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やけくそ
しおりを挟む僕は、スマホで兄に電話をかけようとした。
しかし、兄の電話番号を思い出そうと試みるも、もちろん、覚えていない。記憶力が良い方では無い。ドラマや漫画の主人公なら、難なくクリアする所だが、僕は、凡人だ。しかたなくネットで自分の捜索ページを開いて、そこを見て、兄の電話番号をブツブツ言いながら、押した。
「……」
兄が電話に出ない。今日こそ仕事だろうか。一度切って、もう一度かけた。
「でない。兄さん今日に限ってお仕事なの⁉」
兄は全然悪くないのに、つい責めるような事を言ってしまい、反省する。
「困った……これって、本当に二時間放置されちゃう感じかな……」
二時間あれば、人はかなり遠くまで行ける。親父さんが夕太郎を犯人だと通報するとして……夕太郎は何処まで逃げるつもりだろう。まさか、今頃空港に向かっていて、高飛びとか? そうなったら、逮捕されたりしない限り、もう会えない。
「もー! 解けろ!」
無茶苦茶に手首を動かした。ビニール紐を切ろうと、歯で噛んでみたりもしたけど、手首周りに歯形が付くだけだった。
こんな時、助けてと言える相手が、兄さんしか思いつかない。
「……」
疲れて、冷静になったら思考が沈んできた。
「僕、何やってるんだろう」
殺人犯の夕太郎を追いかけたいなんて、たった一人の家族で、味方な兄さんを裏切るような行為だ。最低すぎる。僕は、大きくため息をついて、しゃがみ込んだ。すると、懸垂器具が揺れた。
「あれ? これって……頑張れば、動ける?」
僕は、改めて懸垂器具を眺めた。アルファベットのHみたいな形に、上にぶら下がる棒があって、下はL字になっている。試しに縛られた手首を上げて、片側が少し浮いた懸垂器具ごと横に歩いた。畳が擦り切れていく。
「……あっ」
手に持っていたスマホが落ちた。
「ああー、馬鹿! 僕の馬鹿!」
器具ごと移動は出来たけれど、高さ的にこの部屋のドアを通れそうもないし、スマホを落とした。
「……嘘」
自分の馬鹿さ加減に絶望していると、スマホが鳴り出した。画面に表示された数字の羅列には見覚えがある。さっきまで唱えていた、兄の番号だ。
「あっ! うそ、まって! 兄さん! 出るから、今でるから!」
靴下をはいている足の指では、スマホは反応してくれない。急いで靴下を脱ごうとするけど、焦れば焦るほど上手くいかない。
「どうにでもなれ!」
自棄になった僕は、懸垂器具ごとスマホ目指して畳に倒れ込んだ。
「いっ!」
懸垂器具が押し入れの襖を突き破り、上下を仕切る所で止まり、夕太郎が取り出したカラーボックスに倒れ込んだ僕の肘が痺れている。
痛い。色んな所が、とても痛い。
「うぅ……」
歯を食いしばって、あぐらを掻いて痛みに耐えた。
そして、意を決して動き始めた。
「電話! 出るからっ……切らないで」
足の届く範囲に落ちているスマホを、足底ではさみ、ぎちぎちに食い込むビニール紐に耐え、顔まで上げていき口にくわえた。
膝をついて起き上がり、手中にスマホを収めた時には、もう呼吸もままならなかった。
何とか小指で通話ボタンを押せた時は、涙が止まらなかった。
『もしもし』
「兄さんっ! お願い助けて! 痛っ……いっ」
カラーボックスに打ち付けた右肘が、ずっきん、ずっきん痛むし、熱いし動かしにくい。
『理斗っ! 理斗なのか⁉ どうした、場所は、何処だ⁉』
「ばっ……場所……っう……此処の住所わかんないよぉ」
何だか、もう泣けて泣けて仕方が無かった。兄さんにこんな態度取ったことないのに。感情の箍がはずれたように、メチャクチャだった。
『落ち着け、理斗……大丈夫、大丈夫だ。兄さんが直ぐに行く。良いか、今から言う通りにやってみろ』
「できないっ……痛くてもう出来ない」
腫れてきた右肘は、もうスマホを保持するので精一杯だった。冗談ではなく、骨がまずそうだ。
『大丈夫、出来る。頼む、俺をお前に会わせてくれ……な、理斗……もう少し頑張ってくれ』
「兄さん……」
聞いたことが無いほど優しい声を出す兄さんに、号泣して呼吸が苦しい。
『理斗、出来るか』
「う……うん……でも、なんか……ごめんなさい、僕……僕……」
今更ながら、こんな時になって兄に助けを求めることが、身勝手すぎて申し訳無くなってきた。しかも、兄に助けられた後に、夕太郎を探しに行きたいって言うの? 勝手すぎる。やっぱり、僕は兄さんの人生の障害過ぎる。
『理斗、どうした? 大丈夫か? 理斗』
「兄さん……ごめんなさい……僕……ずっと犯人と居て……ごめんなさい」
『理斗、理斗、理斗……ちょっと待て』
『おい! 松山弟!』
通話を終了させようとしたら、電話越しから兄では無い男の人の声が聞こえてきた。僕は、ビックリして動きが止まった。
『四の五の言うな! 地図アプリを開け! それか通報しろ!』
スマホを取り上げられたのか、兄が少し遠くてスマホを返せと叫んでいる。
『早くしろ!』
「は、はい!」
有無を言わせない物言いに、痛みに耐えながら言う取りにした。
『よし、松山弟、待っていろ。直ぐに着く。周囲に脅威が無いなら切っても良いぞ』
「はい」
『理斗! ま、待て。桜川警部補!』
通話は向こうから切られた。何だか、どっと疲れた。でも腕を縛られているから横にもなれず、肘を庇いながら座った。
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