神様のひとさじ

いんげん

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ハジメの提案

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ヘビは、コロニーに戻ると早々にコロニーのコントロールルームに向かった。

 その部屋には、かつて二足歩行していたロボットが、椅子に腰掛ける形で置かれている。最初に誕生させた子供達を育てるために利用した機体の一つだ。劣化し、故障したために動く事が出来ない。修理することは可能だったが、修理しない事に人間達が決めた。

「ハジメ、今日のアダムの行動記録と、コロニーに持ち込んだ植物の画像を出して欲しい」
 ヘビが話しかけると、声を掛けられたロボットが首だけを、そちらに向けた。

『行動記録は、コロニーの半径五キロまでしか追えません。アダムは、ずっと東に向かいました』

「東に?」
 ヘビは、椅子の肘掛けから伸びる モニターに視線を落とした。

『持ち込んだ植物は、過去、人間達が 林檎と呼んでいた実によく似ていますが、茎の形状などが一致しませんし、林檎よりも柔らかく水分量も多そうでした。分析を願い出ましたが、拒否されました』
 モニターに画像が映し出され、ヘビがソレに見入った。

「アダムは、午後八時半に出発し、午後十一時四十分には戻っているのか……そんな近くに、彼らのコロニーがあるというのか? 先日戻ったイルカたちは、北へ向かい、険しい道のりを十時間以上歩いたと報告していた。彼らは遠回りさせられたのか?」

『わかりません。彼らの行動も五キロまでしか残っていません。聴取した内容で地図を作っています』

 アダムが、このコロニーに現れ、ヘビたちは幾度となく、元いたコロニーの場所を聞いたが、何度もはぐらかされた。思い出したくない。混乱の中、無我夢中で逃げてきたから、記憶が正しいか分からない。そう言われてしまうと、強く追求が出来なかった。

 人類が打ち上げた衛星は、全て消失しデブリとなった。長い年月で、周辺環境も大きく変わった。彼らも完璧な地図を持っていない。

「アイツ、何か隠している気がしてならない……」
『実を食べ残し、廃棄する事があれば、分析に回します』
「そうだな……今思えば、アイツに食べるかと聞かれた時に、食べると答えておけばよかった」
 ヘビは、ラブに聞かれたとき、感情的に拒否したことを後悔した。

「アダムとアイツ……ラブは、外で暮らす予定らしいが、現実的に可能だと思うか?」
『彼が先日持ち帰った獲物の牛や豚、野菜は今の地球環境に適合した、完璧なDNAを持っていました。彼らのコロニーが作った家畜が、野生化し繁殖に成功していると考えるなら、可能だと判断出来ます。それに、彼女には赤い実という完全栄養食があります』
「そうか……しかし、快適とは言いがたいうえに、病気や怪我をすれば話は別だ。アダムが動けなくなった場合もだ。リスクが大きすぎる」
 ヘビは、ハジメに繋がるコードを避けて歩き、壁に背中を預けた。組んだ腕の上で、彼の指が握りしめられた。

『しかし、いつかコロニーで収容できないほど人口が増えた場合、先駆者の 外で暮らす知識や経験が役に立つでしょう。彼らから情報を享受する代わりに、医療や必要な支援を提供するのはどうでしょうか?』
「先駆者とは、聞こえが良いが、試験体扱いは……したくない」

『我々の目的の為には必要ではありませんか? ヘビが繁殖を望み、ラブと特別な心の交流をすることは賛成しますが、あまり一人に肩入れすることは評価できません』
「……」
 ヘビは、流れ落ちた前髪越しに、ハジメに強い視線を向けた。

 彼の表情は強ばっている。
 今までヘビは、効率や正しさを重視し、ハジメの意見に従って生きて来た。
 初めて、強い不快感を伴った衝動が湧いてきた。

『アダムとラブが、外で暮らしたいという希望を持つことは、我々にとっても好都合です。賛同し、協力を申し入れましょう』
 ヘビは、ハジメの言葉を拒絶するように、歩き出した。

「まだ、時期尚早だ」
 


 ヘビが向かったのは、セレモニールームだった。
 コロニーで死んだ人間の体はシステム的に処理される。後には何も残されない。
 そのために、生前の写真がこの部屋に飾られている。
 六メートル四方の部屋に、階段状になった祭壇がある。下へ行くほど最近亡くなった人間の写真が置かれている。皆、同じ木製のフレームに納まっている。

「これは……」
 目的だった女性の写真の前に、先ほど作った花冠が置かれていた。
 バンビの母の遺影だ。明日は、バンビの母の命日だ。

「もう、三年か……」
 バンビの母を喰らった獣たちが、このコロニーの外を闊歩し始めたのも、三年前くらいからだった。資料に残る、狼に似た大型の動物だ。

 バンビの母は、同世代の男性に人気の女性だった。キボコが言うには「幸の薄そうな、男が放って置かないタイプの、いけ好かない女」らしい。
 彼女は、獣たちに噛みつかれ、大量に出血していた。なのに、バンビを連れてその場を離れる際、満足そうに微笑んでいた。後ろからは、悲鳴も呻き声もしなかった。

「外は、女性が暮らす環境じゃない」
 戦闘訓練を受け、引き金を引くことに、何の躊躇いも持たないクイナや、キボコならまだしも、ラブが獣に襲われ、冷静に戦えるとは思えなかった。それに、相手が単体でなければ銃器を持っていても、肉弾戦になる可能性は高い。
「……」
 アダムが居たとしても、二人で生きることは危険だ。ハジメも彼らの五年後、十年後の生存率が高くないことを理解している。それなのに、あの発言になる事に、強い拒否感と怒りが生まれた。
「絶対に、駄目だ……」
 ヘビは、バンビの母の笑顔を目に焼き付けた。



「あー! ヘビ、ヘビ! ちょっと待って」
 畑近くの廊下を歩いているヘビに、ラブが駆け寄ってきた。あちこち走り回って、はぁはぁと息を切らしている。

「ヘビ、バンビ見なかった?」
「……何故だ」
「バンビが、作ってくれた花冠穫っていったの!」
 あっちこっち探したけど、全然居ないの、ラブが不満そうに言った。

「それは……譲ってやってくれないか」
 ヘビの言葉に、ラブが首を傾げた。ヘビの雰囲気が、少し違うように感じた。

「どうしたの、ヘビ? 何だか、元気ない?」
「いいや。アレは……今度、またアダムに作ってもらえ」
「……」
 ラブが、複雑な表情で黙り込んだ。

「明日は、バンビの母親の命日だ。墓前にでも供えるつもりかもな」
 ラブの横を、ヘビが通りすぎた。

「そうなの? じゃあ……仕方ないか」
「ラブー、稲子がバンビを見たって言ってたけど、行く?」
 アダムが両手を振りながら現れ、ヘビとすれ違うために壁にベッタリ体を付けた。

「ううん、もう良いや」
「そう? じゃあ、食事をしに行こう」
 大袈裟に差し出されたアダムの手に、ラブの手がのせられた。
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