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捜査、被害者の息子 【兄視点】

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「あの事件の、害者の身元が判明したらしい」
 西島警視が会議から戻ってくると、他の案件の処理を行っていた俺達を呼びつけた。
 俺はすぐに歩み寄り、自身のデスクに寄りかかる西島警視の側に立ち、捜査資料を受け取った。

「あのって、九月に出動した廃工場のですか?」
 戸田がキャスター付きの椅子を跳ね飛ばすように立ち上がった。
「そうだ。害者は十年前に、空き巣事件に関わった人物で、すでに共犯者が逮捕されていた。採取されていた指紋と一致したみたいだな」
「そっちの筋の奴らとのトラブルですかね」
 桜川警部補が、パソコンを閉じて向かって来た。
「さぁ、まだそこまでは」
 各自、配られた資料に目を通す。

 あの遺体は、星野 剛。四十三歳。住所不定、無職。二○一○年に家庭内暴力や生活苦で妻が自殺、その後息子が、児童養護施設へ預けられた。

「まぁまぁなクズっぽそうですね」
 戸田が吐き捨てるように言い、西島警視にたしなめられた。だが、同意する。
「この男の息子、星野紳一は十三歳で養護施設から行方をくらまし、十六歳で暴力事件に巻き込まれて目覚める事無く、長く入院していたらしい。星野剛に連絡が行き、亡くなるまでの数ヶ月は、この害者は、足繁く病院に通っていたらしいから改心していたのかも知れないぞ」
「犯人の目星は? この男は能力者だったのですか?」

 理斗は、この男と一体どんな接点があったんだ? この男か、この男の所属する集団や組織に連れ去られたのか? この息子の入っていた施設は、何処だ?

「まだ分かっていない。強い力を持つ野良の能力者は、公安がマークしてボロを出すのを待っている事も多いが、この男の情報は一切無い」
「この前の事件の能力は、あそこで発動されたものでは無く、あそこに力の流入があったのでは、と分析結果が出そうですし、殺害に直接能力が使われたわけではなさそうですね」
「ますます、分からない事件っすね。結局事件と能力者は、関係無いかも知れないってことっすか?」
「ゴリラは余計な推理をするな。捜査が混乱する」
「今回、遺留物殆どなくて、まったく役に立ってない人に言われたくねぇっす」

 戸田の言葉に、俺の胸が痛む。遺留物はあった。俺が持ち去ったんだ。最近になって思う。もし理斗の身に危険が迫っていたら、証拠品を隠さず、捜査されて探し出された方が良かったのでは無いかと。

「そんな、桜川に仕事があるぞ」
 にらみ合う桜川警部補と戸田の間に、西島警視が割り込んだ。
「何ですか?」
「息子が入院していた病院に、私物が残っているらしい。それをリーディングしてきてくれ」
「……この息子、三年前に死んでますよね。相当強い思念じゃないと残ってませんよ」
 特殊な能力は、そんなに万能では無い。桜川警部補のリーディング能力は高い方だ。しかし、なんでも都合良く読み取れる訳では無い。

「どうも上は、この事件の能力者を見つけ出したいみたいだ。過去に二回ほど感知されている一級品の能力者みたいだな」
「事件の解決よりも、能力者の確保が優先ですか?」
 俺が質問すると、西島警視が「まぁ、上のお望みはそうみたいだな」と困ったように笑った。
「先輩は納得出来ないですよね。悪を憎む正義のサイボーグですもんね」
 戸田が俺の肩を掴んだ。

 まさか――俺が憎んでいるのは、犯罪者だ。たった一人の家族を攫った、誰かだ。
 むしろ、何らかの事情で理斗があの男を殺したならば……その、能力者を犯人に仕立て上げることは出来ないかとすら考える。例えば、確保の際に……。

「松山、どうした?」
「何でもありません。俺が、桜川警部補に同行します」
「ええー、わざわざ先輩が行くことないですよ、こんなお使い。俺が行きますって」
 戸田がデカい声で、西島警視に向かって挙手をした。
「あー、行き先は病院だ。お前ら二人だと五月蠅そうだし、松山、お前に任せる」
「はい」
「おい! 何、ニヤニヤしてんだよ! 先輩に必要以上に近づくなよ!」
「ニヤニヤなどしてない。五月蠅い。触るなゴリラ」
 戸田と桜川警部補が言い合い、西島警視が肩を落として「松山、さっさと連れていってくれ」と手を降った。


 訪れた療養型病院は、任務中に怪我をして行くような病院とは、少し雰囲気が違った。
 警察が来るというのがスタッフを浮き足立たせて居るのだろうか、チラチラと視線が五月蠅い。医療相談室という部屋に通され、お待ちくださいと事務員が去って行った。

「松山警部補、言っておきますが……あんただから、こんなに見られているんですからね」
 隣に座る、不機嫌そうな桜川警部補が、こちらを見ずに言った。
「は?」
「決して警察が珍しいだけじゃないですからね」
「……弟に、よく聞かれました。怒っているのかと……」
 理斗の困ったような顔が思い出される。今思えば、可哀想な事をした。もっと……ニコニコしていればよかった。最近、気がついた、俺は顔が怖いようだ。
「それも違う……」
 桜川警部補が頭を抱えてため息をついた。今日は白い手袋ではなく黒の革手袋だ。
 すると、扉がノックされた。俺達は席を立ち、来訪者を迎え入れた。
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