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公衆電話
しおりを挟む僕たちが恋人のキスをした次の日、夕太郎は現場仕事で、早朝に家を出た。
夕太郎がいない。その間に、兄に連絡を取ろうと思った。ずっと探してくれている兄に、無事でいる事だけは伝えたい。それと……できれば、紳一の消息を調べて欲しかった。
でも、夕太郎のスマホから掛けるわけにはいかない。僕の居場所がバレてしまう。
朝から必死に公衆電話を探した。元々、数が少ない上に、大概が駅前やコンビニ前などの監視カメラの近くにあった。
「……よし」
木々に埋もれる様に設置してある公園の公衆電話に決めた。丁度良く大型のトラックも目の前に止まっている。運転手はトイレでも利用しているのだろうか、見当たらない。手早く済ませよう。
緊張して震える手でドアを開けた。中に入ると周囲から遮断された気分になり、少し落ち着いた。
口の乾きが気になって、唇を舐めて咳払いをした。
緑色の受話器を取って、小銭を入れた。新聞の切れ端に書いた兄の電話番号のボタンを押していく。
「……」
コール音が聞こえる。一回、二回……中々出ない。今が勤務中なら兄が電話に出る事は無いだろう。
「……でないかな」
ガッカリする気持ちと、少し安心する気持ちが入り交じる。受話器を耳から離して、元に戻そうとした、その時――
「はい」
受話器から、兄の声が聞こえた。
「あっ⁉」
驚いて受話器を取り落とした、ぶら下がる受話器を慌てて捕まえて、耳に当てた。
『理斗⁉ 理斗なのか⁉』
今まで聞いた事がない、兄の緊迫した様子の声だった。僕にとっては数ヶ月ぶりの気分だけど、十年経っているんだよね。
「あ、あの……」
『理斗だろう⁉ お前っ……今、何処だ⁉ 無事なのか? 直ぐに迎えに行く、場所を教えてくれ!』
電話の向こうの兄は、とても焦っている様子だった。兄の様子にあてられて、僕の緊張も高まった。
「に、兄さん……あのね」
手の震えが止まらなくて、左手で握りしめている受話器を、右手でも支えた。
『何だ? どうした? 怪我でもしているのか?』
兄は、とても早口になっている。まるで、電話が切れたら僕が死ぬとでも思っているのだろうか。
「ま、まって……聞いて」
『あ、ああ。すまない。くそっ! 教えてくれ』
「僕は、大丈夫だから。それより調べて欲しい事があるんだ」
大型トラックの運転手が戻ってきた。彼は、此方には視線を向ける事も無く、運転席に乗り込んだ。バタンと運転席のドアが閉まる衝撃で、電話ボックスのドアが揺れた。
『大丈夫って、何故だ。そんなの、お前が戻ってこなければ信じられない! 何でもする、何だって調べる。だから、頼む教えてくれ……今、何処にいるんだ? 見張られているのか?』
「あの……ごめんなさい。帰れない。ただ、調べて。星野紳一って子の事。同じ施設に居た子なんだ。その子が、今どこに居るか……」
『理斗……お前は、廃工場の殺人事件とどんな関係が有るんだ? 星野紳一は、もう亡くなっている。とにかく帰ってきてくれ。俺が何とかする。今度はお前をちゃんと守るから』
「亡くなった……ど、どうして⁉」
受話器をギュッと握りしめて兄さんに食いかかった。すると、後ろに止まっていたトラックが走り去り、電話ボックスの中が明るくなった。人目が気になって、電話ボックスの外に目を向けた。
眩しくて、目を細めると、広い生活道路の真ん中に、人が立っていた。
その人は、此方を見ている。
背の高い、綺麗な顔をした。
夕太郎だ。
『理斗、どうした? 理斗? 何があった⁉』
夕太郎の顔には一切、表情が無い。彼が一歩、また一歩こちらに向かってくる。
どうして、此処に?
『理斗! 返事をしてくれ!』
僕は、息を止めて固まったように夕太郎を見つめていた。
夕太郎の手が電話ボックスの扉に掛かり、軽くお辞儀をするように一歩踏み込んできた。
『理斗!』
兄さんの叫び声が、夕太郎にも聞こえたのか、ピクリと眉が動いた。
「なんで……」
夕太郎は、片方の口角を少しだけ上げて、冷たく微笑み、僕の受話器を奪って戻した。お釣りの小銭が落ちる音がした。
「お兄さん、何だって? 捜査の事、何か言ってた?」
「どうして……」
「理斗のお兄さん。今、特殊能力捜査班の一員で……理斗の事件を追ってるんだよ。駄目だよ、接触したら。捕まっちゃうよ」
いつもの様に微笑んでいるのに、いつもと違う。雰囲気が冷たい。
「……そう、なんだ……ごめん」
どうして、そんな事を知っているのだろう。聞けない。僕は、この空気をどうにかしたくて、無理矢理微笑んだ。
「帰ろう」
「うん……」
僕は、俯いて電話ボックスから出て、夕太郎の背中を追った。
「……」
頭の中に、兄の言葉が蘇る。星野紳一は亡くなっている。
紳一が、死んでしまった。なぜ? どうして? いつの事?
思い出されるのは、痩せ細った、小さい弟分の照れたような笑顔だった。そして、ふと気がついた。なぜ兄さんは紳一が亡くなった事を知っていたのだろうか?
紳一は兄が施設を出てから入ってきたし、兄には、紳一の話を一切していない。
なぜなら、彼は、少し不思議な能力を持っていた。
それを隠したがっていたから、ボロが出ないように……警察学校に通っていた兄には、何も話さなかった。
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