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「愛は、覚悟」byキボコ
しおりを挟む朝が来て、ラブはクイナに呼び出された。
小さな部屋には、机が三つコの字に並べられていた。
正面にクイナ、右側にキボコ、彼女の後ろに不機嫌そうに足を組んだ稲子が座っている。
「おはよう、ラブさん。そこに座って」
「おはようございます」
ラブは、頭を下げて空いていた左側の机に座った。稲子が眉間と鼻に皺を寄せて、ラブを睨んでいる。キボコは、面倒くさそうにラブを見ている。
「今後のラブさんの役割について考えていこうと思うの。ラブさん、食事全然しないし、お金は減っていないだろうけど、何をするにも使う事になるし、ラブさんも何か担当があった方が良いかなと思って」
「要は、働かざる者、食うべからずよ」
キボコが、ラブを指さして言い放った。
「そうよ、ヘビに取り入って搾取しようなんて思うんじゃねぇよ!」
稲子は、キボコの肉付きの良い肩を掴んで立ち上がった。クイナが、鋭い視線を稲子に向けると、稲子は少し身を引いた。
「ラブは、働き者になります。外で食べ物を探しに行く役割が良いです」
ラブは、机に身を乗り出した。
「アンタ、戦えるの?」
キボコは、脂肪ののった上腕二頭筋を隆起させた。
キボコは、強い。銃器の取扱も心得ているし、襲ってくる獣を撃つ事に躊躇いがない。
そして。女性の中では泥臭い戦いをさせたら、右に出る者は居ない。
女性で単独外出を許可されているのは、クイナとキボコだけだ。キボコは、強く根性のある女には一目を置いて、戦い方の指導もしている。
「これから強くなります」
ラブは唇を噛みしめてキボコを見つめた。
(私が思ってた世界とは、何だか違うの。ラブの外を守ってくれる男さんは居ない。ラブの実を採ってきてくれる男さんも居ない。ヘビは、AI神に洗脳されて、ちょっと違くなってるの。だから、ラブもそれに合わせて進化するの!)
「ラブさん、人間には得手不得手があるの。ラブさんの筋肉量は、コロニー女性の平均を大きく下回っているわ」
クイナの冷静なツッコミに、稲子が手を叩いて笑った。
「お前は、鳩と、大人しく動物の世話と雑用でもしてなさいよ」
「稲子さん。鳩も立派に役割を全うしているわ、優劣を付けるような発言は感心しないわ」
クイナに注意され、稲子が顔を逸らした。
「アンタ、今のままじゃ、外に行っても、アレよ、囮にしかならないわ。体鍛えるか、もっと頭使いなさいよ。その外見で脳筋なの? どっかの死んだ女みたいに、吹いたら死にそうな顔しながら、男に頼んだら良いじゃ無い」
キボコの物言いに、クイナが溜め息をついた。
「男さんは、ラブが思ってたのと違うの」
「どう違うって言うのよ」
キボコが好奇心を丸出しにして聞いた。
「それは……」
『クイナ、アダムが帰還しました。メディカルチェックに向かってください』
クイナの端末を通してハジメが声を掛けた。
「アダムが帰って来た」
稲子が目を輝かせた。キボコは、気の多い我が子に、呆れた顔をしている。
「ごめんなさいね。また今度、この話をしましょう」
「はーい」
部屋を出て行くクイナに、稲子が「アタシも行くわ」と付き従っていった。
ラブは、キボコと二人、部屋に残され――自分の椅子を持ってキボコの隣まで近づいて行った。
「何よ、アンタ」
女性達を影で纏めるキボコは、いつも恐れられ、顔色を窺われている。ラブも、気まずくなり直ぐに逃げていくだろうと思っていた。
「あなたは、たった一人の男さんと結ばれて、子供も二人産んだんでしょ?」
「まぁ……そうね」
キボコが、痛んだ長い髪を、見せつけるように払った。
「あの、土竜に会った時に、直ぐに自分の男さんだって分かった?」
