僕、逃亡中。

いんげん

文字の大きさ
上 下
28 / 45

公衆電話

しおりを挟む
 
 僕たちが恋人のキスをした次の日、夕太郎は現場仕事で、早朝に家を出た。

 夕太郎がいない。その間に、兄に連絡を取ろうと思った。ずっと探してくれている兄に、無事でいる事だけは伝えたい。それと……できれば、紳一の消息を調べて欲しかった。
 でも、夕太郎のスマホから掛けるわけにはいかない。僕の居場所がバレてしまう。

 朝から必死に公衆電話を探した。元々、数が少ない上に、大概が駅前やコンビニ前などの監視カメラの近くにあった。

「……よし」
 木々に埋もれる様に設置してある公園の公衆電話に決めた。丁度良く大型のトラックも目の前に止まっている。運転手はトイレでも利用しているのだろうか、見当たらない。手早く済ませよう。

 緊張して震える手でドアを開けた。中に入ると周囲から遮断された気分になり、少し落ち着いた。
 口の乾きが気になって、唇を舐めて咳払いをした。
 緑色の受話器を取って、小銭を入れた。新聞の切れ端に書いた兄の電話番号のボタンを押していく。
「……」
 コール音が聞こえる。一回、二回……中々出ない。今が勤務中なら兄が電話に出る事は無いだろう。
「……でないかな」

 ガッカリする気持ちと、少し安心する気持ちが入り交じる。受話器を耳から離して、元に戻そうとした、その時――

「はい」
 受話器から、兄の声が聞こえた。
「あっ⁉」
 驚いて受話器を取り落とした、ぶら下がる受話器を慌てて捕まえて、耳に当てた。

『理斗⁉ 理斗なのか⁉』
 今まで聞いた事がない、兄の緊迫した様子の声だった。僕にとっては数ヶ月ぶりの気分だけど、十年経っているんだよね。
「あ、あの……」
『理斗だろう⁉ お前っ……今、何処だ⁉ 無事なのか? 直ぐに迎えに行く、場所を教えてくれ!』
 電話の向こうの兄は、とても焦っている様子だった。兄の様子にあてられて、僕の緊張も高まった。
「に、兄さん……あのね」
 手の震えが止まらなくて、左手で握りしめている受話器を、右手でも支えた。

『何だ? どうした? 怪我でもしているのか?』
 兄は、とても早口になっている。まるで、電話が切れたら僕が死ぬとでも思っているのだろうか。
「ま、まって……聞いて」
『あ、ああ。すまない。くそっ! 教えてくれ』
「僕は、大丈夫だから。それより調べて欲しい事があるんだ」
 大型トラックの運転手が戻ってきた。彼は、此方には視線を向ける事も無く、運転席に乗り込んだ。バタンと運転席のドアが閉まる衝撃で、電話ボックスのドアが揺れた。

『大丈夫って、何故だ。そんなの、お前が戻ってこなければ信じられない! 何でもする、何だって調べる。だから、頼む教えてくれ……今、何処にいるんだ? 見張られているのか?』
「あの……ごめんなさい。帰れない。ただ、調べて。星野紳一って子の事。同じ施設に居た子なんだ。その子が、今どこに居るか……」
『理斗……お前は、廃工場の殺人事件とどんな関係が有るんだ? 星野紳一は、もう亡くなっている。とにかく帰ってきてくれ。俺が何とかする。今度はお前をちゃんと守るから』
「亡くなった……ど、どうして⁉」

 受話器をギュッと握りしめて兄さんに食いかかった。すると、後ろに止まっていたトラックが走り去り、電話ボックスの中が明るくなった。人目が気になって、電話ボックスの外に目を向けた。

 眩しくて、目を細めると、広い生活道路の真ん中に、人が立っていた。

 その人は、此方を見ている。

 背の高い、綺麗な顔をした。

 夕太郎だ。

『理斗、どうした? 理斗? 何があった⁉』
 夕太郎の顔には一切、表情が無い。彼が一歩、また一歩こちらに向かってくる。
 どうして、此処に? 

『理斗! 返事をしてくれ!』
 僕は、息を止めて固まったように夕太郎を見つめていた。
 夕太郎の手が電話ボックスの扉に掛かり、軽くお辞儀をするように一歩踏み込んできた。
『理斗!』
 兄さんの叫び声が、夕太郎にも聞こえたのか、ピクリと眉が動いた。

「なんで……」
 夕太郎は、片方の口角を少しだけ上げて、冷たく微笑み、僕の受話器を奪って戻した。お釣りの小銭が落ちる音がした。
「お兄さん、何だって? 捜査の事、何か言ってた?」
「どうして……」
「理斗のお兄さん。今、特殊能力捜査班の一員で……理斗の事件を追ってるんだよ。駄目だよ、接触したら。捕まっちゃうよ」
 いつもの様に微笑んでいるのに、いつもと違う。雰囲気が冷たい。

「……そう、なんだ……ごめん」
 どうして、そんな事を知っているのだろう。聞けない。僕は、この空気をどうにかしたくて、無理矢理微笑んだ。
「帰ろう」
「うん……」
 僕は、俯いて電話ボックスから出て、夕太郎の背中を追った。

「……」

 頭の中に、兄の言葉が蘇る。星野紳一は亡くなっている。

 紳一が、死んでしまった。なぜ? どうして? いつの事?
 思い出されるのは、痩せ細った、小さい弟分の照れたような笑顔だった。そして、ふと気がついた。なぜ兄さんは紳一が亡くなった事を知っていたのだろうか?

 紳一は兄が施設を出てから入ってきたし、兄には、紳一の話を一切していない。

 なぜなら、彼は、少し不思議な能力を持っていた。
 それを隠したがっていたから、ボロが出ないように……警察学校に通っていた兄には、何も話さなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

女装趣味がバレてイケメン優等生のオモチャになりました

都茉莉
BL
仁科幸成15歳、趣味−−女装。 うっかり女装バレし、クラスメイト・宮下秀次に脅されて、オモチャと称され振り回される日々が始まった。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

可愛い男の子が実はタチだった件について。

桜子あんこ
BL
イケメンで女にモテる男、裕也(ゆうや)と可愛くて男にモテる、凛(りん)が付き合い始め、裕也は自分が抱く側かと思っていた。 可愛いS攻め×快楽に弱い男前受け

僕の兄は◯◯です。

山猫
BL
容姿端麗、才色兼備で周囲に愛される兄と、両親に出来損ない扱いされ、疫病除けだと存在を消された弟。 兄の監視役兼影のお守りとして両親に無理やり決定づけられた有名男子校でも、異性同性関係なく堕としていく兄を遠目から見守って(鼻ほじりながら)いた弟に、急な転機が。 「僕の弟を知らないか?」 「はい?」 これは王道BL街道を爆走中の兄を躱しつつ、時には巻き込まれ、時にはシリアス(?)になる弟の観察ストーリーである。 文章力ゼロの思いつきで更新しまくっているので、誤字脱字多し。広い心で閲覧推奨。 ちゃんとした小説を望まれる方は辞めた方が良いかも。 ちょっとした笑い、息抜きにBLを好む方向けです! ーーーーーーーー✂︎ この作品は以前、エブリスタで連載していたものです。エブリスタの投稿システムに慣れることが出来ず、此方に移行しました。 今後、こちらで更新再開致しますのでエブリスタで見たことあるよ!って方は、今後ともよろしくお願い致します。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

処理中です...