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ラブの赤い実
しおりを挟むアダムの部屋は、乱雑だった。
壁には、枯れ葉と紙一重なドライフラワーが吊され、部屋の隅には、綺麗な石が並んでいる。服は、綺麗に畳まれているが、積み上がって傾いている。
何より、ラブの目を惹いたのは――
「赤い実……」
彼のベッドに置かれた、一つの赤い実だった。
赤く色づいた実は、艶やかに部屋の照明を照り返している。
「おいで」
アダムが、ラブの手を引いてベッドに歩み寄った。そして、腰掛けると、ラブを自分の膝の上に座らせた。
「ちょっと待ってね」
アダムは、実を手にして、ツナギから覗くTシャツで乱暴に拭った。
「はい、ラブ。皮はちょっと硬いから、歯で囓ってみて」
アダムの手で、ラブの口元に実が運ばれた。ラブは、コクコクと頷いて、口を開いた。
がぶり
実を囓ると、爽やかな香りが立った。口の中は、甘酸っぱく、瑞々しい食感で満たされた。
「美味しい?」
アダムは、嬉しくて、愛しくて堪らない、そんな顔で笑い、ラブの顔を覗き込んだ。
ラブは、夢中になって実を食べた。
ラブの手から垂れていく果汁を、アダムの唇がキスするように拭っている。
(美味しい! お腹……空いてた。すごく、美味しい!)
ラブの、我慢していた感情が、解き放たれた。
本当は、お腹がすいて溜まらなかった。満たされない何かが、喉を塞いでいた。
涙が止まらなかった。
中心を残した果実を手に、声を上げて泣き出した。
「お腹空いてた! すっごく、空いてた! 美味しいよぉ……お腹、いっぱいだよぉ」
「うん、遅くなってごめんね。お腹、すかせてごめんね。でも、もう大丈夫だよ」
美味しい、ありがとう。そういって涙を流すラブを見て、アダムは照れたように頭を掻いて、満足そうに笑った。
「ベタベタだね。洗ってこよう」
アダムは、ラブを優しく促した。辿り付いた洗面台の中には、水が張られていて、穫ってきた花で満たされていた。
「あれ? じゃあコッチで」
アダムが、シャワーブースの扉を開いた。
一人用のソレは、狭く、ラブを押し込むと、アダムが後ろから腕を伸ばして、下の蛇口からお湯を出そうと捻った。
「わぁあ」
「あっ……ごめん、ごめん」
上から降り注いだお湯で、二人がびしょ濡れになった。
ラブが、目を細めて振り返ると、アダムは、口を尖らせて、酸っぱい顔をしていた。
「ラブのお部屋から、着替え取ってきて」
「はい。今、ちょうど、凄くそうしたい気分だった! 僕、着替え取ってくるの凄く得意だから」
うんうんと頷くアダムに、ラブの口も尖った。
「いってきます」
アダムは、ラブの唇に、チュッとキスをすると、颯爽と居なくなった。
「……ん?」
前髪から、ポタポタと滴る水滴を睨み、ラブは首を傾げた。
「んん? ん? んー?」
シャワーブースの扉を閉めて、壁に頭を預けた。
(ヘビは、ラブの運命じゃなかった。ラブの、男さんは……あの、アダムだった? じゃあ、ヘビは何? 隣人? 初めて、お腹いっぱいになった。凄く満足、なのに……何でだろう、モヤモヤする、何かモヤモヤする!)
「あー! 本当の運命の男さんに出会ったけど、やっぱりまだ、何だか上手くいかないよぉ!」
ラブは、シャワーを全開にした。
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