僕、逃亡中。

いんげん

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捜査、星野紳一の能力

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 桜川警部補を連行するように児童養護施設に連れてきた。

「東京の端の端だな。今から捜査で能力を使うと連絡する必要も無さそうだ」
 施設の駐車場に車を止めると、興味深そうに桜川警部補は建物を眺めて言った。エリート中のエリートで、名家の出身の桜川警部補には珍しいのだろう。建物は、鉄筋コンクリート製で、築五十年を超している。耐震補強工事で後付けされた構造物が物々しく、より古さを感じさせる。
「学校みたいだな。此処で育ったのか?」
「俺は、そんなに長くは居ませんでした。じゃあ、貰ってきますんで、待っていてください。って、なんで降りてるんですか」
 助手席から降りた桜川警部補が、先に歩き出している。戸田にもやしと称されている細い体は、今日も高級なスーツと白い手袋に包まれている。
「興味がある」
「下々の生活にですか?」
「そうだな、お前のような悪魔がどんな場所で形成されたのかがな」
「そうですか」
 まったく、育ちの良い人間の考える事はよく分からない。今は、急いでいる。桜川警部補の気まぐれを探求する時間は無い。俺は、彼に構わず、勝手知ったる施設を歩き出した。

「おい、松山。俺は、あそこで待っている」
 付いて来ると言ったそばから、桜川警部補はグラウンドの端を指さして離れて行った。
「は? はぁ……分かりました」
 俺は眉を寄せ、倉庫の方へ歩き出した桜川警部補を一瞥し歩き出した。


 事務所まで辿り着くと、見知った職員達が会釈し迎え入れてくれた。一番の古株の女性職員が、俺を側まで呼び寄せた。他の職員達は仕事に戻ったかのように振る舞っているが、突然やって来た、警察に興味津々なのか、彼らの関心が此方に有る事が伺えた。

「まぁ、本当に立派になったわねぇ! 昔から男前だったけど、咽せそうだわ」などと、どうでもいいお世辞を言いだした彼女に礼を言い「早速ですが」と、メモ帳を受け取るべく手を差し出した。そして、出来るだけ触らないように、星野紳一の文庫サイズのメモ帳を受け取った。
「多分、紳一君の物だと思うの。彼のベッドマットの下に入ってたの。一緒に紳一君宛の理斗君のクリスマスカードも出てきたから……」
彼女の荒れた手が、メモ帳に挟まっている赤いカードを指さした。

「……ありがとうございます」
 俺の知らない、理斗の施設での生活の存在を示された。当時の自分が、理斗にもっと関心を持っていれば……後悔が押し寄せる。もしも、もっと理斗に色々と話を聞いていれば……何度、悔やんだか分からない。
「理斗君、早く見つかると良いわね……元気で居て欲しいわね」
 彼女の視線が、窓の外のグランドへと向けられた。直ぐに見つけます。とは言わなかった。

「あら?」
 外を見た彼女は、窓に一歩近づいた。
「どうかしましたか?」
「いいえ、何でもないわ。あの、貴方と来た刑事さん? いつも紳一君が居た場所にいたから、空目したわ」
 彼女の視線の先には、倉庫近くを探るように触れている桜川警部補がいる。何か見えたのだろうか。強い思念には引き寄せられる事があると言っていたな。
「そうですか。今日は、ありがとうございました」
「ええ、まだいつでも来てね」


「桜川警部補」
「……」
 フェンスに背中を預け、ぐったりした様子の桜川警部補に声をかけた。コナラの木が落とした落ち葉と、どんぐりを踏みしめ、ガザガザと音を立てて進む。

 桜川警部補の神経質そうな細い眉は、深い皺を刻んでいる。此方に歩き出してフラついた細い体を支え、彼の口が開くのを待った。視線の先の倉庫は、誰かが殴ったようで、何カ所も凹んでいる。フェンスもたわみ、所どころ網の目が広がっている。

「星野紳一は……お前の弟の失踪に関係している」
「っ!」
 思わず、彼の髪を掴んで、顔を合わせた。
「どういう事ですか」
「此処に、星野紳一の深い後悔の念が残っていた」
 桜川警部補が虫を追い払うように右手を振った。

