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失われる記憶
しおりを挟むラブは、楽園の中を歩き、稲子を探した。夜空を見上げる余裕なんて無かった。
始めて来たとき、ラブには楽園は、自然に溢れた、素晴らしい場所に思えた。
今でも見た目は、美しく、自然と調和のとれた楽園だ。
でも、この楽園に暮らしているのは、殆どが藁人間と獣だと思うと、途端に色褪せ、恐ろしいものに見えた。
稲子は、木の家の中で、他の藁人間と一緒に壁を背にして眠っていた。
その姿は、まるで捨てられた精巧な人形のようだ。
「……稲子っ!」
その哀れな姿に息を呑み、見ていられなくて逃げ出した。
獣に引きちぎられた服のままだった。
明日、なにか着る物を届けよう。
そういえば、彼女の荷物は何処へ行ってしまったのだろう。疑問に思って、実の成る木を見上げたら、禍々しいほど美しく輝く赤い実が目に入った。
稲子の命で育った実。
アレを、稲子に返したら、彼女は元に戻ったりしないだろうか!
ラブは、走り出した。
走って、走って……木に辿り付くと、根っこに足を取られて、転んだ。
「きゃあ!」
地面に顔がついた。足から、濡れたような感触がする。
痛い 情けない 悔しい 悲しい
「……もう、やだ!」
何も思い通りにならない。何も上手くいかない。
「嫌い! 私も、神様も、何もかも、嫌い!」
ほんの些細な切っ掛けで、心が体に収まらなくなった。握りしめた拳で、地面を叩くと、ただ、手が痛かった。
「もう、どうすれば良いのぉ……」
起き上がろうとすると、太股にゴツゴツした感覚があって、ポケットに手を入れた。
そこからは、ヘビに貰った飴の袋が出てきた。
「あっ……あ……ヘビ、ヘビ……」
ラブは、必死に飴を取り出して、口の中に放り込んだ。しかし、飴は口に入らずに、コロコロ転がった。
「あはは……馬鹿、馬鹿みたい、私……ばかだよ」
土まみれになった飴を拾い上げた。
汚い。
光り輝く赤い実とは大違いだ。
だけど、これが良い。私は、こっちが良い。
土を指で払って、大切に口に入れた。
飴が、ゴツゴツ歯にあたる。
「しないよ、味がしない。美味しくないよぉ、ヘビ。 でも、良いよ。ずっとお腹空いてて良い、不味い物しか食べられなくて良いよぉ、ヘビと居たい。ヘビが良い、ヘビが――好きなの」
恥も、矜持も捨てて、子供のように泣いた。
泣いて、泣いて。
飴が口からなくなった頃――なぜ、自分が、此処で泣いているのか分からなくなった。
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