僕、逃亡中。

いんげん

文字の大きさ
上 下
35 / 45

やけくそ

しおりを挟む

 僕は、スマホで兄に電話をかけようとした。
 しかし、兄の電話番号を思い出そうと試みるも、もちろん、覚えていない。記憶力が良い方では無い。ドラマや漫画の主人公なら、難なくクリアする所だが、僕は、凡人だ。しかたなくネットで自分の捜索ページを開いて、そこを見て、兄の電話番号をブツブツ言いながら、押した。

「……」
 兄が電話に出ない。今日こそ仕事だろうか。一度切って、もう一度かけた。
「でない。兄さん今日に限ってお仕事なの⁉」
 兄は全然悪くないのに、つい責めるような事を言ってしまい、反省する。

「困った……これって、本当に二時間放置されちゃう感じかな……」
 二時間あれば、人はかなり遠くまで行ける。親父さんが夕太郎を犯人だと通報するとして……夕太郎は何処まで逃げるつもりだろう。まさか、今頃空港に向かっていて、高飛びとか? そうなったら、逮捕されたりしない限り、もう会えない。

「もー! 解けろ!」
 無茶苦茶に手首を動かした。ビニール紐を切ろうと、歯で噛んでみたりもしたけど、手首周りに歯形が付くだけだった。
こんな時、助けてと言える相手が、兄さんしか思いつかない。

「……」
 疲れて、冷静になったら思考が沈んできた。
「僕、何やってるんだろう」
殺人犯の夕太郎を追いかけたいなんて、たった一人の家族で、味方な兄さんを裏切るような行為だ。最低すぎる。僕は、大きくため息をついて、しゃがみ込んだ。すると、懸垂器具が揺れた。

「あれ? これって……頑張れば、動ける?」
 僕は、改めて懸垂器具を眺めた。アルファベットのHみたいな形に、上にぶら下がる棒があって、下はL字になっている。試しに縛られた手首を上げて、片側が少し浮いた懸垂器具ごと横に歩いた。畳が擦り切れていく。
「……あっ」
 手に持っていたスマホが落ちた。

「ああー、馬鹿! 僕の馬鹿!」
 器具ごと移動は出来たけれど、高さ的にこの部屋のドアを通れそうもないし、スマホを落とした。
「……嘘」
 自分の馬鹿さ加減に絶望していると、スマホが鳴り出した。画面に表示された数字の羅列には見覚えがある。さっきまで唱えていた、兄の番号だ。

「あっ! うそ、まって! 兄さん! 出るから、今でるから!」
 靴下をはいている足の指では、スマホは反応してくれない。急いで靴下を脱ごうとするけど、焦れば焦るほど上手くいかない。
「どうにでもなれ!」
 自棄になった僕は、懸垂器具ごとスマホ目指して畳に倒れ込んだ。

「いっ!」
 懸垂器具が押し入れの襖を突き破り、上下を仕切る所で止まり、夕太郎が取り出したカラーボックスに倒れ込んだ僕の肘が痺れている。
 痛い。色んな所が、とても痛い。
「うぅ……」
 歯を食いしばって、あぐらを掻いて痛みに耐えた。

 そして、意を決して動き始めた。
「電話! 出るからっ……切らないで」
 足の届く範囲に落ちているスマホを、足底ではさみ、ぎちぎちに食い込むビニール紐に耐え、顔まで上げていき口にくわえた。
膝をついて起き上がり、手中にスマホを収めた時には、もう呼吸もままならなかった。

 何とか小指で通話ボタンを押せた時は、涙が止まらなかった。

『もしもし』
「兄さんっ! お願い助けて! 痛っ……いっ」
 カラーボックスに打ち付けた右肘が、ずっきん、ずっきん痛むし、熱いし動かしにくい。
『理斗っ! 理斗なのか⁉ どうした、場所は、何処だ⁉』
「ばっ……場所……っう……此処の住所わかんないよぉ」
 何だか、もう泣けて泣けて仕方が無かった。兄さんにこんな態度取ったことないのに。感情の箍がはずれたように、メチャクチャだった。

