神様のひとさじ

いんげん

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侵入者

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 二人が居住区に着いた頃、コロニーが緊急事態を知らせた。

 鳴り響く警戒音に、ラブは驚いてヘビに飛びつき、人々が何事かと部屋から顔を出した。

「何?」
「ハジメ、何が起きた?」

『獣が侵入しました』

「何故だ⁉」
 コロニーの出入り口は、厳重な扉で電子制御されている。獣が入り込むなど、考えられなかった。様子を見に部屋の外へ出た人々に動揺が広がる。今まで、このコロニーの中は、平和だった。殺人事件もあったが、それはあくまで人同士の争いだ。

『驢馬が戻ったのでロックを解除したところ、彼が獣を引き入れました』

 ハジメの返答を聞いた者たちが、悲鳴を上げて部屋に戻った。部屋が施錠される音が次々聞こえてきた。

「何だと……」
「驢馬、い、生きてたの?」

『分かりません。ただ、驢馬だと名乗り、驢馬と認証される者が帰還しました。彼の引き入れた獣は、五頭です』

 驢馬が生きていた。そして、獣を連れて戻ってきた。彼の目的は分からないが、人間を食べる肉食獣が家の中に入って来た。平和的な物語が始まるとは思えなかった。

「くそっ、全員個室に退避するように勧告しろ!」

『分かりました』
 ヘビは、ラブの腕を掴むと、自室に駆け込んだ。彼は、その足でクローゼットに向かった。

「ヘビ、どうするの?」
「驢馬がどういうつもりか分からないが、侵入された以上、獣は駆除する」
 ボディアーマーを着込み、ライフルと拳銃、ナイフを装備した。

「あ、危ないよ!」
「問題ない」
「私も行く!」
 何か武器を頂戴、と手を出した。すると、ヘビは掌サイズの拳銃をラブに渡した。

「もし、ここに驢馬や獣が入って来たら、躊躇わずに打て」
「ヘビ!」
 置いて行かれる前提の話に、ラブが不満の声を上げた。

「良いか、絶対にこの部屋から出るな。安全が確認出来たら迎えに来る。あいつ、アダムが来た時だけ出ても良い。それ以外は、開けるな」
 ヘビは、ラブに顔を近づけ、強い眼差しを向けた。

「わかったか?」

 ラブにも、自分が足手纏いになることは予想出来た。
 だが、ヘビの事が心配だった。
 答えられずにいると、ヘビの腕輪が鳴った。

『ヘビ、フクロウだ。獣と驢馬は別行動している。獣は散り散りにコロニーの中を走り回っている。殆どの人間は自室にいる。土竜たち数人がまだ戻ってない。俺は食堂に向かう』

「わかった。俺は、驢馬を追いながら獣を減らす」
『了解』
 フクロウとの通信が終わり、ヘビがドアに向かって歩き始めた。

「ヘビ!」
 ラブは、ヘビを追いかけ、手を取った。ラブの手が震えている。

「大丈夫だ。この部屋に居れば安全だ」
「ヘビが、安全じゃないよ!」

「獣との戦闘は、何度も経験している。コロニー内だ、此方の方が有利だ」
「でも、でも!」

 引き留めようとするラブを、ヘビは少し困ったように笑って、躊躇いながらラブの背中に右腕を回した。

「心配されるというのは……案外嬉しい事なんだな」
「ヘビ!」
 ラブは悲痛な声で名前を呼んだ。

(どうしたら、我慢出来るのかな。ヘビを好きって気持ちを。どうしたら、知らなかったフリを出来るだろう。好きだよ、ヘビが……危ない所に行って欲しくない。心配で堪らない!)
 
 ヘビの遠慮がちで、少しも引き寄せない抱擁に、ラブの心が囚われていた。

 離したくない。誰かの為に危険を冒して欲しくない。
 ラブは、ヘビの胸にギュッとしがみ付いた。


 しかし、時は進み、ヘビの腕が離れ、伝わってくる熱が失われる。

「いいか、大人しくしていろよ」

 ラブは、泣きそうな顔で見上げているのに、ヘビは晴れやかに笑って出て行った。
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