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穢れた血を捧げる
しおりを挟む朝が訪れ、コロニーの照明が点いた。
ヘビは、着替えのために部屋に戻ってきた。
ノックをしても、入るぞ、と声を掛けてもラブからの返答は無かった。
仕方なく部屋に入ると、布団にくるまって眠るラブが視界に飛び込んできた。
目を閉じて眠っている顔は、起きている時よりも大人っぽく見える。つい、目が惹き付けられる自然の美しさがある。
ヘビは、首を振って意識を切り替えた。クローゼットに向かい、作業用のツナギを取り出し、ラブの方をチラチラ振り返り警戒しながら着替えた。
「おい」
ヘビの大きな手が、ラブの布団を揺らす。
「起きろ、朝食の時間だぞ」
「……ん」
ラブの長い睫毛が揺れて、黒く煌めく瞳がヘビを捕らえた。
ラブの赤子のように澄んだ美しい目に、ヘビが鼓動がはねた。
「ヘビィ……お腹ペコペコだよ」
ラブの腕がヘビに向かって伸ばされたが、ヘビは一歩下がって避けた。ラブの口が尖る。
「今から食堂へ向かえば、食事が出来る」
「そうなの? 赤い実ある?」
「またそれか、ミニトマトくらいなら有るかもな」
「ミニと、マト」
「ミニトマト、赤い小さい実だ」
「ちいさいのかぁ……」
ラブは起き上がって、ガックリと頭を下げた。乱れた長い髪がパラパラと顔を覆っている。
「味は大きなトマトとそう変わらない、食べてみる価値はある」
「そっか! 食べる」
ラブは飛び起きてヘビの腕にしがみ付いたが、ヘビに振り払われた。ラブは気にせず、ドアへと向かう。ヘビはラブの髪が気になったが、手を伸ばしかけて戻した。
「ヘビ、サンダル貸りるね」
ラブは昨夜、裸足で駆け込んで来た。自分の靴がないので、ブーツの隣に置いてあったサンダルを履いた。大きさが全然ちがって、大きく足を振り回して歩き出した。
「おい……」
ラブの後ろを、転けやしないかと心配そうにヘビが付いて行った。ヘビの部屋から出てきたラブと、その後ろを付き従うヘビに、周囲の人間達はチラチラと視線を送った。
「昨日のバカ女!」
居住区を出て食堂に入ると、昨日出くわした少年、バンビに会った。
「あー、おはよう、小さい男さん」
ラブは、喜んで駆け寄り抱きしめようとしたが、バンビが怒ってラブの腕を叩いた。
「だから小さくねぇって言ってんだろ! これから伸びるんだ!」
「そうなの? 楽しみだね」
「……お前、ヘビの女だったのか?」
バンビは、顰めっ面で後ろにいるヘビを睨んだ。彼は、ヘビのことを憎んでいた。昔起きた事件から母親の仇だと思っている。
「そう見える⁉」
ラブは、喜んで手を叩いた。
「いいや、全然みえねーけど……新入りだから味見されたのか?」
「ん?」
「ちょっと、ませガキ、朝から下世話なこと言ってないで、さっさと食べてきなさいよ」
バンビの頭が、後ろからやってきたアゲハに叩かれた。
「痛えな、アゲハ」
「あっち行きなさい、餓鬼」
アゲハに顎をしゃくられて、バンビは不服そうだが、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。そして配膳の列に並ぶと、少し年上の少年と話を始めた。
食堂では、作られたものが、並べられており各自決められた量をプレートに取っていく。
量は、性別年齢、活動量によってAIに指示されている。
それ以外の趣向品やフルーツ、酒なども少量作られているが、各自の働きによって電子通貨が割り当てられ、利用できる。
子供は、AIの作成したカリキュラムを学習することによって入金される。
対価の中でも大きな価値をうむのが出産だ。
このコロニーの存在意義は、人類の再びの繁栄だからだ。
しかし、コロニーの人口は爆発的には増えない。
増えたり減ったりを繰り返し、一歩ずつ進んでいるのが現状だ。
疫病、事故、野生動物の襲撃、外の生き物を摂取した事による中毒死、繁栄には障害が沢山ある。
「あの子も、母親が生きてたころは、可愛げのある子だったんだけどねぇ」
「お母さん、死んじゃったの?」
ラブの質問に、アゲハはヘビに視線を送り「まぁね」と言葉を濁した。
ヘビは、構わず歩き出し、配膳の列に並び、腕時計型の端末を読み取り機に翳した。
「ここで端末を翳せば、支払いが出来て、食事が出来る」
ヘビが、ラブを振り返って説明すると、ラブが駆け寄ってきた。
「悪魔の宿る腕輪……」
ラブはヘビの腕を取った。二センチ幅の黒い腕輪には、これといった飾りも文字盤も付いていない。渋い表情をして眺めるラブを、アゲハが笑っている。
「悪魔って何よ。AIが話しかけてくるくらいでしょ、機械よ機械。そういえば、あんたの端末は?」
『ラブさんは、外から来た女性です。遺伝子の解析などをさせて頂ければ、大変貴重なサンプルになります。ご協力頂くことで、当コロニーで使える電子通貨が配給されます。つきまして、今朝のお食事は無料で配給されます』
ヘビの端末から、ハジメが語った。
「……私を、磔にして切り刻むつもり?」
ハジメを恐れ、ラブは彼の腕を投げ飛ばし、反対側の腕にしがみ付いた。
「そんな野蛮な事はしない。血液の採取だろ」
「血を抜き取るの⁉」
ラブは、口をあんぐりと開けてヘビの腕を離した。
「大量じゃ無い!」
ヘビは、少ない言葉で遣り取りのできないラブに、もどかしさを感じ、いつになく声が大きくなった。
「面白いわね」
アゲハは、想像力豊かなラブと、珍しく冷静さを失っているヘビを眺め、微笑んだ。
「抜き取った、私の血を悪魔に捧げるの?」
「……だから、違う。このコロニーにある受精卵と人の交配だけでは、将来的に衰退する。だからお前のDNAを調べて、俺達と全く異なる型があれば、おそらく積極的に……」
繁殖を勧められるか、卵子の提供を求められる。流石にそこまでハッキリと口にすることははばかられるのか、ヘビの言葉が途切れた。
卵子の提供には苦痛が伴うと、ヘビも提供者達から聞いた事があった。故に、それなりの対価が支払われる。こんな、少しのことで騒ぎ立てるラブが、大人しく耐えられるとは思えないのだろう。
「ヘビ?」
不安で眉をハの字にしたラブが、ヘビを見上げた。
「……血は縫い針のような針で指先を刺して……」
「突き通すのよ」
ラブの耳元でアゲハが囁いた。
「いやあああ、痛い、怖い! したくない、私、ご飯いらないよぉ」
泣き出したラブは、ヘビのツナギの前を開いて必死に頭をしまい込もうとした。
「おっ、おい! 嘘を教えるな」
「あははは、ごめん、まさか信じるとは」
「離れろ、一滴血を出すだけだ。そんなに痛くない」
自分の胸にグリグリと頭を擦りつけるラブを、ヘビが眉をしかめ見下ろしている。
「そんなにってことは、ちょっとは痛いでしょ?」
「大丈夫よ。ヘビが舐めて治してくれるわよ」
「……おい」
「本当?」
「するわけ無いだろう、不衛生だ」
「ラブの血は穢れているの」
「そういう問題じゃ無い。一分間の圧迫で止血される」
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