『落ち着け、理斗……大丈夫、大丈夫だ。兄さんが直ぐに行く。良いか、今から言う通りにやってみろ』
「できないっ……痛くてもう出来ない」
 腫れてきた右肘は、もうスマホを保持するので精一杯だった。冗談ではなく、骨がまずそうだ。

『大丈夫、出来る。頼む、俺をお前に会わせてくれ……な、理斗……もう少し頑張ってくれ』
「兄さん……」
 聞いたことが無いほど優しい声を出す兄さんに、号泣して呼吸が苦しい。
『理斗、出来るか』
「う……うん……でも、なんか……ごめんなさい、僕……僕……」
 今更ながら、こんな時になって兄に助けを求めることが、身勝手すぎて申し訳無くなってきた。しかも、兄に助けられた後に、夕太郎を探しに行きたいって言うの? 勝手すぎる。やっぱり、僕は兄さんの人生の障害過ぎる。

『理斗、どうした? 大丈夫か? 理斗』
「兄さん……ごめんなさい……僕……ずっと犯人と居て……ごめんなさい」
『理斗、理斗、理斗……ちょっと待て』

『おい! 松山弟!』
 通話を終了させようとしたら、電話越しから兄では無い男の人の声が聞こえてきた。僕は、ビックリして動きが止まった。
『四の五の言うな! 地図アプリを開け! それか通報しろ!』
 スマホを取り上げられたのか、兄が少し遠くてスマホを返せと叫んでいる。

『早くしろ!』
「は、はい!」
 有無を言わせない物言いに、痛みに耐えながら言う取りにした。

『よし、松山弟、待っていろ。直ぐに着く。周囲に脅威が無いなら切っても良いぞ』
「はい」
『理斗! ま、待て。桜川警部補!』
 通話は向こうから切られた。何だか、どっと疲れた。でも腕を縛られているから横にもなれず、肘を庇いながら座った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

女装趣味がバレてイケメン優等生のオモチャになりました

都茉莉
BL
仁科幸成15歳、趣味−−女装。 うっかり女装バレし、クラスメイト・宮下秀次に脅されて、オモチャと称され振り回される日々が始まった。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

可愛い男の子が実はタチだった件について。

桜子あんこ
BL
イケメンで女にモテる男、裕也(ゆうや)と可愛くて男にモテる、凛(りん)が付き合い始め、裕也は自分が抱く側かと思っていた。 可愛いS攻め×快楽に弱い男前受け

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

僕の兄は◯◯です。

山猫
BL
容姿端麗、才色兼備で周囲に愛される兄と、両親に出来損ない扱いされ、疫病除けだと存在を消された弟。 兄の監視役兼影のお守りとして両親に無理やり決定づけられた有名男子校でも、異性同性関係なく堕としていく兄を遠目から見守って(鼻ほじりながら)いた弟に、急な転機が。 「僕の弟を知らないか?」 「はい?」 これは王道BL街道を爆走中の兄を躱しつつ、時には巻き込まれ、時にはシリアス(?)になる弟の観察ストーリーである。 文章力ゼロの思いつきで更新しまくっているので、誤字脱字多し。広い心で閲覧推奨。 ちゃんとした小説を望まれる方は辞めた方が良いかも。 ちょっとした笑い、息抜きにBLを好む方向けです! ーーーーーーーー✂︎ この作品は以前、エブリスタで連載していたものです。エブリスタの投稿システムに慣れることが出来ず、此方に移行しました。 今後、こちらで更新再開致しますのでエブリスタで見たことあるよ!って方は、今後ともよろしくお願い致します。

愛して、許して、一緒に堕ちて・オメガバース【完結】

華周夏
BL
Ωの身体を持ち、αの力も持っている『奏』生まれた時から研究所が彼の世界。ある『特殊な』能力を持つ。 そんな彼は何より賢く、美しかった。 財閥の御曹司とは名ばかりで、その特異な身体のため『ドクター』の庇護のもと、実験体のように扱われていた。 ある『仕事』のために寮つきの高校に編入する奏を待ち受けるものは?

処理中です...