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嘘つき
しおりを挟む「俺だよ! 俺が殺した。俺は……アイツに金を貸してた。あの日、その金を返してもらう予定だった。なのにアイツは金を返すどころか、俺を殺そうとしてきやがった!」
夕太郎は、吠えるように僕に向かって話した。僕に対する、初めて見せる暴力的な振る舞いに、心臓がギュッと縮む。
「それは、あの山で?」
「違う。親父の事務所の駐車場で。アイツを返り討ちにした。そこで軽トラに乗せて……何処に捨てようか考えて……思い出したんだ。紳一と行った場所を」
「紳一って……星野紳一? 僕と同じ施設に居た、紳一?」
「そうだよ。俺が殺したのは紳一の父親だ」
「っ⁉」
あの日の遺体が、紳一のお父さん――僕は息を呑んで目を見開いて夕太郎に見入った。夕太郎は自嘲気味に笑い、握りしめた僕の服を離し、背中を向けた。
紳一から聞いた父親のエピソードには、何一つ良い話は無かった。紳一の体も、格闘技が大好きな夕太郎みたいに傷だらけだった。
「理斗も行ったでしょ、紳一のお墓。あいつは、薬やってるチンピラに絡まれて、暴行されて目覚めないまま死んだ……その治療費を俺が出してた。正確には、俺を養ってくれてた人達がね」
「……」
あの日の名前の無いお墓は、紳一のお墓だった? 紳一が、そんな事件に巻き込まれていたなんて。
僕は言葉を失った。濁流のように流れてくる情報が両手から溢れ出てしまう。頭が処理しきれない。
ただ、涙が溢れてきた。紳一が……もう居ない。兄が言ったとおり……死んでしまったんだ。もう、会えない。
「紳一が連れてってくれた場所が、あの山の廃工場だよ。昔……誤って能力で好きな人を消した場所だって」
「……消した?」
「それって理斗の事だろ」
振り返った夕太郎が、僕の涙を見て少し驚いた顔をしている。
確かに、紳一は能力者だった。一度、僕も人気無い場所に連れて行かれ、見せて貰った。自分は、気に食わない物を消すことが出来るって、僕が兄さんに貰ったマスコットの人形を消して見せた。とっても驚いたけれど……。
「僕は……記憶がないんじゃなくて……消えてた?」
自分が本当に存在しているのか、不安になり、自分の頬に手を当てたら、涙で濡れた感触がした。
「さぁ……そういう事なんじゃない? 俺が、遺体を捨てて戻ろうとしたら、理斗が現れた。影から見ていたら、自分が殺したみたいに勘違いしてたし……理斗に罪を着せようって思って連れてきた」
「……そう、だったんだ」
僕は、まだ思い出せない。十年前、何があったのか。
僕は、紳一の能力で、時間を飛んで来てしまったのだろうか? 紳一は、そんな凄い能力を持っていたの? もう、それも聞くことも出来ないの? きっと、苦しい思いをさせてしまったんだろうな。
「何その反応」
「……」
罪を着せようと思った、そう言われても意外と動揺しなかった。多分、僕にとって、重要なのはソコじゃ無い。
「全部、嘘だった?」
「は?」
「夕太郎が、僕を好きって言ってくれた事は嘘だった? 僕が好きな夕太郎の笑顔も演技だった?」
僕は、夕太郎に近づいて大きな手を握った。情けないとわかっていた、イタい事している自覚はある。でも……聞かずには居られなかった。僕を利用するつもりだった、それでもいい。利用されたって良い。ただ、夕太郎の気持ちまで嘘だったとは思いたくない。
あんなに、楽しそうに、嬉しそうに顔をクシャクシャにして笑う笑顔も嘘? 二人で共有した温かい空気も体温も、幻だった? 僕には、全部本当に見えた。
「何言ってんだよ。当たり前だろ」
夕太郎は、見たことが無い冷たい目で、乾いたように笑い、僕の手を振り払った。
「そっか……そうなんだ……全然、気がつかなかった」
笑わない夕太郎の顔を見ていられなくて俯くと、ボロボロと涙が零れた。
「理斗みたいな単純な人間は騙すの簡単だったよ。でも……もうお終い。まさか親父が裏切るとは思わなかったわ。証拠品全部提出されたら理斗に罪を着せるのも無理だし。今度は俺が逃亡生活だ」
夕太郎は、荒らされた荷物を漁り始めた。
「じゃ……じゃあ、僕も……僕も一緒に!」
「はぁ? 勘弁してよ。最後のカードだと思って、大して役に立たないのに一緒にいたんだよ。本当は、理斗、邪魔だから」
動きを止めて僕をみた夕太郎が吐き捨てるように言った。胸が詰まって呼吸が苦しい。僕は、ギュッと胸元の服を握りしめた。
全然気がつかなかった。確かに思い返してみても、僕は夕太郎の養い主として、お金も全然稼げなかった。むしろ、いつも楽しませて貰っていたのは僕だ。僕は、この数ヶ月……とても満たされていた。
全部嘘だったと言われても、現実味が無いし、そんなに急に夕太郎を嫌いになれない。
離れたくない。一緒に居たい。押し寄せてくる孤独感に背筋が震えた。
「俺達は、ここまで。お終いだ。大人しくお兄さんのところに帰りなよ。調べたけど、お兄さん、結婚なんてしてないよ。この十年、必死に弟を探してる。あっ、余計な事はしゃべるなよ」
「夕太郎……やだ……」
追いすがろうとする僕を、夕太郎が険しい顔で睨むと、転がっていたビニール紐を手に取った。
「面倒くさいなぁ」
「夕太郎?」
「本当は、こんな事までしたくないんだけどさぁ……」
怖い顔で近づいてくる夕太郎に、僕の足が一歩後退した。視線が泳ぎ、夕太郎から視線を逸らした。
グッと力強く、僕の手首が夕太郎に掴まれた。
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