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女同士の話。
しおりを挟むアダムと出会ってから、朝夕の散歩が日課になった。
外は怖い、危ないと教えられているが、もう一ヶ月近く外に出ているが、ラブは一度も獣に遭遇していない。
「残念。今日は、曇ってるね」
「きっと、午後は雨が降るよ」
人工衛星が消滅し、天気の予報は出来なくなった。しかし、アダムが呟く天気予報は、外れた試しがなかった。
「あれ?」
今日は、二人が外に出ると、土竜がやって来た。
「アダムに話がある。いいか?」
土竜は、いつも見た目に反し、とても静かに話をする。
皺に区切られた硬そうな肌肉が口元だけ笑顔を作っているのに、今日も目は笑っていない。
ラブは、彼が女性に声を荒げたり、暴力的な態度を取った所は見たことが無いが、怖かった。目を見ずに、コクンと頷いてアダムから離れた。
「えー、僕がよろしくないけど。用ないもん」
アダムは、下唇を突き出して、肩をすくめた。ラブの方がギョッとして、アダムの背を押した。土竜は、断られても表情を変えない、かといって引き返したりする様子もない。
「いいよ、行ってきて」
「ええー」
アダムが、ラブに向かって、どうして? と両腕を広げた。土竜が先に歩き出した。
「この子の相手は、私にしてろって」
「キボコ!」
コロニーに続くトンネルから、ライフルをぶら下げたキボコがやってきた。Tシャツを張る胸と、胴回りの肉が逞しい。
「私、女同士の話するから、アダムもどーぞ」
ラブが、キボコの腕に抱きついて、アダムを追い払った。
「……ふられた」
捨てられた子犬のように、泣きそうな顔したアダムは、何度もラブを振り返りながら、土竜の後を付いて行った。
「で、女同士の話って、何よ」
キボコは、腰ぐらいの高さの大きな岩に腰掛けた。
「聞きたい事が、いっぱいあるのぉぉ」
ラブは、キボコの目の前で頭を抱えて訴えた。同じコロニーで暮らしていても、従事している作業が被らないので話す機会が中々無かった。
最近、ラブは、鳩と動物のお世話や、畑仕事をしている。
「まぁ、一つずつ言ってみなさいよ」
キボコは、自身の髪を一房取り、枝毛を探し始めた。
「あのね、まずね……運命の男、ヘビじゃなくてアダムだったの!」
「聞いたわ、アンタが、アダムの生き別れた恋人なんだって。思い出したの?」
「うーん、そういう記憶はないけど、そうなの」
「めでたし、めでたしね」
キボコは、見つけた枝毛を割いて言った。
「そうなんだけどー、そーなんだけど!」
「恋人が現れたけど、ヘビも好きと」
「へっ⁉ そうじゃ……なくて……」
「じゃあ、どういうことよ」
「アダムは、私の運命で、アダムと最後まで行くのが正解なの、だけど……何か、モヤモヤするの! 幸せな気分じゃないの」
「知らないわよ」
「キボコ、聞いてぇ。アダムに会う前は、ヘビとの生活と、お腹空くことにモヤモヤして、此処じゃない、なんて思ってたのに、アダムが現れてお腹いっぱいになったのに、これでいいのかなぁとか思っちゃうの! ラブ、欲望の塊だった! 酷い人間だったの!」
ラブは、キボコの腰掛ける岩の前に倒れ込んだ。
キボコは、大きな溜め息をついて、手にしていた毛を払った。
「つまり、アンタは、理想の生活を提供するアダムと、心惹かれているヘビの間で揺れていると。絶滅前の恋愛で言う所の、結婚するならアダム、恋人ならヘビというわけなのね」
「……どういうこと?」
目に涙をためて、鼻をすするラブが顔を上げた。
「この男となら幸せになれそうだけど、恋心はない相手と、生活は満たされないけど好きな相手どっちらを選ぶべきかという永遠の問いよ」
「そうなの? でも選ぶも何も、ヘビはラブの事好きじゃない。ちなみに、その正解は?」
「無いわよ」
「えー!」
「人生は、二回無いのよ。比べようがない」
「キボコならどっち選ぶ?」
「好きな男に決まってんじゃない。生活なんて自分でどうにかしなさいよ。そもそも、最後まで行った先が、野垂れ死にでも良いってのが覚悟よ」
「そっか……」
「ただ、贅沢な悩みよね……どっち選んでも、それなりじゃない。この乳臭いガキの何処にそんな魅力が?」
キボコが岩から降り立ち、ラブの頬を掴んだ。
「顔ね。あと、あり得ないくらい綺麗な肌と、美しい髪。結局男って、可愛い、かよわい女が好きよね。あと、ミステリアスで幸薄そうなのとか」
