神様のひとさじ

いんげん

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正しい道

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 夜になると、土竜たちは、酒や食糧を大量に用意し、食堂で集まっていた。

 いつもは、自分達の部屋や、人の目に触れにくい場所で騒ぐのだが、まるでヘビたちに見せつけるようだった。

 彼らに関わりたくない者たちは、今後のコロニーの未来に不安を抱きながら、目を逸らし部屋へと戻った。
 ヘビやフクロウたちも、最初は彼らを見張っていたが、問題を起こすまでに至らないと判断し、引き上げた。

 ラブは、アダムと畑で話をしていた。

「ねぇ、どうして話をしないの? 土竜たちを本当に連れていくの?」
 木の根元に寄りかかり、サルーキの耳で遊んでいるアダムに、ラブが近寄った。

「何を話すの?」
「……アダムが、私と外へ出る前に、一回外へ出たでしょ? その時、驢馬は居たの?」
 ラブは、疑うような質問をすることに後ろめたさがあり、アダムから目を逸らした。

「どっちだと思う?」
「分かんないから、聞いてるの」
「まぁ、別に僕は殺してないよ、驢馬の事。あの時は、外がもう雨降ってないか確かめに出ただけだよ、ラブが濡れちゃうから、雨なら何か雨よけが必要でしょ?」
「そう……で、土竜たちの事は?」
「僕らの楽園、最終的には、ここのコロニーの人達も一人ずつ招待しようと思ってたんだよ」
「そうなの?」
「うん、だから、ちょっと計画通りじゃないけど、良いかなって。彼ら悪い事、考えてそうだけど、安心して。楽園は、僕らにとって安全な場所だから」

 アダムの手がラブに伸ばされた。ラブの体が抱き寄せられて、ポンポンと背中を叩かれた。
 安心するはずの、片割れの腕の中なのに、ラブは何だか居心地が悪かった。

 それは、今の落ち着かない気分のせいなのか、ラブは深いため息を吐いた。

「今日は、もう戻るね」
 ラブは、アダムの胸を押し返し、立ち上がった。

「送っていくよ」
「大丈夫、もう迷ったりしないよ」
「じゃあ、サルーキ、君がラブのナイトになって」
 アダムの言葉に、サルーキが真面目な顔で立ち上がった。
 ワン、と吠えてラブを振り返り、気取って歩き出した。

「おやすみなさい、アダム」
「うん、おやすみ」


「結局、驢馬が居たのか、答えてないよ……アダム」
 ラブは、サルーキと歩きながら、肩を落とした。

(私は、色んな人を疑っている、良くない感情を抱いている……嫌だな、初めてヘビとあったあの日から、時間がたつに連れて、自分が単純じゃなくなっていくのを感じる。あの時は、自分の片割れの男性に会えて良かった、嬉しい、お腹空いたしかなかったのに)

 ラブは、ヘビに貰った飴の袋を取り出し、ぎゅっと握りしめた。
 すると、サルーキが首を伸ばし、クンクンと袋の匂いを嗅いだ。

「駄目だよ、サルーキ。飴は、きっと食べない方が良いよ」
「ワン!」
 ラブの声かけに答えたサルーキが、早足で歩き出した。

「ちょっと、何処行くの? そっちは、居住区じゃないでしょ」
「ワン!」
 呼び止めるラブを、サルーキは自信満々の知った顔で振り向き、頷いた。

「何? ま、待ってよ」
 勝手に何処かへ向かうサルーキを、ラブが追いかけた。


 サルーキは、滝を眺める事が出来る部屋の前で止まった。そして、カリカリとドアを爪で掻いた。

「此処を開けるの?」
 ラブは、首を傾げながら、ドアを開いた。
 ざーっと水が流れ落ちる音が聞こえてくる。

「誰だ?」
 中から、ヘビの声が聞こえてきた。

「ヘビ?」
 ラブは、ドアの中を覗き込み、足を踏み入れた。

「お前、何をして……」

 ヘビは、はっと鋭い目を見開くと、手すりから離れ、ラブの方に一歩踏み出すと、此処を通さない、とばかりに長い腕を広げた。

「もう」
 飛び込んだりしないよ、言いかけてやめた。

 面白くなって、両腕を構えた。ヘビを掻い潜り手すりに触れる事が出来たら勝ち、そんな気がした。

「たあああ!」
 ヘビの脇を通り抜けようと、走り込んでいく。

「何なんだ⁉ どういうつもりだ」
 あっさりと捕まり、後ろからホールドされて、手すりから離された。

「あはは、無理だったかぁ。負けちゃった」
 ヘビに抱き上げられ、足をブラブラさせながら、ラブは笑った。

「何の勝負だ。意味の分からない事をするな、もう水辺に近づくな」
 ヘビの大きな溜め息が、ラブの髪を揺らした。

(駄目だ……本当にもう駄目。ヘビの事が好き)

