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誰が、殺したのか。
しおりを挟む僕らは、電話ボックスから無言で帰ってきた。途中、ハンバーガー店で昼食をすましたけれど、会話は無かった。今まで二人で食べる食事は、なんでも美味しく感じられたのに、今日のハンバーガーは、乾いた味がした。
夕太郎が、僕の手を引きアパートの階段を上る。夕太郎は、僕を振り返らない。もちろん、いつもの笑顔も見ることが出来ない。沈黙が僕らにのしかかっている。そして、ドアノブに手を掛けた夕太郎の動きが止まった。
「鍵が、開いてる」
閉めたのに。そう呟いた夕太郎が、庇うように僕を自分の後ろに追いやった。緊張が走る。こんな時に泥棒?
夕太郎がゆっくり玄関ドアを開き、中の様子窺った。夕太郎の大きな背中が、玄関を塞ぐように立っているので、中が見えない。
「夕太郎?」
「……」
部屋の中を見回した夕太郎が、サンダルを脱ぎ捨てて部屋へと入った。僕の部屋を覗いてから、自分の部屋のドアを開いて、動きが止まった。
「……まさか」
夕太郎が焦った様子で押し入れを開けたので、心配になって駆け寄り、後ろから覗き込んだ。先日、綺麗に整頓されていた押し入れの中は、荒らされていた。衣類や中身が取り出され、衣裳ケースは、服を挟んで閉まっている。
「空き巣?」
僕の疑問の声をよそに、夕太郎が衣裳ケースとカラーボックスを押し入れから出した。そして、その奥を潜り込むように覗いた。
「……くそっ!」
這い出てきた夕太郎が立ち上がり、金の髪を掻き乱して吠えた。今まで見たことが無い、緊迫した夕太郎の様子に僕は怖くなった。空気がピンと張り詰めている。
「……夕太郎」
抑えきれない憤りに支配されたような夕太郎に触れる事ができず、僕の上げた右手が彷徨う。
「結局、親なんて碌なもんじゃねーな!」
夕太郎が、手で顔を隠すように俯いた。乾いたように笑って、逞しい肩が震えているように見える。その姿は、まるで泣いている子供のようで、胸が締め付けられた。僕は、無意識に駆け寄った。
「夕太郎……どうしたの? 大丈夫?」
彼の肩を抱いて、その顔を覗き込んだ。夕太郎は泣いてなんていなかったけれど、その瞳は少しだけ揺れていて……僕を捉えると、力強さを取り戻した。
「裏切られた」
夕太郎が僕の腕を振り払い、僕の両肩をグッと掴んだ。
「え?」
「親父が裏切った」
夕太郎の声は、いつもの明るさがなく、傷ついていた。
「どういうこと?」
「証拠品が無い。あの日のナイフも着ていた服も……何もかも」
僕は、チラリと押し入れの方を見た。
何もかも、というのは、夕太郎が隠していた免許証も含まれているのだろうか。
「どうして……親父さんが?」
「おそらく、捜査が進んで、捜査員が来たんじゃ無い?」
夕太郎の口角が片方だけ上がった。
「あの、男の人を……殺したのは、僕? それとも……夕太郎?」
僕は、窺うように夕太郎を見上げ、胸にわだかまっていた疑問を口にした。答えが、どちらであっても、僕は、もう驚かないだろう。
夕太郎は、僕の顔を黙って見つめた。夕太郎の茶色い瞳は、先ほどまでの弱さは、混じっていなかった。
「そんな事、今はどうでも良い!」
僕から目を逸らし、離れて行こうとした夕太郎の腕を掴んで止めた。
「詳しい事は、後で聞くよ。答えて……僕が、殺したの?」
少し目を見開いた夕太郎は、僕の胸ぐらを掴んだ。その衝撃に一瞬目をギュッと瞑る。
夕太郎が、僕を睨んで口を開いた。
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