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驢馬の安否
しおりを挟む「本当だ、この目で見たんだ!」
驢馬の取り巻きの男が、何かを必死に訴えていた。それを皆が馬鹿にするような、怪訝な目で見ている。
「どうしたんだ?」
「お、おかえり、ヘビ」
フクロウが、中心で手を上げた。
「どこ行ってたの? 大丈夫?」
ラブの元へ、アダムが駆け寄ってきた。
「外で……ヘビと驢馬の手がかりを探してたの」
「アダム、皆集まって、どうしたの? 何があったの?」
「見たんだって」
「何を?」
――驢馬を。そう言って、アダムは、笑った。
「驢馬を探して、結構遠くまで歩いたら、丘の向こうに驢馬が立ってたんだ!」
男は、恐ろしいものを見たかのように、震えていた。
「そんな訳ないだろう、だって驢馬は、生きていると思えない怪我だ。もし、奇跡的に生きていても立てない」
フクロウが、男をあやすように肩を叩いた。
「でも、間違いない。驢馬だった。怪我一つしてなかったんだよ!」
「じゃあ、なぜ一緒に戻って来なかった」
土竜が聞いた。
「お、俺も呼んだんです。無事だったんだな、コッチに来いよって……でも、驢馬、目つきがおかしくて、表情もなくて、こっちの声も聞こえてるのか……直ぐに何処かに消えちまって」
「つ、疲れていたんじゃないですか! 生きているはずない、ってハジメも言ってたじゃないですか」
鳩は、落ち着きなく大きな体を、動かしていた。ヘビの厳しい視線が、鳩に注がれる。
「そんなの、てめぇに言われなくても、分かってる!」
男の足が、鳩を蹴りつけ、フクロウとヘビが止めに入った。
「一つ聞きたいが」
ヘビが、男に向き合った。
「お前が見た驢馬は、腕輪をしていたか?」
「腕輪? どうだったかな……」
男は首をかしげ、たっぷり考えたあと、してなかったと答えた。
「そうか」
ヘビが、驢馬の腕輪を取り出した。
「さっき、荒野の先の林で見つけた、驢馬の腕輪だ」
ヘビが、鳩を見ると、鳩は目を見開いて、隠れるように体を小さくした。
「なぜ、生きているなら帰ってこない。なぜ腕輪を外した、あの怪我の映像は何だったんだ? もはや、誰の何を信じて良いか分からないな」
土竜が、聴衆に同意を求めるように苦笑した。
「ホントだよ! 結局あの子は生きてるのか? 死んだのか、殺されたのか、どうなってんだよ!」
キボコが、怒りを含んだ悲痛な声で叫んだ。
『あの映像は、本物です。あの怪我と、予想される出血量では、驢馬の生存の可能性はありません』
「俺は、本当に見たって言ってんだろうが! このクソ機械が!」
「きゃあ」
カッとなった男が、近くの女の手にしていた本を掴んで、天井に投げつけた。
ライトが割れ、破片が飛び散った。
「……」
ラブの頭上は、ヘビのコートと、アダムの腕に守られた。
「俺は、このコロニーに不信感を抱いている。丁度良い。驢馬が外に居るかもしれないなら、俺は外で暮らす。驢馬は、コロニーの誰かに暴行されて、怖くて戻れないのかもしれないしな。アイツは、威張っているが気の弱い小心者だ」
土竜が言った。
「アタシも、行くよ」
キボコが手を上げると、稲子も頷いた。土竜の取り巻きと、驢馬の取り巻きも、次々と手を上げた。その数は、十三人に及んだ。
「おーい、待て、待て。驢馬は、獣に襲われて死んだかもしれないんだぞ」
フクロウが、驚いたように両手を挙げた。
「アダム達のコロニー付近には、獣も出ないんだろう。生活基盤もあると聞いた。俺達は、これを期に移住する」
「正気で言っているのか? アダム、まさか受け入れるのか?」
ヘビが、アダムを睨むように視線を送った。
「えー、別に歓迎しないけど、拒否もしないかな。僕とラブの邪魔にならなければ、別に良いよ。まぁ、ちょっとは何かの役にたってくれそうだし」