「酷い感情だ。お前の弟を、自分の手で消してしまったと、後悔して荒れて、泣いて、叫んでた」
 桜川警部補は口に手を当てて吐き気に耐えるように、硬く目を閉じた。
「消した……」
 どういう意味だ。理斗は死んでいない。理斗の生死を疑った日もあったが……理斗の声を聞いた。理斗は生きている。鳩尾辺りが冷えたように痛む。

「恐らく……星野紳一は能力者だ。詳細は分からない」
「理斗は、星野紳一の能力で……消された?」
 桜川警部補の腰を支えていた腕を離し、後ろへと下がった。
 そんな、能力は聞いたことが無い。いや……知らないだけか。この世の中には、一部の人間以外に隠されている事が多すぎる。政治、警察、軍隊、医療、きっとあらゆる場面で嘘と沈黙、思惑が入り交じった闇が潜んでいる。

「受け取ってきた物は?」
 血の気が戻ってきた桜川警部補に促され、俺は自分のスーツのポケットを指さした。警部補の手がメモ帳を取り出し、クリスマスカードだけが落ち葉の上に落ちた。
俺は、ソレを拾い上げて、ふと思い出した。

 あのシロクマのマスコット! 俺が理斗にあげた物だ。会いに行く時のプレゼントに本を買い、文房具のコーナーにあって、何となく一緒に贈った。

「……コレは何のメモだ?」
 桜川警部補が呟き、俺も彼が見ているページを覗き込んだ。

 二○○八年 十月 小銭
 二○○九年 四月十五日 本
 二○一○年 六月十日 理斗のシロクマ

「……星野紳一が消した物か?」
「野良の能力を感知した記録と照らし合わせてみるか……場所が此処なら厳しいが……」
 桜川警部補が、メモ帳をペラペラと捲る。その表情が歪んだ。
 俺は一度メモ帳から視線を逸らしたが、再び覗き込んだ。
すると、そこには……乱雑に殴り書きがしてあった。

 ごめん ごめんなさい
 ごめんなさい 理斗、ごめん
 帰ってきて ごめんなさい

 文字は、大きさもまばらで、歪んでいた。途中、鉛筆の芯が折れたような跡がある。
 察するに、能力で理斗を消してしまった星野紳一は、俺がそうだったように、後悔に明け暮れていたのだろう。

 だが……彼の心の内に触れ、湧いてきたのは、怒りだった。

「くそっ!」
 俺は桜川警部補の手からメモ帳を取り上げ、真っ二つに引き裂いた。それでも怒りは、溢れ出てくる。
「なぜ、何も語らずに死んだ! もっと……何か、あったかも知れないだろ! 理斗の為に出来る事が! 勝手に終わらせるな!」
「松山……」
 メモ帳を地面に叩きつけようとする腕を、桜川警部補に掴まれた。だが、怒りが収まらない。思わず彼を睨み付けた。

「生きてるんだろ、弟は! 早く探してやろう」
「……」
 そうだ。こんな事をしている時間は無い。冷静にならなければ。振り上げた腕を下ろし、メモ帳を桜川警部補のポケットにねじ込んだ。

「すみませんでした」
「お前までゴリラになるなよ、優秀な警察官なんだろう」
「さぁ、どうでしょうか」
 大きく息を吐き出し、苦笑した時、俺のスマホが鳴った。理斗からの電話かと直ぐに取り出して見たら、戸田からの着信だった。

「噂をすれば……野生の勘か」
 画面を覗き込んだ桜川警部補が天を仰ぎ、遠い目をした。
「もしも…『先輩! 大変です! 直ぐに帰ってきてください!』
 俺の声を遮り、戸田が電話越しに叫んでいる。声が大きすぎて音が割れていて何を言っているのか分からない。
「おい……落ち着け」
 何か事件が起きたなら署から呼び出されるはずだ。何の用だ?

『落ち着いていられませんよ! 荷物! あの、宅配が来て! 先輩が不在なんですけど! 宿舎だし、警察だし、頼み込んで、俺が受け取ったんですけど!』
 戸田の異常なほどの慌てぶりに、桜川警部補と顔を見合わせて、眉を寄せた。
 なんだ、爆発物でも送りつけられてきたのか? 方々の……主に犯人側からの恨みなら腐るほど買っている。

『荷物、荷物が来たんです! 理斗君! 差出人が理斗君なんです!』
「なっ……直ぐに戻る! 一緒に来て下さい」

 彼のリーディング能力が必要だ。俺は桜川警部補の手首を掴み、答えを聞かずに走り出した。

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