38 / 73
ハジメの提案
しおりを挟むヘビは、コロニーに戻ると早々にコロニーのコントロールルームに向かった。
その部屋には、かつて二足歩行していたロボットが、椅子に腰掛ける形で置かれている。最初に誕生させた子供達を育てるために利用した機体の一つだ。劣化し、故障したために動く事が出来ない。修理することは可能だったが、修理しない事に人間達が決めた。
「ハジメ、今日のアダムの行動記録と、コロニーに持ち込んだ植物の画像を出して欲しい」
ヘビが話しかけると、声を掛けられたロボットが首だけを、そちらに向けた。
『行動記録は、コロニーの半径五キロまでしか追えません。アダムは、ずっと東に向かいました』
「東に?」
ヘビは、椅子の肘掛けから伸びる モニターに視線を落とした。
『持ち込んだ植物は、過去、人間達が 林檎と呼んでいた実によく似ていますが、茎の形状などが一致しませんし、林檎よりも柔らかく水分量も多そうでした。分析を願い出ましたが、拒否されました』
モニターに画像が映し出され、ヘビがソレに見入った。
「アダムは、午後八時半に出発し、午後十一時四十分には戻っているのか……そんな近くに、彼らのコロニーがあるというのか? 先日戻ったイルカたちは、北へ向かい、険しい道のりを十時間以上歩いたと報告していた。彼らは遠回りさせられたのか?」
『わかりません。彼らの行動も五キロまでしか残っていません。聴取した内容で地図を作っています』
アダムが、このコロニーに現れ、ヘビたちは幾度となく、元いたコロニーの場所を聞いたが、何度もはぐらかされた。思い出したくない。混乱の中、無我夢中で逃げてきたから、記憶が正しいか分からない。そう言われてしまうと、強く追求が出来なかった。
人類が打ち上げた衛星は、全て消失しデブリとなった。長い年月で、周辺環境も大きく変わった。彼らも完璧な地図を持っていない。
「アイツ、何か隠している気がしてならない……」
『実を食べ残し、廃棄する事があれば、分析に回します』
「そうだな……今思えば、アイツに食べるかと聞かれた時に、食べると答えておけばよかった」
ヘビは、ラブに聞かれたとき、感情的に拒否したことを後悔した。
「アダムとアイツ……ラブは、外で暮らす予定らしいが、現実的に可能だと思うか?」
『彼が先日持ち帰った獲物の牛や豚、野菜は今の地球環境に適合した、完璧なDNAを持っていました。彼らのコロニーが作った家畜が、野生化し繁殖に成功していると考えるなら、可能だと判断出来ます。それに、彼女には赤い実という完全栄養食があります』
「そうか……しかし、快適とは言いがたいうえに、病気や怪我をすれば話は別だ。アダムが動けなくなった場合もだ。リスクが大きすぎる」
ヘビは、ハジメに繋がるコードを避けて歩き、壁に背中を預けた。組んだ腕の上で、彼の指が握りしめられた。
『しかし、いつかコロニーで収容できないほど人口が増えた場合、先駆者の 外で暮らす知識や経験が役に立つでしょう。彼らから情報を享受する代わりに、医療や必要な支援を提供するのはどうでしょうか?』
「先駆者とは、聞こえが良いが、試験体扱いは……したくない」
『我々の目的の為には必要ではありませんか? ヘビが繁殖を望み、ラブと特別な心の交流をすることは賛成しますが、あまり一人に肩入れすることは評価できません』
「……」
ヘビは、流れ落ちた前髪越しに、ハジメに強い視線を向けた。
彼の表情は強ばっている。
今までヘビは、効率や正しさを重視し、ハジメの意見に従って生きて来た。
初めて、強い不快感を伴った衝動が湧いてきた。
『アダムとラブが、外で暮らしたいという希望を持つことは、我々にとっても好都合です。賛同し、協力を申し入れましょう』
ヘビは、ハジメの言葉を拒絶するように、歩き出した。
「まだ、時期尚早だ」
ヘビが向かったのは、セレモニールームだった。
コロニーで死んだ人間の体はシステム的に処理される。後には何も残されない。
そのために、生前の写真がこの部屋に飾られている。
六メートル四方の部屋に、階段状になった祭壇がある。下へ行くほど最近亡くなった人間の写真が置かれている。皆、同じ木製のフレームに納まっている。
「これは……」
目的だった女性の写真の前に、先ほど作った花冠が置かれていた。
バンビの母の遺影だ。明日は、バンビの母の命日だ。
「もう、三年か……」
バンビの母を喰らった獣たちが、このコロニーの外を闊歩し始めたのも、三年前くらいからだった。資料に残る、狼に似た大型の動物だ。
バンビの母は、同世代の男性に人気の女性だった。キボコが言うには「幸の薄そうな、男が放って置かないタイプの、いけ好かない女」らしい。
彼女は、獣たちに噛みつかれ、大量に出血していた。なのに、バンビを連れてその場を離れる際、満足そうに微笑んでいた。後ろからは、悲鳴も呻き声もしなかった。
「外は、女性が暮らす環境じゃない」
戦闘訓練を受け、引き金を引くことに、何の躊躇いも持たないクイナや、キボコならまだしも、ラブが獣に襲われ、冷静に戦えるとは思えなかった。それに、相手が単体でなければ銃器を持っていても、肉弾戦になる可能性は高い。
「……」
アダムが居たとしても、二人で生きることは危険だ。ハジメも彼らの五年後、十年後の生存率が高くないことを理解している。それなのに、あの発言になる事に、強い拒否感と怒りが生まれた。
「絶対に、駄目だ……」
ヘビは、バンビの母の笑顔を目に焼き付けた。
「あー! ヘビ、ヘビ! ちょっと待って」
畑近くの廊下を歩いているヘビに、ラブが駆け寄ってきた。あちこち走り回って、はぁはぁと息を切らしている。
「ヘビ、バンビ見なかった?」
「……何故だ」
「バンビが、作ってくれた花冠穫っていったの!」
あっちこっち探したけど、全然居ないの、ラブが不満そうに言った。
「それは……譲ってやってくれないか」
ヘビの言葉に、ラブが首を傾げた。ヘビの雰囲気が、少し違うように感じた。
「どうしたの、ヘビ? 何だか、元気ない?」
「いいや。アレは……今度、またアダムに作ってもらえ」
「……」
ラブが、複雑な表情で黙り込んだ。
「明日は、バンビの母親の命日だ。墓前にでも供えるつもりかもな」
ラブの横を、ヘビが通りすぎた。
「そうなの? じゃあ……仕方ないか」
「ラブー、稲子がバンビを見たって言ってたけど、行く?」
アダムが両手を振りながら現れ、ヘビとすれ違うために壁にベッタリ体を付けた。
「ううん、もう良いや」
「そう? じゃあ、食事をしに行こう」
大袈裟に差し出されたアダムの手に、ラブの手がのせられた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
京都和み堂書店でお悩み承ります
葉方萌生
キャラ文芸
建仁寺へと続く道、祇園のとある路地に佇む書店、その名も『京都和み堂書店」。
アルバイトとして新米書店員となった三谷菜花は、一見普通の書店である和み堂での仕事を前に、胸を躍らせていた。
“女将”の詩乃と共に、書店員として奔走する菜花だったが、実は和み堂には特殊な仕事があって——?
心が疲れた時、何かに悩んだ時、あなたの心に効く一冊をご提供します。
ぜひご利用ください。
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる