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理想の生活
しおりを挟むコロニーは、朝になると居住区のライトが点灯する。
ラブは、ソレを待って部屋から飛び出した。今日の朝は、とても爽快だった。お腹が空いていないというのは、こんなにも調子が良く、機嫌が良くなるものなのだと驚いた。
心なしか、更に肌も瑞々しく、髪も艶やかになった気がした。
「ヘビ、おはよう!」
朝一番、まだ食事の時間でも無いが、ヘビの部屋の扉を叩いた。ラブは、昨日、約束をすっぽかしたことを謝りたかった。
「ヘビ、いないの?」
再び、ドアをノックし、反応がないので、ドアノブをガチャガチャと動かした。
すると、内側からドアが開いた。
「ヘビ、おはよ……う」
中から出てきたヘビは、いつもと少し様子が違った。普段ならば、うねってはいるが整っている髪は、ボサボサで寝乱れている。服も、よく見る紺や黒のツナギではなく、半袖Tシャツにゆるっとしたズボンだ。何より、鋭い目が凶悪なほど黒く沈んでいる。
「朝から、何の用だ」
声も、地を這うように暗い。
「あ、あのね、昨日の事なんだけど」
歓迎しないを通り越し、心底迷惑そうな顔をされて、ラブも腰が引けた。
「あぁ、良かったな、生き別れた恋人と再会できて」
ヘビの目線は、ずっと足下に注がれている。
「あっ、あ、そうなんだけど。そうだけど……」
ラブの目線も、段々と下に降りて、二人で床を見ている。
「お前の探してた赤い実も食べられたんだろ」
「うん」
「味がしたのか?」
「うん……美味しかった。あっ、今度、ヘビも食べてみる?」
「結構だ」
「そっか……」
「あのね、ラブね……目が覚めて迎えに来てくれたのが、ヘビだったから、ヘビがラブの男さんだって思ってね」
「その白馬妄想の勘違いが解けて、とても、めでたい」
「うー、あー、そうなんだけど……ごめんね勘違いして」
「別に問題ない、それにもう、お前の面倒をみずに済む、アダムが戻ってきてくれてよかった」
ヘビは、鼻で笑い、顔を上げて、半開きになっているドアの隙間を見上げている。
「あの、ありがとう。ヘビがしてくれたこと、全部嬉しかった。もしも、ラブに出来る事あったら、言ってね」
ラブは、懸命に微笑みながら、ヘビの顎を見上げた。
「必要ない。それに、代わりにアダムに言った方が百倍ましだ」
「アダム、ポンコツじゃないの?」
「誰の話だ……お前とは違う」
「そう?」
ラブは、昨日から目にしているアダムの様子に首を傾げた。
「僕の話?」
「アダム……」
「おはよう、ヘビ。ラブ、何処に行ったのかと思ったよ、一緒に朝日を浴びに行こう」
音もなく近づいたアダムは、ラブの肩を後ろから抱いた。
「おい、外は……いいや、何でもない」
ヘビは、何度かアダムとコロニーの外で活動をした事があるが、彼のサバイバル能力は、誰よりも優れていた。自然を読む力も、利用する知識も。戦闘能力も申し分ない。このコロニーの人間が、外では高い警戒心と恐れを持って行動する中、彼はいつも、解放されたように伸び伸びとすごしていた。
「外、怖い獣が居るんでしょ?」
「大丈夫。来たら追っ払うよ」
「何だか、信用ならない」
あはは、と微笑むアダムに、ラブが疑いの眼差しを向けている。
「……時間までには戻れ。じゃあな」
ヘビは、二人から目を逸らした。
「あっ、ヘビ。どうもありがとう」
ラブの言葉に返事はなく、バタンとドアが閉まり、施錠の音が聞こえた。
「行こう、ラブ」
寂しそうにドアを見つめるラブの手を、アダムが引いた。
「うわぁー」
コロニーから出て、二人はトンネルを走り抜け、晴れ渡った青空の元に飛び出した。ラブは、大きな声で叫びながら、空を見上げて回った。
「気持ち良い! 最高!」
ずっと暗い顔をして歩いていたラブが、飛び跳ねて笑っている。アダムは、ラブを見つめて満足そうに微笑んだ。
「僕らの楽園は、もっと素晴らしい所だよ」
「そうなの?」
「もちろん。朝になれば日が差して、夜になると暗くなる。空高くに鳥が飛んで、風がながれてる。時には雨が降るから、僕らは住処で肩を寄せ合って、沢山話をしよう」
アダムが語る暮らしは、ラブが想像したものと完全に一致していた。
ラブは、動きを止めて、アダムをじっと見つめた。
「君は、もう飢えることもないよ。僕が獲物を獲って、赤い実を君に捧げるよ」
「それから、私が……貴方の愛を受けて」
「そう、僕らは、やがて一つになる」
アダムの手が、ラブの頬を包み、二人の顔が近づいた。
吐息がかかる程に近寄ると、ラブが体を離した。
「ラブ?」
「……」
「どうしたの? 僕が遅かったから怒っているの?」
「ううん……違うの、ごめんなさい」
(どうしたんだろう? アダムが言う生活は、まさに自分が求めて居たものだ、外に出て、つくづく感じた。コロニーは、快適だったけど、とっても窮屈。外で、アダムがいうような生活がしたい。もう、お腹が空くのも嫌だ……でも、頭の中と、胸がモヤモヤする)
ラブは、俯いて目を瞬いた。髪が風に揺れている。
「この山を少し登っていくと、冠に出来る花が沢山咲いてたから、今度作ってあげるね」
アダムは、話題を変えて、ラブの髪を手ぐしで梳かした。
顔を上げたラブは、アダムに向かって微笑んだ。
「さてと、そろそろ戻って、つまんないお仕事しないと。朝日の充電終了。お昼になったらまた来よう」
「うん」
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