉えると、途端に泣き出しそうな顔に変わった。

「理斗……」
 兄さんが、革靴のまま僕の側まで駆け寄ってくる。兄の後ろには、背が高くて細い男性が現れ、兄が蹴り壊したドアに眉を寄せ、部屋の惨状に目を見開いた。

「だ、大丈夫か……くそっ……何でこんな……あぁ……」
 兄は、僕の目の前に膝をついて、長い腕を広げ、彷徨わせた。僕の事を見て、とても哀れな顔をしている。
「兄さん……これ、取って」
「あっ……ああ……ど、どうすれば……痛くなくとれるんだ……おま……肘どうしたんだ⁉」
 兄さんが、大きな体を小さくして、オロオロと僕の事を観察している。
「しかも……本当に、全然変わってない……」
 兄さんの手が、僕の頬に怖々と触れた。兄さんは何処まで知っているのだろうか。僕が全然年を取ってないことを気味悪く思うだろうか。

「おい、松山。はさみとナイフ、どっちにする」
 エリート然とした男性が、右手に果物ナイフ、左手にはさみを持って現れた。兄さんが、僕の手首と刃物を何度も見比べて、頭を抱えた。

「お前……何時もの情け容赦なさは何処だよ……躊躇無く発砲してるだろう……もう、どけ!」
 兄を押しのけた彼がナイフを横に置いて、はさみを構えた。
「あっ、ありがとうございます……僕、弟の……」
「理斗くんだろ。もう君のプロフィールも全部頭に入ってる。俺は、松山警部補と同じチームで働いている桜川だ」
「あ、兄が、いつもお世話になっています」
 言ってみて、何だか妙で笑ってしまった。十年も会ってなかったくせにと自分で思った。桜川さんも、小さく笑い、僕と懸垂器を繋ぐ部分を、はさみでザクザク切り始めた。兄はいつの間にか、僕の背後に回り、僕の肩を抱きながら、その様子を見守った。

「これをやったのは……海棠夕太郎だな」
「えっ! どうして? いっ……たぁ」
「理斗⁉」
 手首同士はまだ拘束されているけれど、支柱から解放され、動かした肘が痛む。背中を支えてくれた兄さんが、泣きそうな顔をしている。

「特殊能力班だからな。で、海棠夕太郎は何処へ行ったんだ? なぜ、こんな事態に?」
 桜川さんが、今度は手首の間の紐に慎重にはさみを入れた。
「あの……それは……」
 夕太郎は、すでに指名手配されてしまったのだろうか? 窺うように桜川警部補を見上げた。もしも、彼が心を読むタイプの能力者だったら……。

「海棠夕太郎が、理斗を今まで拘束して、こんな怪我まで負わせたのか?」
 切り離されたビニール紐を、兄さんが丁寧に外してくれている。
「……あの、詳しい話は移動しながらでも良い? 僕、一箇所だけ夕太郎の行きそうな場所を知ってて……まだ、聞きたい事が一杯あるんだ」
「冗談だろう。理斗はこのまま病院だ。場所を教えろ。所轄を呼んで傷害容疑で逮捕する」
 まだ、殺人容疑じゃないんだ。ほっとしたような、大きな秘密を抱えてしまったような、複雑な気分だった。

「でも、早く行かないと! じゃあ、待ってて。僕、見てきたら戻ってくるから!」
 さっと立ち上がると、あっちこっち痛くて、一瞬止まったけど、気合いを入れた。
「冗談を言うな」
 兄さんが、僕の目の前に回り込んで進路を塞いだ。その眼差しは険しく、怒っている。

「松山理斗、お前も大概、こいつの弟だな……やっぱり、悪魔の弟は、小悪魔だった」
 ため息をついた桜川さんが、立ち上がった。
「とりあえず、海棠夕太郎を追う。それで見つからなければ、そのまま病院だ。良いな?」
 桜川さんの提案に、はい。と答えたけれど。何とか途中で二人を捲く方法がないかと頭を悩ませた。
「……」
 もう、自分が行き当たりばったりで、行動が矛盾しまくっていて解決策が見当たらなかった。
 夕太郎には会いたい。でも、逮捕されてほしい訳じゃ無い。ただ、兄さんの立場を考えると、全部話して、捜査に協力するべきだ。
 大声を上げて頭を掻きむしりたいのを我慢して、唇を噛みしめた。
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