僕、逃亡中。

いんげん

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鶴の恩返し

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「ソロプレイ中だった?」
 夕太郎の手が、僕の股間部分に当てられた。夕太郎の大きな手が、繊細なタッチで蠢く。

「馬鹿!」
僕は、肘で夕太郎のお腹を攻撃し、自分の部屋に飛び込んで、バタンとドアを閉めた。
「あー、理斗。そろそろ次の段階に進もうよぉ。俺、シャワー浴びてくるから、いつでも覗きに来て良いからね!」
 夕太郎の言葉を聞きながら、僕は部屋で蹲り、胸を押さえた。そして、夕太郎が押し入れから着替えを出している音を聞き、まだ、あそこには何かが隠されているのでは? と思った。

「……」
 夕太郎が部屋から出て、風呂場へ向かった。僕は、耳を澄ませながら立ち上がり、二つの部屋を仕切る襖に手を掛けた。

 さながら、鶴の恩返しの青年の気分になった。この襖を開けて、夕太郎の秘密を知ったら、僕らは一緒に居られなくなるだろうか。あの鶴と青年は、秘密を暴かなければ一生幸せに暮らしたのかな? それとも別の終わりがあったのかな。僕はどうするべきだろうか?

 僕は、夕太郎と一緒に居たい。でも、事件については知りたい。誰があの人を殺したのか。紳一はどうなったのか。

 でも夕太郎が隠していることを、勝手に見たくない。それならば、他の方法で探るしか無い。兄が公表していた連絡先が頭によぎった。
「ねぇー理斗、覗きに来ないの?」
 風呂場の方から夕太郎の声がした。僕は襖から手を離して、深く息を吐いた。

 僕は、見ない。この幸せを失いたくない。でも、あの男性を殺したのが夕太郎だったら?

僕は、思考を追い払うように頭を振って、ドスドスと足音を立てて、風呂場に向かい、磨りガラスのドアを乱暴に開けた。

「理斗⁉」
 シャンプーで頭を洗っている途中の夕太郎が振り返った。目を開けたいけれど、開けられない格好悪い夕太郎が面白かった。
「ちょっとだけ、一歩だけ、進むのね」
「は?」
 僕は風呂場に一歩踏み込んだ。夕太郎は、目を瞑り「何? 何?」と探るように顔を動かしている。僕は、その首を乱暴に掴んで、引き寄せた。少し躊躇いながら顔を近づけて、覚悟を決めて夕太郎の薄い唇に噛みつくようにキスをした。

「んん?」
 薄く目を開けた夕太郎が「理斗?」と呟いたので、開いた唇に舌を入れた。
 舌を入れたのは良いけれど、ディープキスってどうやったら良いのか分からない。僕は、二人の関係を、じゃれるように夕太郎がキスしてくる関係から、恋人のキスをする所まで進めたいのだ。
悩んだ僕は、仕方なく、ちょっとだけ夕太郎の舌を突いて、逃げるように顔を離した。

「……え? 夢?」
夕太郎は呆然と呟き、長く茶色い睫毛に縁取られた目をユックリと開いた。そして照れて俯く僕を見て、一瞬固まった後で、シャンプーに目をやられ「いてえええ、夢じゃない!」と叫んだ。
僕は、その大声で聞こえないといいな、と思いながら

「よくわかんないから……今度、恋人のキス……教えてよ」
 と小声で言ったら、動きを止めた夕太郎が、腕を伸ばしてきたので、叩き落としてドアをしめた。
「理斗ぉぉ! ちょっと! ちょっとおお」
磨りガラスに張り付いた夕太郎が叫んでいる。そして、階下から「夕太郎うるせぇぞ!」と怒号が聞こえてきた。
「ほんと五月蠅いから、静かにしなよ」
「無理だし! ねぇ、理斗、待ってて! 寝ないで待ってよ!」
 まだ五月蠅いから、一度、ドアを開けた。夕太郎が一生懸命目を擦ってからこちらを見た。僕は、すぐ側にある洗面台から歯ブラシを取って咥え
「歯も磨いてよ」
 と、プイっと顔を逸らして言った。

「……恐ろしい子」
「は?」
 夕太郎が崩れ落ちて膝を付いた。とても情けなく見える。見た目は良いのに。本当にこの男に裏なんて有るのだろうかと、先ほどまでの不信感が馬鹿馬鹿しくなった。
「……やっぱり覗かないで下さい」
夕太郎の手が動き、恩返しの鶴のように、上品な仕草でドアを閉めた。
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