アダムは、ラブにガラス片が付いていないか確認しながら、興味なさそうに答えた。
「……アダム」
ラブには、こんな形で、彼らが外で暮らすことが良い事だと思えなかった。土竜が、驢馬の事を想って言っているように思えない。何か、嫌な予感がして仕方なかった。
「許可できない」
「此処を出るのに、お前の許可が必要か?」
土竜は、ヘビを煽るように顔を近づけた。
「今度は外で問題を起こすつもりか? アダム、お前も考え直せ」
ヘビの意見に賛成するラブは、アダムの腕を引いて真剣に見つめた。
「俺も、俺も行く!」
バンビが、大人を掻き分けて、アダムの前にやって来た。
「驢馬が生きてるかもしれないなら……母さんも生きていても不思議じゃないだろう! 俺も外の世界で暮らす!」
「えー」
アダムは、面倒くさそうに頭を掻いた。
「バンビ、貴方のお母さんは、もう……」
クイナが、バンビに手を伸ばしたが、その手ははたき落とされた。
「皆、まずは驢馬の事から解決しないか? それから、もし移住したいという者がいるなら、先行調査するべきだ」
「解決って、探す以外に何があるのよ」
キボコがヘビに顎をしゃくった。
「……驢馬の腕輪には、鳩との通信記録があった」
皆の視線が、鳩に集まった。
鳩は、頭を抱えて、ガタガタと震えている。
「おい、てめぇ。どうゆう事だ!」
男達が勇んで鳩に詰め寄るのを、フクロウとヘビが間に入ってとめた。
「あの夜、何があったのか聞かせてくれ」
ヘビの問いかけに、床に座り込んだ鳩が、口を開き始めた。
「あの夜……驢馬さんは、き、機嫌が悪かったみたいで。憂さ晴らしに俺を外に呼び出しました。いつも通り、殴られて、蹴られながら文句を言われました……でも、その後、疲れた驢馬さんは、俺にさっさと戻れって言って……俺は、それ以降は知りません! 本当です!」
「何で黙っていたの?」
クイナが聞いた。
「それは……流石に馬鹿な俺でも、最後に一緒に居たのがバレたら、疑われるって分かってましたから……言えなかったんです!」
鳩は泣きながら、すみませんでした、と頭を床に擦りつけた。
「結局、何にも分からないじゃない。人なの獣なの」
キボコが、呟いた。
「扉の開閉は、九回。鳩、お前は驢馬と一緒に出たか?」
「いいえ……外に来いと呼び出されて、出たら出入り口で驢馬さんが待ってて、蹴られながら山の茂みの方へ連れて行かれました」
「それなら、あと二回不明な開閉が有る事になるわね」
その二回は、アダムだった。
ラブは、緊張と恐ろしさで、何度も髪に手を当てた。
どうして、言わないの? ラブは、アダムを見やった。アダムは悪びれる様子もなく、普段通り微笑んでラブを見下ろしている。
「もー面倒くさいなぁ、いい加減名乗り出ろよ! 後から自分だったなんて言ったら、犯人にされるぞ」
イラついた稲子が、人々に睨みをきかせた。
「怪我したのが演技で、だから外でピンピンしてるとか?」
アゲハが言った。
「うっせーな、お前は黙ってろよ!」
「君も落ち着いて」
アゲハに噛みつきそうな稲子の前に、イルカが身を乗り出した。
「とりあえず、明日、鳩が驢馬と会った付近を中心に調べてみないか?」
ヘビが提案した。
「まぁ、俺達にも準備が必要だしな」
土竜が言うと、手下たちが「此処で稼いだ金を使い切らないと」と冗談めいて言った。
コロニーを出る気が無い者たちは、眉を顰めている。
「くれぐれも、ルールは守れ」
珍しく、感情を乗せたヘビの物言いに、男達が一瞬、騒ぐのをやめて「わかっているさ」、と誤魔化すように笑った。
皆が落ち着かない空気を纏っていた。
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