 ラブの顔は、真っ赤で、心臓はドキドキと高鳴った。

「は、離して。もう飛び込んだりしないよ!」
「……本当か?」
「本当だってば!」
 ラブの足は地に着いた。

「一人でフラフラ出歩いて何しているんだ?」
「え? 一人じゃないよ、サルーキと……あれ? 居ない」
 ラブは、サルーキを探し、キョロキョロと見回したが、サルーキの姿はない。

「気をつけろ、土竜たちは、もう此処に残るつもりはなさそうだ。何をするか分からない」
「うん……ヘビ、大丈夫?」
「何がだ?」
「色々。あのね、えっと」
 ラブは、アダムの話をしようと思い、部屋のドアを閉めた。
 挙動不審なラブを、ヘビが心配そうに見下ろしている。

「今、話をすることって、ハジメも聞いている?」
「……」
 ヘビは、少し考えた様子で動きを止めてから、自分の腕輪とラブの腕輪を弄った。ピピッと電子的な音がした。

「口元を押さえて、小さい声で話せ、認識されない」
 ヘビの言葉に、ラブが大きく頷いた。そして、ヘビの事を手招きして、腕を引いて前屈みにさせた。
 ヘビの耳に手を当てて、コソコソと話始めた。

「本当は、あの日……私とアダムが外に出る前に、アダムが先に外に出たの。ほんの数分だったけど……アダムは、驢馬を殺したりしてないって言ってるし、やっぱり驢馬は獣に襲われたんじゃない?」

 ラブが、ヘビの耳から離れた。
 そして、今度は、ラブの腕を引いたヘビがラブの耳元で口を開いた。

「ならば」
「ひいいい」
 話を始めた途端に、ラブがくすぐったがって、耳を押さえて離れた。

「……おい」
「だ、だって! くすぐったいし、緊張するし!」
「お前も、同じ事をしただろう」
 俺だって耐えていた、ヘビは、そんな目で偉そうにラブを見下ろした。

「むー」
 口を噤むラブに、もう一度ヘビが顔を寄せた。

「なぜ、アダムは黙っているんだ? まぁ、アイツなら愉快犯的に口を閉ざしそうな気がしてきた……」
「私も、ちょっと、そう思う。ヘビは、驢馬が生きてると思う?」
 ラブは、口元を隠すように俯いて、顔を寄せているヘビの頭に、自分の頭をくっ付けた。

「……AIは、配慮がないし、心もないが嘘はつかない。ハジメが出してきた画像は本物だと思う」
「じゃあ、やっぱり驢馬は、獣にやられて死んじゃったのかなぁ?」
 嫌な事をされて、嫌いだったし、許せないと思ったけれど、死んで欲しいとまでは思っていなかった。

「何とも言えない。今、イルカが腕輪を詳しく解析している。音声は録音していないが、位置情報の推移と、生体反応の情報は取り出せるはずだ。何か分かるかもしれない」
「……ごめんね」
「なぜ、謝る?」

「ラブ達が、外で暮らすなんていうから、土竜たちも外に行くって言いだしたんでしょ? それって、ヘビや、此処に残る人にとって、良くないことだよね?」
「良いか、悪いかは、時間が経たなければ分からない。一人の人間としての結果の善し悪しと、全体としての判断はまた別物だ。ただ、対立し分断してしまい、交流がなくなるのは、どちらにとっても利益がない。感情だけで社会を築き維持することは難しい。だから……例え、お前達が外で暮らしても……お互いに助け合う必要がある」
 ヘビが天を仰いだ。

「結局は、ハジメの言ったとおりだ」
「ヘビ?」
「正しいのは、いつも機械だ。やはり、俺はハジメに従い、お前は運命とやらに従うのが〝正解〟なんだろう」

 ヘビはラブに向き合うと、恐る恐る、手を伸ばした。
 ラブの頬に、ヘビの荒れた手が添えられた。

 触れられるだけで、嬉しくて、切なくて、胸が痛い。感情の高ぶりで、ラブの目が潤む。

「ヘビは、感情だけで言うと、どんな気持ちなの?」
「……」
 ラブをジッと見つめ、暫く時を止めたヘビが、操るように自らの口角を上げた。

「言葉にするのは、難しい。ただ、自分が滑稽で可笑しい」
「可笑しい?」
「ああ、黒を白に変える方法がないか、滝が空に昇る方法がないか、馬鹿な事を考える」
 ラブは、ヘビの物言いが難しく、何度も首を捻った。

「どういうこと?」
「何でもない」
 ヘビは、ラブの腕輪に触れ、また同じ電子音を響かせた。

「部屋に戻るぞ」
「う、うん」
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