「ありがとう」
「褒めてないわよ!」
キボコがラブの頬を引っ張った。
「いひゃい」
「どっちでも良いけど、アンタが決めなさい! 誰が何を言ったかじゃない。相手が何をしたからでもない。アンタがどうしたいかよ! 大体なんで、アタシが恋愛相談係みたいになってんのよ……」
「キボコ以外に居ないもん」
ラブは、キボコに抱きついた。キボコは、暑苦しいとラブを払いのけながらも、満更でもなさそうだ。彼女は、強権的ではあるが、懐に入れた人間に対して面倒見の良い女だ。
「そういえば、土竜はアダムに何の用なの?」
「さぁ、どうぜ悪巧みしてんでしょ」
「悪巧み? どんな?」
「男の悪巧みなんて、名誉、権力、金そんなもんでしょ」
「アダム、興味ないと思うよ」
ラブは首を傾げた。
「弱みがあれば、何でも利用すんのよ。今までアダムには、それが一つも無かった。宙に浮いてた」
でも――アンタが現れた。
キボコが、ラブの胸を突いた。
「アダムが、ラブのせいで利用されちゃうってこと?」
「さぁ」
ラブは、頭を抱えた。
(やっぱり、早く此処を出ていった方が良いのかな。そうすれば、アダムが利用される事も無いし、悩むこともなくなるかも)
アダムは、コロニーから度々姿を消している。ラブの実の為に、楽園を住みやすく整える為に出かけて行く。ラブが一緒に行ってみたいと声を掛けても、楽しみにしてて、とはぐらかされている。
「アダム、土竜の話って何だったの?」
土竜とキボコが居なくなってから、ラブはアダムに聞いた。アダムは「んー」、と空を仰いで考えた後、ラブの肩を抱いた。
「ラブは、キボコと、どんな話をしたの?」
「……」
ラブの口が、ぎゅっとつぼんだ。
「あはは、ごめん。聞かないよ。土竜は、ヘビやフクロウ、コロニーの執行部が嫌いみたいだよ」
「どうして?」
「昔はコロニーで好き勝手やってたのに、ヘビやフクロウに仕切られるようになって不満みたいだよ」
土竜やキボコの世代は、争いが絶えなかった。
暴力が日常茶飯事で、AIロボットも何機も壊された。AIは、対策として色々な制裁を加え、ルールを決めた。そして、指導者たる者の育成を急いだ。
フクロウやクイナ、ヘビを執行部に決めても、最初は誰も従わなかった。しかし、彼らが、新たな食糧の開発や、更なる電力の供給、外の資源の有効活用、質の高い医療の提供などに成功していくと、次第に彼らの評価が上がり、支持されるようになった。
それでも、気に食わなかった土竜たちは、ヘビを襲撃した。
しかし、失敗に終わり、実行犯である土竜たちが拘束されている間に、コロニーのヒエラルキーは完全に変化していた。
「僕をコロニーのトップにしてくれるって」
アダムは、ラブの肩を引き寄せて、人差し指を突き上げた。
「まさか、興味あるの?」
「ううん、全然無い」
「そうだよね」
「だから、僕たち、もうすぐ外で暮らすから、皆さんで ご自由にどうぞって言った」
ラブは、ギクリと肩が震えた。
ヘビの事が心配になった。
「それで……」
「外かって、ニヤニヤ笑ってた」
アダムは、端正な好青年顔を歪め、土竜の真似をした。
「どういう事?」
「さぁ、彼らの考えは分かんない」
「そっか」
ラブは、深いため息を吐くと、アダムが顔を寄せて、ラブの頭を撫でた。
「あっ、ヘビだ」
「え⁉」
「ウッ!」
ラブの頭が、アダムの顎を強打した。
「あー、ごめん」
「らいじょうぶ」
アダムは、顎を押さえて苦笑した。
「お前ら、そろそろ中へ戻れよ」
ヘビは、ラブと出会った日のように、コートを着て荷物を背負い、武装していた。
「やっほー、ヘビ。何しに行くの?」
アダムは、ラブの腰を抱いて、ヘビに声を掛けた。
「調査だ」
ヘビは、チラリと二人に視線を送り、目を逸らした。
「何の?」
「周辺地図の範囲を広げる」
「へー、今日は雨だから、気をつけてね。行こう、ラブ」
アダムに促されたけれど、ラブは足を踏ん張った。
「どうしたの?」
「えっと……その……」
ラブが、ヘビを振り返ると、もうヘビは歩き出して遠くまで行っていた。ラブは、呼びかけたい気持ちを飲み込んだ。
「何でも無い」
「そう?」
アダムは、ラブに微笑みかけた。そして、ラブが歩き出すと、パッチリした目を眇め――ヘビの視線を追い払った。
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