「はぁ? 初めて会うも何も、同じコロニーで生まれてんのよ、物心つく前から一緒よ。まぁ……アタシが若かった頃、ここを牛耳ってたのは土竜だった。絶対に私の男にするって思ってたけど」
「すぐに上手くいった?」
「舐めんじゃないわよ。コレでも昔は女王よ。すぐに上手くいくに決まってんでしょ」
キボコの微笑みは、少し自嘲気味だった。
「何か違うな、とか思う事なかった?」
「……別に、全部が思い通りになるわけじゃない。男に求め過ぎてんじゃないわよ。アンタが、ヘビに覚悟が決まらないなら、やめなさいよ」
キボコの目は、いつになく真剣で、ラブは息を呑んだ。
「……覚悟」
「そうよ。その男と終わる覚悟よ。どんな惨めな最後になろうと、裏切られようと、この男と行くって覚悟よ。その腹さえ決まってれば、何か違うなんて甘っちょろい悩みなんて無いわよ」
かつて、このコロニーは土竜とキボコによって支配されていた。暴力と理不尽に溢れていたが、出生率は高かった。
「ラブ……覚悟、まだ決まってない。お腹空くの切ないの。それに、ヘビはラブの事、あんまり好きじゃないの。多分、AI神に洗脳されちゃったの。でも、ラブはヘビの事ばっかり考えてるし、ヘビといると安心するし、楽しくて嬉しい……これって恋? ラブだけ恋してる?」
「はっ」
真剣な顔で考え込んだラブを、キボコが笑った。いつもの険のある笑いとは違い、表情が緩んでいる。
「面白そうだこと」
「面白くないよ! 困ってるの。だから、相談してるの」
ラブは、ワンピースの胸元を掻きむしった。
「あんた、アゲハとクイナと仲が良いんでしょうが、何でアタシなんかに聞いてんのよ」
「だって、唯一の男と成功してるのは、貴方でしょ?」
「あははは、馬鹿かと思ったら、意外と分かってんじゃない。稲子なんて、アタシの話に耳を貸さないっつーのに。で、何に困ってるのよ」
キボコに問われ、ラブは俯いた。
(何……何だろう。何に困ってるんだろう。ただ、何か違うの。決まってるものだったのに。唯一無二で絶対なはずだったのに、与えられた役目に身を任せれば良いと思ってたの。でも、ヘビとは、ピッタリと填まらなくて……だから、ヘビと ピッタリ くっ付けるように、足らない部分を自分で、どうにかしようと思ったけど……)
ラブは、思考の沼から浮上し、キボコを見据えた。
「……無いの、何にも無いの。ヘビと上手くいく自信も無いし、頑張ろうと思ったこと、違ったみたいだし、最後まで行く道が全然見えないの。私、一人で歩いてる気がする。このままじゃ、二人で一つの木になれない。沢山実を付けられないの」
ラブは、キボコへと身を乗り出した。
「はぁ? ヤレる気がしないってことね。っていうか、アンタ達、出会って数日じゃない。どれだけ、さっさと決着つける気よ。気が早い!」
キボコは、ラブの頭を軽く叩いた。
「そうなの?」
「そうよ、押したり引いたり、他の男と比べたっていい」
ラブは、口を尖らせて不満そうな顔をしている。
「でも、運命だよ、決まってるの」
ラブの言葉に、キボコが呆れた顔をしている。
「たまげたわ。あんた、二十歳くらいかとおもったら、十三くらいなの? 何よ、運命って。笑わせないでよ。誰が決めるのよ」
「神様」
「はああ? 随分、宗教思想の強いコロニーから来たんだこと! 洗脳されてるのは、アンタの方よ。いいわ、今日から、アンタの運命は、ウチの驢馬よ」
「違うの! ヘビは、ラブのこと迎えに来てくれたから運命なの」
「そんなの、誰でも良いと一緒じゃない! その頭、バンバン叩いてやるわよ。壊れた機械は、叩けば直るってもんよ」
キボコが立ち上がり、拳を握って、息を吹きかけた。
「やっ! 大丈夫。ラブ、壊れてないから!」
ラブは、急いで立ち上がり
「ありがとう、バイバイ!」
と部屋を逃げ出した。
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