神様のひとさじ

いんげん

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二人の未来

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「……すごい」
 アダムの作った家は、石造りの小さな家だった。
 中には、炊事場と、大きなテーブル、可愛い四つの椅子、少し不格好なタンス。ふかふかの布団が敷かれたベッド、暖炉もある。
 綺麗な花も飾られている。

「ここは、全部、僕が用意したんだよ」
「ありがとう」
 ラブの胸は、チクチクと痛んだ。自分が現れるまでの、長い、長い時間、心を尽くしてくれた結晶だ。それを、自分は破棄しろと言っている。

「ごめんなさい……アダム、ごめんなさい」
 何が正しいのか、どうするのが良いのか、ラブは分からなくなってきた。

「泣かないで、ラブ。僕も間違ってたなって、思ってきた。だって、僕は君より彼らと一緒に居たんだから。やっぱり、僕らは此処を離れよう。今から船を見てくるから、君は休んでて、ほら、良い布団でしょ?」
 アダムが、綿でパンパンの布団を自慢げに叩いた。

「うん、すごく柔らかい、こんなに良い布団、きっと世界の何処にもないよ」
 ラブの言葉に、アダムが嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、ここのランプだけ点けておくね」
「ありがとう、アダム」
 アダムが家を出て、暫くあちこちを眺めてから、ラブは布団に横になった。

「皆、どうか……無事にコロニーに帰れますように」
 誰に祈って良いのか分からなかったけれど、言葉にせずにはいられなかった。

「ごめんなさい……」

 驢馬も、稲子も……コロニーで襲われた人達も、全部、自分のせいで死んだ。
 そう考えると、心が押しつぶされそうだった。

 あの木は、燃やした方が良いのかもしれない。
 もう二度と、だれも食べられないように。
 ラブは、色々な事を考えながら、やがて意識が沈んでいった。


「あった」
 
 アダムは、枝に手を伸ばし、実を手にした。ラブの命を長らえる、赤い実。
 その実を付ける木の後ろには、もう一つ、別の種類の木が生えている。

 その木に成る実は、食べるのを躊躇うほど、毒々しい見た目をしている。黒くて、中がぐちゃぐちゃな実だ。

 しかし、その木には時々、美味しそうな赤い実が成った。
 試しに、この地に住んでいた人間に食べさせた所、その人間は、記憶や知識を失った。

「これを、使えば良い」

 自分のイブは、無駄な知識や経験から、妙な思想を手に入れてしまった。

 アダムは、そう考えていた。
 イブをだまず事は、少し心苦しかったけれど、彼女のためだ。
 アダムは、実を持ち帰った。

 アダムは、眠りにつくラブをベッドに腰掛けて、見下ろした。

 神が作った、自分の唯一無二の女性。
 美しく、優しい人。
 彼女は、今、苦しそうな表情で眠っていた。

「君が、空腹に苛まれ、偽物みたいな儚い命にならない為には、ここで生きることが重要なんだよ。今ある苦しみも、全部取り払ってあげるよ。君の望み通り、一からやり直せる」

 アダムは、ラブの髪を撫でた。
 ラブの睫毛が揺れて、彼女の黒い瞳が覗いた。

「おかえり」
 彼女が、取り繕って笑うから、心からの笑顔が見たいと思った。

「ラブが、食べてくれそうな物穫ってきたよ。これは普通に実をつける木の果実だよ」
 アダムは、ラブを抱き起こして、その唇に実を運んだ。

「ありがとう」
 ラブは、小ぶりなその実を囓った。つぶつぶした果肉が口の中で踊っている。

「どう?」
「美味しいよ」
「そっか、良かったよ」
 半分ほどラブが食べた実を、今度はアダムが口にした。

 僕らは、一から、やり直す。

 僕は唯一の女性を探して、君は、唯一の男性を探して。
 ここで、再び出会うんだ。

 アダムは、胸がドキドキと高鳴った。

「ねぇ、ラブ。夜空を見てきたらどう? 光る虫も飛んでいて、とっても綺麗だよ。僕は、その間、美味しいお茶を淹れているよ」

 僕は、不思議に思うだろう。二人分のお茶を淹れている自分に。

 そして、きっと探しに行くよ。

「うん……そうだね」

 ラブは頷いた。変わってしまった稲子の事も気になった。
 ラブは、布団を剥いで、サンダルを履いてドアへと向かった。

「ねぇ、ラブ」
「なぁに?」
「ううん、やっぱり何でも無い。後でいいや」

 アダムの様子に、ラブが首を傾げた。

「じゃあ、気をつけて。もしも、道に迷ったら動かないで。迎えに行くから。待っていて、僕の事を」

 ラブは頷いて、外へと足を踏み出した。
 ラブの揺れる髪を、華奢な背中をアダムは愛おしそうに眺めた。


「今度こそ、僕らは……一つになれるよ」

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